生命誌ジャーナル

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RESEARCH研究を通して01

飢えからからだを守る脳の神経回路

中村佳子名古屋大学

 私たち哺乳類は、食物からエネルギーを摂り、様々な生命活動を通じてエネルギーを消費するため、食物が得られない状態が長く続く飢餓はまさに生存の危機である。エネルギー収支のバランスを保ち、飢餓状態を生き延びるために、脳はどのような指令を出すのだろう。

1.飢えという危機を生き延びるために

 恒温動物であるほ乳類は、寒冷環境では体温を維持するために、首の周りなどにある褐色脂肪組織という特殊な組織で熱をつくる。環境温度の低下を皮膚にある温度センサーが感知すると、その情報を受けた脳が褐色脂肪組織に熱を産生するよう指令を出すのだ。ラットやマウスなどのげっ歯類では、この熱産生が体温の維持に重要な役割を果たす。ヒトの場合、肥満傾向のある成人は褐色脂肪組織の活性が低いという報告があり、その関係が注目されている。
 ほ乳類は飢餓に陥るとからだの代謝を減らしエネルギーを温存しようとする。エネルギーを消費しないよう熱産生を抑制するのである。一方で、積極的に食物を探し、摂食することで生命活動に必要なエネルギー源を得ようとする。こうした「飢餓反応」は、生きものが飢餓という危機を生き延びるために備えもつ反応であり、脳のはたらきによって生み出される(図1)

図1:ラットの脳が起こす2つの「飢餓反応」

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2.空腹を伝える脳のシグナル

 脳はからだの司令塔である。細胞や組織、臓器から様々な情報が脳に集められ、脳はその情報をもとにからだ中に指令を送り生命活動を維持する。情報を伝えるのは神経であり、からだ中に張り巡らされている。例えば、体温調節には交感神経が、筋肉を動かす活動は運動神経がそれぞれ分担している。
 からだが飢餓状態になると、脳はどのような指令を出すのだろうか。この場合、基本的な生命活動を司る視床下部と延髄という脳領域にある神経細胞(ニューロン)が重要な役割を果たす。
 空腹になると胃から分泌されるホルモンのグレリンが、視床下部の弓状核という領域にあるニューロンを刺激する。すると、このニューロンの軸索から神経伝達物質ニューロペプチドY(NPY)が放出され、視床下部の室傍核のニューロンに作用する。これまでの研究により、ラットの室傍核にNPYを注入すると、著しく摂食量が増えるとともに熱産生が抑制され、その分エネルギーが体内に蓄積されることがわかっていた。室傍核に放出されたNPYが「空腹シグナル」となって脳のどこかに伝わり、「飢餓反応」を起こすと考えられるが、どの脳領域がどのようにエネルギーの摂取と節約という異なる作用を同時に起こすのかは不明であった(図2)。これを明らかにできれば、飢餓や飽食から、からだの恒常性を守るしくみの根幹が見えるであろう。

図2:飢餓反応の指令を出す脳の神経回路は不明

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3.熱産生を抑制するGABAニューロン

 私たちは、NPYにより熱産生が抑えられるのは、熱産生を指令する脳領域の活動の抑制によって起こるのではないかと考えた。そこで、熱産生を指令することが知られている延髄の縫線核に着目し、この領域を直接抑制するニューロン群を探した。
 抑制性の神経伝達物質GABAを放出するニューロン(GABA作動性ニューロン)は、その投射先となるニューロンの活動を抑制する。そこで、GABA作動性ニューロンが蛍光を発する遺伝子改変マウスに神経トレーサー(註1)特定のニューロンを染めるために用いる物質で、ニューロンのつながりを明らかにできる。ニューロンの神経線維を可視化するには順行性トレーサーを、特定の場所へ投射するニューロンの細胞体を可視化するには逆行性トレーサーを用いる。を注入し、縫線核に投射しているニューロンを染色してニューロンの分布図を作製した(図3)。その結果、延髄の網様体という領域に分布するGABA作動性ニューロン群が、縫線核のニューロン群に投射していることを発見した。この網様体のニューロンがGABAを放出して縫線核のニューロンを抑制することで、褐色脂肪熱産生を抑制する可能性を見出したのである。

