Special Story
ホヤの卵が教えてくれること
体を修復する性質は、生き物のもっとも基本的な属性の一つであり、なかでも海産動物には著しい再生能力をもつものが少なくない。私たちが研究に用いているミサキマメイタボヤは、体を30分の1に切断しても、それぞれが1つの個体を作ることができる。再生能力を個体の増殖に利用して、無性生殖を営んでいるのである。
ホヤには無性生殖を営む種がたくさんいる。具体的な無性生殖の方法は多様だが、ミサキマメイタボヤの場合は出芽という方法で増える。
成体のところどころに、芽体という小さな構造ができ、それまで体の中で組織の一部となっていた囲鰓腔(いさいこう)上皮(ホヤの体を囲んでいる2層の細胞層のうち内側のもののこと)という部分が、表皮以外のほとんどすべての組織や器官を再編し、ミニチュア個体が完成する。
囲鰓腔上皮は組織学的には色素上皮という分化した細胞だが、同時に、多分化能(いろいろな細胞になる能力)をもっている。それが出芽の際に、色素上皮としての性質を失い(脱分化という)、細胞増殖を伴いながら神経複合体(脳を含む)や胃や腸に再分化する。
このように、一度分化した細胞がその形質を失い、別の細胞へと変化することを「分化転換」といい、芽体からの発生は、このプロセスの連続である。
私たちは、囲鰓腔上皮にきっかけを与え、分化転換に導くメカニズム解明するため実験を行なってきた。その結果、レチノイン酸という物質がまず最初のきっかけとしてはたらき、それによりいくつかの細胞増殖因子が発現して、細胞に分裂を促すこと、そして、増殖にともなって新しい分化の方向へと進んでいくことなどが明らかになってきた。
とくに、私たちは今、tTF(trefoil factor)という増殖因子について詳しく調べている。いくつかの実験結果から、この因子は脱分化した細胞が消化管の細胞になる際に重要なはたらきをしていると考えられる。じつはマウスにも同様の因子はあって、消化管の再生(傷ついた腸を修復する過程)に関わっていることがわかっている。とすると、ホヤとマウス、しかも一方は無性生殖の過程で、もう一方は成体での修復過程という、一見大きく異なる現象も、消化管の再生という点からすれば共通のものであり、そこにはたらいている因子も共通なのだという、隠れた事実が見えてきたのである。
このようにして、出芽による個体発生のメカニズムが次第に明らかになると、有性生殖による発生との違いや共通点なども、より明確になってくるものと思われる。なぜ多くのホヤが無性生殖を営むのか? その理由についても考えることができるようになるかもしれない。
① ミサキメイタボヤ。相模湾にて。(写真=楚山勇)
② ミサキメイタボヤの出芽。
中央にいるのが親で、そこから突き出ているのが芽体。まわりにいる個体は、出芽で生じたもの。マボヤやユウレイボヤに比べ、このホヤは体長約1cmと小さい。
③ 出芽してすぐの芽体の断面。
中央の小さな窪みが消化管の原基で、すぐ左に心臓の原基が見える(細胞が塊になっている部分)。
④消化管原基のアップ。この部分では細胞の分裂が盛んに起こっている。(写真=川村和夫)
(かわむら・かずお/高知大学理学部助教授)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。