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Special Story

未知なる微生物世界

未知なる微生物世界:
服部 勉

自然界には、バクテリアをはじめ、たくさんの微生物がすんでいる。俗に「ばい菌」と呼はれ、嫌われることが多いバクテリアだが、人間に有害なものはほんの一部にすぎない。そもそも私たちは、自然界で微生物がどのように生きているか、ほとんど知らないのである。

1.目に見えない微生物の世界

地球上には、目に触れる動植物のほかに、もう一つ、肉眼では観察できない微生物の世界がある。この世界の特徴は、まずその数の多さだろう。小匙に軽く1杯の土を採ってみよう。この中に、地球上の人間の数より多いバクテリアがすんでいる。カビや原生動物も数百万、数千万の単位でいる。

確かなことはわからないが、種類も恐らく数万種にとどまらない。酸素ガスを必要とするものもあれば、反対に酸素ガスを嫌うものもある。大きさもいろいろだ。すべてを併せると、土の中のあらゆる物質の酸化や還元、合成と分解などの変化を営む能力をもつことになる。

ところがこの生命力に満ちた微生物世界について、私たちの知識は驚くほど限られている。微生物たちはどんなすみかに、どのように生きているのか、互いにどのような関係を保っているのか。激しくはたらき増殖を繰り返しているのか。それとも静かなのか。弱肉強食か共存共栄なのか、いずれの問いについても、ごくわずかなことしかわかっていない。

バクテリアの研究というと、コッホやパストゥールが確立した培養法を用いるのが常識になっている。しかし、実験室で簡単に培養できるのは、自然界のバクテリアのわずか1%足らずで、1つの菌だけを培養する純粋培養に漕ぎつけられるのは、さらにその一部にすぎない。ところがパストゥール以来、人々の関心は有用菌、有害菌に向けられ、地球上における微生物世界の全体像の探求はひどく遅れてしまったのだ。

2.土の中のバクテリアを研究する

そんななかで、自然界にすむ微生物の研究という、ちょっと変わったテーマを選んだ私は、40年にわたっておもに土の中の微生物を相手にしてきた。

研究を始めてすぐに、いかにも身近にみえるこの研究には、多くの困難があることがわかった。微生物を調べるには、まず土の試料を水に溶かす必要がある。寒天培地の上に広げて培養するためだ。ところが、実際にやってみると、土の粒を水中でばらばらにするのは、容易ではない。

寒天培地の上でコロニー(1個のバクテリアが増殖して目に見えるようになった、多数のバクテリアの塊のこと)ができるのを待つといっても、いったいどれだけ待てばよいかわからない。大腸菌などの場合、一晩で十分に増えて翌朝には結果がわかるので、モノーをはじめ世界中の分子生物学の創始者たちは「昼間実験し、夜寝て果報を待つ」という快適な研究のリズムを楽しめた。しかし、自然界にある未知のバクテリアの場合、何時間培養すればよいのか途方に暮れることが多い。

40年以上前の大学院生の頃、ある先生に「君、土壌微生物研究なんて難しいものを始めたら、研究者になれないぞ」と言われたのを今でも覚えている。しかし、どうしても自然界での微生物の様子を知りたいと思い、研究を進めてきた。

日頃何気なく見ている土にも、細かく見ると独特の構造がある。基本となるのは、粘土と、植物が腐ってできた高分子有機物や、鉄・マンガンなどの酸化物とがつながってできた10から20ミクロンくらいの小さな土粒子で、それが集まり、さらに大きくなったのが、私たちが目にする土の粒である。この粒は団粒といって、大きいものでは数mm以上にもなる。

土の小さな粒を水の中に入れてみよう。落ちていく土の粒は、1秒か2秒たつと花火のように破裂する。複雑な構造をもった団粒が壊れて、小さな粒子の単位にまでばらばらになったのだ。ところが、そうして出てきた土の粒子は、水中に置くだけではいつまでもそのままで変わらない。超音波などを使って初めてもっと小さな単位にまで壊すことができるのである。

土の構造が水中で自然に壊れるときに出てくる微生物と、超音波でさらに壊して初めて出てくる微生物を調べてみたところ、前者にはカビやグラム陽性菌が多く、後者にはグラム陰性菌が多いことがわかった。つまり、土にすむ微生物たちは、小さな土の粒の中で細かいレベルでのすみ分けをしており、種類の異なる微生物は異なる部分に暮らしているのだ。

 

士の粒は目に見えない特別な構造をもっている

私たちがふだん目にする土の粒は,粘土と植物の腐敗物や金属の酸化物でできた小さな粒子(左=大きさ約10-20ミクロン)が,さらにたくさん集まってできている(右=0.5-数mm)。(服部勉著「微生物生態入門」東京大学出版会刊より)

身近な自然の中にバクテリアはすんでいる

①~④服部博士が水田の土から分離したバクテリア。博士は,現在までに水田から500種類以上のバクテリアを分離し,性質を調べている。(写真=服部勉)
⑤服部博士が研究に使っている土のサンプル(粒の大きさ=1~2mm。顕微鏡写真)。

自然の中のバクテリアの数

大気中(①),海洋および河川中(②),土壌中(③)のバクテリアの数。地球上の各地域でのバクテリアの分布状態を調べた研究はきわめてわずかしかないが,この3つの図は,それらを組み合わせて作成したもの。数字はそれぞれ特定の地点のデータを示している。(服部勉「微生物生態入門」より改変)

3.簡単には増えないバクテリア

パストゥールが、フラスコの中に滅菌した肉汁を入れて口を閉じ、細菌は自然には発生しないことを示した実験は有名だが、そこには「生きた細胞は培養すれば必ず増殖する」という大前提があった。

