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Special Story

未知なる微生物世界

バクテリアはどうやって眠る:
加藤和人

納豆菌の仲間の枯草(こそう)菌などは、周囲の環境が悪くなると休眠用の胞子を作り、そのために新しい遺伝子をはたらかせる。一方、大腸菌など多くのバクテリアは、胞子を作ることはない。

ところが最近、胞子を作らないバクテリアも、栄養条件が悪くなると、活発に増殖しているときとは別の、特別な“休眠状態”(増殖停止状態)に入ることがわかってきた。しかも、増殖期と “休眠状態” では、異なる遺伝子がはたらいているということもわかってきている。

国立遺伝学研究所の石浜明(あきら)教授たちは、環境条件によって異なる遺伝子がはたらく仕組みを、分子レベルで調べ、バクテリアが眠る仕組みに迫ろうとしている。

バクテリアの細胞内で、特定の遺伝子がはたらくかどうかは、その遺伝子が存在するDNAの部分に、RNAポリメラーゼという酵素が結合して、メッセンジャーRNAに写し取る(メッセンジャーRNAを合成する)かどうかで決まる。

石浜教授たちは、長年、大腸菌のRNAポリメラーゼの構造とはたらきを調べてきた。この酵素は、サブユニットと呼ばれるたんぱく質の集合体である。サブユニットにはα、β、β’、σ(シグマ)の4種類があり、まず2つのαサブユニット同士が結合し、そこにβサブユニット、β’サブユニット、そして最後にσサブユニット、という順番で結合して活性のある酵素ができる(図)。ところが、RNAポリメラーゼのσサブユニットには、少なくとも6つの異なる種類があることが最近わかった。そのうちのどれがRNAポリメラーゼ中で使われるかで、どの遺伝子に結合し、はたらかせるかが決まるようである。

大腸菌には、全部で約4000個の遺伝子がある。そのうち約1000個は、菌が活発に増殖しているときにはたらき、残りは、菌が自然環境のなかで出会うさまざまな条件ではたらくものと考えられている。そのうちとくに約100個の遺伝子は、“休眠状態”のときにだけはたらく遺伝子で、増殖中にはたらいている遺伝子とは別のものだ。

石浜教授たちは、RNAポリメラーゼのσサブユニットの交換が、はたらく遺伝子の違いを決める鍵になっているということを見つけた。すなわち、増殖期には、σ70というサブユニットがはたらくが、“休眠状態”になるとσ38というサブユニットが交代してはたらき、休眠するための遺伝子をはたらかせるようである。環境が変わったという情報が、なんらかの形でバクテリアの細胞内に伝わり、新しい環境に対応したσサブユニットの合成が高まり、その結果、はたらく遺伝子が変わるのである。

今のところ、環境からの情報がどのように菌の内部に伝わり、異なるσサブユニットの合成が促進されるのかについてはわかっていない。しかし、このような研究を進めていけば、いずれは大腸菌だけでなく、自然界のさまざまなバクテリアが眠る仕組みや、さらには眠りから覚めてふたたび増殖する仕組みも、分子のレベルで理解できるようになるだろう。

環境に応じて異なる遺伝子を発現させるRNAポリメラーゼ

RNAポリメラーゼは,DNAに結合してメッセンジャーRNAを合成し,遺伝子を発現させる酸素である。図は,細胞内で5個のサブユニットが順番に集まり活性のある酸素ができる様子を模式的に描いたもの。最後に結合するσサブユニットに複数の種類(σ70,σ38など6種類)があり,環境によってどれが使われるかが決まる。その結果,異なる遺伝子が発現する。(原図=石浜明)

(本誌/加藤和人)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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