生命誌ジャーナル 2006年春号
Talk ─ 対話を通して ─ :目次
Talk ─ 対話を通して ─
年間テーマ「観る」
[葉っぱから考える]
違和感としてわかる豊かな形作り:塚谷裕一×中村桂子
塚谷裕一(東京大学 教授)
中村桂子(JT生命誌研究館館長)
[ 対談を終えて|塚谷裕一 ]
 中村桂子先生のことを初めて知ったのは、高校生の頃だったと思う。テレビの教育番組で、何度かお見かけした。それ以前にも『二重らせん』の訳者として、あるいは解説記事等の筆者として存じ上げていた。最初の番組では、女性研究者という立場からか、あくまで聞き役だったのを勿体ないと思っていたら、そう思う視聴者は私だけではなかったのだろう、やがて本来の立場から、ご自身の意見を話されるようになったのを覚えている。今回、端から見ていたら果たして〈対談〉になっていたのかどうか、冷や汗ものだ。しかしお話ししている間は実に楽しく、つい予定を大幅に超えて話し続けてしまった。高校生の頃には予想もしていなかったことである。生物学という世界のリベラルさのおかげだろう。
 高校生の塚谷さんを想像し、是非話を聞きたいすてきな研究者になって下さってありがとうという気持です。(中村桂子)
塚谷裕一(つかや・ひろかず)
1964年神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。現在、東京大学大学院教授、基礎生物学研究所客員教授。専門は葉の発生・分子遺伝学。海外でのフィールド調査や、植物の多様性についての研究も行なっている。日本文学に登場する植物にも詳しく『漱石の白くない白百合』などを著わす。その他『秘境・ガネッシュヒマールの植物』『植物の〈見かけ〉はどう決まる』『植物のこころ』など著書多数。
1. 生きていく糧の豊かな国
2. ヒトは一生懸命に雑草を抜く
3. 葉っぱの形作りとは何なのか
4. 植物はなぜ形を守るのか
5. 植物の常識と動物の常識
6. 見えているのに見ていない
7. わからないということを伝えるのが科学
8. 「なんか変」という感じ
1. 生きていく糧の豊かな国
(中村)
 ものを考えるには、名詞でなく動詞を使うほうがいいのではないか。例えば「生きる」と言えば、自分も生きているし、ネズミも生きていると実感がわく。それを「生命」と言ってしまうと、抽象的でよくわからないし、すでに決まったものがあるという感じを受けてしまう。
(塚谷)
 止まった感じがします。
(中村)
 「生きる」は動いている。しかも一つ一つが違うことをやっている。植物の生きる、昆虫の生きる、私たちの生きるは、日常的に食べるものから皆違います。その多様さの中に同じものを見つけたところに現代生物学の面白さがある。けれどもDNAなど知らない昔から、人々は直感的に、「生きる」という同じ言葉で、植物の話も、昆虫の話も、人間の話もできていましたね。「生きる」には、時間が動くということが入っているし、何々が「生きる」と言えば、それぞれを多様なままとても具体的に考えられる。でも「生命」と言ってしまうと、時間の動きも、多様さも、個別の具体性もなくなってしまいます。  どうもこの頃は、いろいろな意味で物事が乱暴に扱われる世の中になっているような気がして、そうなる理由の一つに、名詞でやりとりする風潮があるのではないか。科学でも同じことが起きています。本当によく考えるべきところを、名詞をたくさん並べてやりとりしていても、考えることにはつながりません。その時、動詞を使えば、とても日常的なまま、もう一方で深くさまざまに考えられる。それで動詞で考えようということを生命誌では始めました。最初は「愛づる」。次が、生命誌の「誌」に込めた物語りから「語る」。そして今、「観る」で考えています。
