Experiment
花を咲かせる植物の辿った道
花はどこで生まれたのだろう。
化石、形態、DNA、地史、さまざまな分野が花のプロフィールに挑んできた。
そこで浮上するゴンドワナ大陸の東側 —。
花を咲かせる被子植物のうち、名前をつけられた種の数がおよそ23万5000。陸上植物のおよそ9割にあたる。一つの祖先からこれほど多くの種に繁栄した植物群は他にはないだろう。
最近、被子植物の起源と進化の概略がやっと見えてきた。被子植物の始まりは2億年から1億2000~3000万年前の間(三畳紀からジュラ紀の間)と推定される。陸上植物の歴史はおよそ5億年とされているので、その中では新しい。
最初の被子植物はどこで生まれたのだろう。1億2000~3000万年前、つまり、白亜紀の直前までは、現在の7大陸はほぼ連続し、北に北アメリカとヨーロッパ・アジアが一つになったローラシア大陸、南に南アメリカ、アフリカ、インド、南極、オーストラリアが一つになったゴンドワナ大陸をつくっていた。最初の被子植物は、後に南アメリカとアフリカとなったゴンドワナ大陸西部の熱帯高地に始まったと考えられている。
花粉化石を辿ると、白亜紀以降になって、被子植物が熱帯から高緯度地方に侵入してきた証拠があるからだ。さらに、原始的被子植物の現在の分布や過去の移動経路を調べると、その多くは西ゴンドワナに由来する。白亜紀以前の、西ゴンドワナは広大な乾燥地域と多様な環境を抱え、その後の急速な植物進化への準備が整っていたのである。
1億2000~3000万年前の世界地図と現在の世界地図
その後、少しずつ南アメリカとアフリカが離れ、南大西洋海域が広がり始めると、2つの大陸は湿った気候になり、湿った熱帯低地へ移動した被子植物が、急速な進化をしたようだ。事実、熱帯低地へ移動した初期のさまざまな植物の化石(主に花粉)が1億1000万年前の地層から出ている。約8000万年前までは、南アメリカとアフリカ間はわずか800mしか離れておらず、その間を火山島が埋めていたので、両大陸間での熱帯植物の移動が可能だった。そのため、現在も南アメリカとアフリカに共通する植物群がたくさん知られている。
西ゴンドワナを起点にした生物進化は、被子植物に限らず、鳥類、有袋類、爬(は)虫類、無尾類なども同様な経路を辿ったと考えられている。その後の大陸移動に伴い、初期の被子植物は少しずつ分布域を広げ、進化を続けた。一方、南アメリカとアフリカでは乾燥地が拡大し、初期の被子植物は次々に絶滅した。したがって、初期の被子植物の生き残りがあまり進化をしないまま残っているのは、アジアやオーストラリア州北東部の湿った熱帯である。
さて、西ゴンドワナから出発して進化と移動をした初期の被子植物の子孫は、1億年を経た現在、世界の各大陸に広がっている。前述した23万5000種の被子植物は大きく440科に分類され、近年、各科の系統と進化の研究が急速に進み始めた。ところで、被子植物の中でもっとも大きく、最新の科であるキク科(2万3000種)とその近縁群の系統関係をよく調べたところ、興味深いことがわかった。
図に示したのは、最新の資料で、葉緑体遺伝子の塩基配列解析から得られたキク科とその近縁群の系統図である。各科の現在の分布域も示してある。キク科、キキョウ科、水生植物のミツガシワ科も多くは北半球に分布しているが、その他の科はオーストラリア、ニュージーランド、ニューギニア、ニューカレドニアなどに局在している。これらの地域は1億年以上前のゴンドワナ大陸東部(オーストラリアとニューギニアが連続した東ゴンドワナ)に相当する。この解析から、現在世界中に広がっているキクやキキョウの仲間の祖先は、東ゴンドワナ由来なのではないかという仮説がたてられる。
葉緑体遺伝子の解析から得られたキク科とその近縁群の系統図
キク科とその近縁群は、現在もオーストラリア、ニュージーランド、ニューカレドニア、ニューギニアなど、かつての東ゴンドワナに生育している。(図=Bremer & Gustafsson, P.N.A.S. USA, vol.94, 1997を元に改変)
図にあるカルポデツス科は新科で、アルセウオスミア科、フェリネ科、アルゴフィルム科などは、これまでキクやキキョウの仲間とは考えられてこなかった科である。これらの科の植物はこれまで、ほとんど研究されていない。そこで私は、これらの花のおしべや、めしべの構造の調査を始めた。子孫の維持に関わる構造は葉や花の形より保守的なはずで、そこにそれらの植物群がキク科やキキョウ科の仲間であることを証明する手がかりが見つかるだろうと思ったからである。
これまで植物進化の起点といえば西ゴンドワナとされてきた。しかし、キク科・キキョウ科とその仲間のような新しい植物群の中には、初期の被子植物が西ゴンドワナから東ゴンドワナヘ移動したあとで祖先が誕生したものもあると考えてもよさそうだ。たとえば、ニューカレドニアには160科、723属、2800種の種子植物(裸子植物と被子植物)が知られているが、その8割が固有種である。しかもニューカレドニアの植物相はニューギニアやオーストラリアの植物相と共通する点が多い。それらの中には、キク科・キキョウ科のほかにも、東ゴンドワナ由来の植物群がある可能性がある。
熱帯にある約18万種の被子植物のうち、およそ6万種が数十年後には絶滅すると予測されている。しかし、熱帯植物の多くはまだほとんど詳しく研究されていない。始まったばかりの熱帯植物の進化研究は絶滅の危機との競争なのだ。
東ゴンドワナに起源をもついろいろな植物の花
①ミツガシワ科の花
②キク科の花
③アルセウオスミア科の花
④フェリネ科の花
⑤キキョウ科の花(写真=125戸部博、3Dale Williams、4T. Jaffré)
(とべ・ひろし/京都大学総合人間学部教授)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。