図3:網様体領域に、縫線核に投射するGABA 作動性ニューロンが分布していることがわかった。

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4.空腹の時にエネルギーを温存する脳の神経回路

 次に私たちは、この網様体と縫線核のニューロンのつながりが、実際に飢餓や空腹の時に熱産生を抑制するかについて調べた。
 動物に寒冷刺激を与えると体温を維持するために褐色脂肪熱産生が起こる。ところが、DREADD法(註2)註2:DREADD法人工受容体を特定のニューロン群のみに発現させ、受容体に選択的に作用する薬物を投与することで、目的のニューロン群のみを刺激することができる。を用い、網様体のGABA作動性ニューロン群だけを活性化すると、寒冷刺激を与えても熱産生が起こらなくなった。そこで次に、熱産生の抑制は、NPYの空腹シグナルがこの網様体のニューロン群に伝えられた結果起こるという仮説を検証した。
 通常、室傍核にNPYを注入すると熱産生は抑制されるのだが、網様体に薬物を注入して神経活動を抑えておくと、NPYを注入しても熱産生は抑制されなかった。また、縫線核に投射する網様体ニューロン一つずつの活動を記録したところ、NPYによって活性化するニューロンはGABA作動性であることがわかった。
 これらの結果から、飢餓や空腹の時に室傍核で生じるNPYによる空腹シグナルは、網様体のGABA作動性ニューロン群を活性化し、抑制性の信号を送って縫線核を抑制することで、脳から褐色脂肪組織への熱産生指令を抑制するのだとわかった。

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5.網様体はエネルギーの摂取と節約を同時に制御する

 これまでの研究で、摂食を促進させる咀嚼運動のリズム形成に、網様体のニューロン群が関わることがわかっていた。そこで、ラットの網様体ニューロン群を薬物刺激により活性化させると、熱産生が抑制されると共にリズミカルな咀嚼運動が起こった。また顕著によだれを流す個体もいた(図4)。摂食量は数倍に増加した。これらのことから網様体のニューロン群は、熱産生の抑制と摂食の促進という二つの指令を同時に出していると考えられる。それを確かめるために、網様体のGABA作動性ニューロン群を染色してその投射先を調べたところ、このニューロンの軸索は、熱産生を指令する縫線核だけでなく、咀嚼運動を指令する三叉神経運動核の両方に分岐して伸びていた(図5)。空腹シグナルによって活性化される網様体のGABA作動性ニューロン群は、熱産生の抑制だけでなく、咀嚼のリズムをつくりあごの筋肉の運動ニューロン群にも伝達することができるのである。

図4:麻酔したラットの網様体を刺激し活性化すると、 褐色脂肪組織の活動が抑制されると同時に、リズミカルな咀嚼運動が引き起こされた。


図5:網様体のGABA作動性ニューロン多くが、 縫線核と三叉神経運動核の両方に分岐して伸びていることがわかった。

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6.網様体のニューロン群は2つの神経系を通じて飢餓反応を起こす

 飢餓反応が起こる神経回路のしくみ全体を見渡してみよう(図6)。空腹の情報が脳の視床下部の弓状核に伝わると、NPYが室傍核に放出される。これが空腹シグナルとして延髄の孤束核などに伝達され(註3)視床下部の室傍核から延髄の網様体へ直接投射するニューロンはほとんどないため信号を中継する領域を検討した。その候補として、いずれも室傍核のニューロンからの投射があり、消化器官からの情報を受けて摂食を制御する延髄の孤束核と、摂食に関わると考えられる橋の外側腕傍核を調べたところ、両方の神経核から網様体に多くのニューロンが投射していた。空腹シグナルは、室傍核から孤束核あるいは外側腕傍核を経由して、網様体へ伝わると考えられる。、続いて網様体のGABA作動性ニューロン群が活性化し、縫線核のニューロン群を抑制する。こうして、褐色脂肪組織の交感神経活動が抑制されることで熱産生が抑制され、からだ全体のエネルギー消費が減るのである。網様体のニューロン群は、それと同時に、三叉神経運動核のニューロン群に咀嚼のリズム信号を伝えることで、運動神経系を介して摂食を亢進していると考えられる。
 ここで注目したいのは、通常は異なるメカニズムで制御されていると考えられる交感神経系と運動神経系が、網様体のニューロン群によって一元的に制御されることで、効率よく飢餓を生き抜いているという点である。このはたらきによって、空腹の間にエネルギー消費を抑えた状態で摂食の機会をうかがい、食物がようやく見つかった時に、素早く摂食を行いエネルギーを取り込むことができるものと考える。長い進化の過程で、飢えをしのぎながら生き続けてきた生きものの力強さを感じられる見事なしくみである。
 今後は、この結果を糸口として、摂食と代謝調節の本質的なメカニズムの解明につなげていきたいと考えている。また、過度のダイエットによる栄養不足(飢餓)状態での低体温やリバウンドには、NPYの分泌増加が関与すると考えられ、ここに網様体を介する神経回路のしくみが関わっている可能性がある。さらなる研究によって、摂食、代謝に関連した病態発症のしくみや生体維持の体系的な理解が進むのではないかと考えている。

図6:飢餓反応の指令を出す脳の神経回路

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中村佳子(なかむら・よしこ)

京都大学大学院薬学研究科博士後期課程単位認定後退学。博士(医学)。米国 Oregon Health and Science University 及び京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニットにてポストドクトラルフェローを経た後、名古屋大学大学院医学系研究科統合生理学助教。

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