 現代生物学はミクロの中へどんどん入って行きますが、DNAといっても現実には見ることはできず、どうしても抽象的で、「これがATGCの並びです」とせいぜいモデルを示すことで我慢してきました。でもこの頃はタンパク質などのミクロの世界を見ることができるようになりましたね。やはり私たちは、視覚の動物ですから見えるとそれが考えるにつながっていくのではないか。「観る」をテーマにしている理由の一つはそこです。ただその時に、ミクロだけを見ていても本質はわからない。先々回のお相手を細胞生物学・解剖学の廣川さん※註1にお願いしましたが、観る原点の一つは解剖学ですね。廣川さんのお仕事があれほど面白く展開したのは、やはりマクロな解剖学をきちんと見た上でミクロを見て行かれたからだと思います。もう一つの観る原点は分類学ですね。これらマクロとミクロの「観る」を合わせて自然観、人間観、生命観を新しく組み立てていきたい。生命誌はそれを少しずつねらいながら活動しているつもりです。ただ生命観とか自然観と言うと、また抽象的になるので、やはり「観る」という見方をしたい。これらを合わせて、今年はこのテーマを選んだのです。
 それに実は、今まで植物の方にあまりお話を伺っておりません。やはり動物を扱っている方のほうが多くなってしまって。今、申し上げたようなことから、植物を見ながら考えている人とお話してみたいと思って伺いました。
 DNAや細胞を研究している方は、野外へは出て行かないものですが、塚谷さんは全部をお一人でなさっていますね。しかも、『漱石の白くない白百合』※註2に著されたように、文学の中の植物までとても柔軟に捉えて総合的な表現をなさっている。今日はそんな塚谷さんの植物への思いのたけを語り尽くして頂きたいのです。小さな頃から植物への特別な思いがあったのですか。
註1:廣川信隆 ひろかわのぶたか
1946年生れ。東京大学教授。細胞生物学・解剖学。生命誌トーク46号「ミクロの解剖学から体全体へ」参照。
註2:『漱石の白くない白百合』
塚谷裕一著。文藝春秋
(塚谷)
 私は、小学校の2年生くらいまでは昆虫少年だったんです。ところが昆虫は、大変に種類が多いのに、図鑑にはそれが網羅しきれていない。普通に誰でも知っている種類なら図鑑に出ているわけですが、採った端から図鑑で名前を調べていると、手が届く範囲の昆虫でさえ、名前が正確にわからないのがすぐに出てきてしまう。何とかの仲間、というところまでしかいけない。昆虫少年としては普通の子どものレベルを超えたいのですが、そのレベルになると、どんな大きな図鑑を見ても正確な名前がわからない。国内ですら、まだ名前のついていない昆虫がいくらでもいるわけなので、それはプロの世界でもそうなのです。だから、子どものレベルとプロのレベルとの間をつなぐものが存在しない。昆虫少年時代はそこが不満でした。昆虫と植物は密接な関係があるので、植物のほうを見てみたらこの不満が解消されたんです。日本の植物はとてもよく調べられていて、近所の本屋さんで売っている図鑑でもかなり詳細な情報が網羅されています。しかも身のまわりにその植物がある。だから丸ごと図鑑を憶えるまではのめり込んで楽しめるわけです。
(中村)
 日本の植物が網羅されたのは、いつ頃の成果なのですか。
(塚谷)
 牧野富太郎※註3とその次の世代で、本州、四国、九州はほぼ完璧に調べ尽くされ、中でも私が住んでいた関東地方は一番よく調べられた地域なのです。当時は、使命感があったと思います。東大の植物学教室ができた頃は、まだ欧米の人たちの手を借りて種の同定をしていましたが、矢田部良吉※註4が教授になり、「これからは日本人がすべて自分の手で植物の戸籍調べをする」という主旨の宣言をしたところから始まったのです。
 今アジアの国々が、昔の日本のようにまだ自らの手で植物の戸籍調べができない状態にあるので、日本人が協力して同定を進めています。これは単なる手助けではなくて、日本の植物のルーツの解明にもつながるわけです。