ところが、土や海、河川の細菌の大部分は、栄養豊富な培地でも増殖しないことが多い。パストゥールの前提を正しいとするなら、それらの細菌は皆、死んでいることになる。増殖しないバクテリアは、本当に死んでいるのだろうか。いくつかの実験がそうではないことを示唆している。

たとえば、あるとき、同じバクテリアの細胞を寒天培地の上で複数培養したら、同時にコロニーができるだろうかと考えた。つまり同種の細胞なら増殖に要する時間は同じだろうかと。パストゥールも、現在の微生物学者たちも、そんな問題には無関心で、今まで誰も試みていなかったことだった。

実験してみると、同時ではなくランダムに増えてくることがわかった。土から採ってきたバクテリアだけでなく、大腸菌でも同じだった。そこで、ほぼ半数のバクテリアが目に見えるコロニーをつくるまでの時間(半増期)を、それぞれのバクテリアの性質の一つと考えた。新鮮な大腸菌の場合は数分と早いが、土壌から単離したものの中には、早くて1日、ときには数日になるものもあった。培養する細胞の状態によっては、さらに長くなることが十分に考えられる。

そこで、細胞の分裂を顕微鏡で観察したところ、途中で分裂を停止する例や、他の細胞が分裂しているのに、同じ種類の細胞が一度も分裂しない例もみられた。

半増期が数日にもなるということは、培養を始めてから何日間も分裂せずにじっとしていて、あるとき突然分裂を始める細胞があるということである。分裂しないからといって死んでいるのではないのである。

私は、こうした結果から、バクテリアの細胞には分裂可能な状態と分裂できない状態があり、両者は相互に移行しているのではないか、土などの自然界には、増殖できない状態にあるバクテリアがたくさんいるのではないかと考え始めた。

もちろん、なぜすべての細胞が一斉に分裂しないのか、何をきっかけに分裂が始まるのか、まだ何もわかっていない。限られた実験の時間内には、生きているのに分裂しないバクテリアもいるはずだが、それはいったいどのようなものなのか。いずれもこれからの課題だが、それが自然界での生物のあり様を教えてくれるはずだ。

4.仲間同士で増える土中のバクテリア

土の中のバクテリアは、ほんとうに増殖できない状態にあるのだろうか。初期の実験では、1回に1種類のバクテリアを使っていたが、ここ10年ほどは、土のサンプルをそのまま使ってコロニーの出現の時間経過を調べている。

他の微生物生態の研究者には、気違い沙汰と思われたに違いない労多い仕事だった。どこから採ってきても、土の中には数え切れないくらいたくさんの種類のバクテリアがいる。そのバクテリアのサンプルを希釈して寒天の上に広げても、多くの種類のバクテリアがただランダムに増えてくるだけで、ほとんど意味がないと考えるのが普通だ。

ところが、驚いたことに、土壌のバクテリアのコロニーは、あるリズムをもって出現した(図)。培養開始後、まずいくつかのバクテリアがコロニーをつくり、それがある程度進行すると、今度は別の一群のバクテリアがコロニーをつくり始めるという具合である。200時間(約8日)くらいで、3-4グループが順次登場し、培養時間を数千時間(数ヵ月)に延ばすと、さらにもう1つのグループが現れた。水田や畑地の土だけでなく、森林や草地の土でも、やはりいくつかのグループがまとまって増えてくることがわかった。

これをどう説明できるだろう。

それぞれのグループのバクテリアを分離して詳しく調べると、同じ時期に増えてくるものは、さまざまな性質がお互いによく似ていることがわかった。とくに草地から採ってきたバクテリアの場合、あとから増えてくるグループのほうが、ゲノムサイズが大きくなることもわかった。

性質の似たバクテリアが同じ時期に一緒に増えてくるのは一見当たり前のようだが、それだけでは、リズムをもった曲線はできない。今のところ仮説にしかすぎないが、次のようなことを考えると、私たちが観察した現象を説明できるのではないかと思っている。

まず、分裂できない状態にあったバクテリアの一部が何かのきっかけで分裂を始め、かつ、周囲の近縁バクテリアにも分裂を始めさせる物質を分泌する。それを受け取ったバクテリアは、分裂を始めると同時に自分もまた他のバクテリアに分裂を始めさせる物質をつくり始める。その結果、次々に近縁のバクテリアが分裂を始めるというドミノ倒し効果が起こり、リズムをもってバクテリアが増えてくることになる。

長い間分裂せずにじっとしているかと思えば、環境の条件が変わり、一部のバクテリアが分裂を始める。それがまた何らかの理由で止まってしまう。今のところ未知のことばかりのバクテリアの世界だが、さまざまな研究を通じ、その振舞いの一端が見えてきたような気がする。

自然環境中の微生物の研究は、まだスタートしたばかりだ。最近では、培養法のほかに、直接DNAを抽出して調べる方法も広まりつつある。さまざまな方法で異なる側面から迫ることで、微生物界の多様性を具体的に描き出すことができるようになるだろう。大切なことは、個々の微生物の存在を確認するだけでなく、微生物たちの動態と諸特徴を解明し、人間と微生物界の共存の道を見出していくことではないだろうか。

 

リズムをもって増えるバクテリア

水田の土にいるバクテリアを長時間かけて培養すると,いくつかのバクテリアがグループをつくり特定の時期にコロニーとして現われる。理由はまだわかっていないが,この現象をきっかけに自然界でのバクテリアの生態の研究が進むのではないかという期待がかけられている。(原図=服部勉)

服部 勉(はっとり・つとむ)

1932年大垣市生まれ。名古屋大学理学部卒業後、東北大学農学研究所で土壌微生物の研究を始める。96年東北大学教授を退官、名誉教授となる。水田、畑、草地、山林など、身近な環境にすむ土壌微生物の生態が研究テーマ。
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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