(中村)
 そのお仕事で野外でも広くご活躍なさっているんですね。
(塚谷)
 「ヒマラヤの周辺でも、6年前に日本、イギリス、ネパールの3国で協定を結んだ結果、一緒に植物の戸籍調べを進めることになっています。人間が入り込めない地域が多く、経済的にも難しいところですが、日本は四十数年前から東大チームがほぼ毎年調査を続けていて標本の蓄積もあるのです。
註3:牧野富太郎 まきのとみたろう
(1862-1957) 植物分類学者。土佐生れ。小学校を中退、独力で植物学を研究、東京帝国大学理科大学助手・講師。日本各地の植物を採集観察して多くの新種を記載。主著『日本植物図鑑』。
註4:矢田部良吉 やたべりょうきち
(1851-1899) 植物学者・詩人。静岡県生れ。東京帝国大学教授・東京博物館長。1882年井上哲次郎・外山正一とともに『新体詩抄』を著して新体詩運動の先駆をなした。主著『日本植物図解』など。
(中村)
 標本の蓄積は重要ですね。イギリスのキュー植物園※註5で見せてもらった標本庫は圧巻でした。大きな部屋で、見えないくらい奥まで標本棚が並んでいる。そのとき日本はこういうことをやっているだろうかと不安に思ったのですが、植物に関しては、日本も蓄積があると伺ってほっとしました。明治の頃に使命感で達成された成果が、今も財産として残っているのですね。
(塚谷)
 欧米の博物館に比べれば、施設の規模もスタッフの数もとうてい敵いませんが、標本そのものはそれなりに整備されています。外国から日本の植物を見に来る人は、東大と京大、国立科学博物館の3ヶ所をまわれば、ほぼカバーできます。
 それに日本は地理的にとてもいい位置にあるので、ここの植物を押さえておけば、北半球のどこへ行ってもその土地の植物の分類は、科、属くらいまではわかるはずです。
(中村)
 地球儀を見ながら、私たちはなんと恵まれた場所に暮らしているのかと思うことがありますね。日本列島には高い山も海もあり、北海道から沖縄まで気候や風土もさまざまです。しかも大陸ほど広いわけでなく、端から端まで自分の足で歩ける範囲にこれほどの豊かな自然がある。北半球の植物がほとんど日本にあるということは、この国の自然の豊かさを具体的に物語っているといえますね。しかし日本人はあまりそこに気づかず、「資源のない国」だと皆が言うけれど、自分たちが生きていく糧としては、自然はもちろん、自然と共に生きてきた人間の文化も含めて活用すべき資源がこれほど豊かな国は他にないのではないか。資源は石油や天然ガスだけではないと、よく思います。
註5:キュー植物園
ロンドン南西部キュー(Kew)地区にある王立植物園。世界最大の規模を誇る。
2. ヒトは一生懸命に雑草を抜く
(塚谷)
 実は、植物が多様で豊かなことは、農業にとってはあまり喜ばしいことではないこともある。
(中村)
 なるほど。自分たちが欲しいものだけを効率よく得たいとすれば、それ以外は余分なもの、雑草だとなるわけですね。
 昭和天皇が雑草はないとおっしゃったのは有名な話で、確かに生物学としてはそうですが、日本の農業文化としては、田畑に生える邪魔なものに雑草という概念を与えたわけですね。
(塚谷)
 そういう意味では、植物を大事にしていない民族です。分類学的にも、雑草が盲点で、あまり詳細には調べられていない。でも雑草という切り口で見ると日本はとても面白い国なんです。例えば雑草の典型で、オオバコという植物は日本全国に生えておりよく知られていますね。日本人は昔から、とくに寺社などの神聖な場所では、草むしりを徹底してやってきています。そこでそういう場所のオオバコは小さい。念入りに草むしりしたために、各地の神社やお寺の境内ではオオバコが小さく特殊化しているのです。
 一方、宮島の厳島神社※註6にはシカがたくさんいるので、ここでは2つの要因が選択圧としてはたらいてオオバコもさらに特殊化しました。まず神社の境内はいつも徹底的に草むしりしているので、大きなものが生えたらすぐヒトに抜かれてしまう。その上、地面に鼻面をこすりつけるようにしてシカが草を食べるので、まっすぐ立っていればパクッと食べられてしまう。それで宮島のオオバコは地面ぎりぎりまで花序※註7が寝るようになっているのです。その他、南禅寺※註8や三井寺※註9など由緒あるお寺に生えているオオバコは、必ず小さくて花序が地面に寝ています。
(中村)
 宮島といえば1000年くらい。その間でそれほど変わるものですか。
(塚谷)
 はい。奈良公園もシカがいるので小さい。
(中村)
 なるほど。でも、わざわざお寺へ行ってオオバコを見ている人ってあまりいないのでは(笑)。
(塚谷)
 ところがすでに江戸時代に知られていて、『本草図譜』※註10に、三井寺のものは小さいという記述がちゃんとあるのです。
(中村)
 それでは500年くらいですね。
(塚谷)
 江戸時代は変りものに関心がありましたから。変りものであれば、ほとんど見どころがないオオバコのようなものでも、わざわざ書き留めるほど、注目していたのです。
(中村)
 身近なものをよく観る暮らしをしていたということですね。
(塚谷)
 仙台の沖にある金華山※註11という島でも昔、人が神社を設けてシカを放したのです。とても小さな島なので、シカが増えていろいろなものを食べ尽くすとシカも減り、また増えては減りとくり返しているうちにいろいろな植物が小さくなったり、トゲを生やしたり、臭くなったりしたんです。
(中村)
 動けない植物としてのシカへの対抗ですね。
(塚谷)
 まだ種も変わらないままですが、サンショウの葉っぱが小さくなった代わりに葉柄※註12の裏にあるトゲが長くなり、さらに香りが強烈になっている。
(中村)
 サンショウの若い葉っぱは、お吸い物に浮べると、ほどよい香りがして食欲をそそりますね。
(塚谷)
 それがもう香りとは呼べないほどになっています。サンショウは樹木なので世代交代もそれほど進まないと思うのですが、すでに固定しているようで、持ち帰った種を蒔くと同じものができる。金華山では、ブナの木に実が生ってもシカが食べてしまうのでブナ木が更新しません。そこで一番新しい木を調べると樹齢は500 年だったというのです。
(中村)
 なるほど。しかしシカがそれほどまでに日本の植物に影響を与えているのですね。
(塚谷)
 シカもそうですし、シカがいなくても神社仏閣では小さくなっているので、人間がシカ並みに一生懸命雑草を抜いていたということです。
(中村)
 雑草を抜くと、相手は小さくなるなどして、くぐり抜けていく。
(塚谷)
 そういうものでないと人々が存在を許さない。調べてみたら、オオバコだけでなく、スミレ、キンランソウ(ジゴクノカマノフタ)などいろいろ小さくなっていることがわかりました。
(中村)
 私も自宅の庭で一生懸命雑草を抜いているんですけど。
(塚谷)
 今にいろいろなものが小さくなるかもしれません(笑)。
(中村)
 すでにカタバミなんて充分小さいようで、取りにくくて。
上:岡崎産のオオバコ
下:オオバコの葉っぱの大きさを比べると右側の3つは矮小型(文字は産地を示す)。
[写真:石川直子博士]
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註6:厳島神社 いつくしまじんじゃ
広島湾南西部の厳島(宮島)は、面積約30km2で、最高所の弥山は標高530m。島全体が原始林で覆われている。北岸に厳島神社と門前町宮島がある。厳島神社の社殿は海中に立ち、宝物類には平家寄進のものが多く、国宝・史跡に富む。
註7:花序 かじょ
花をもって終端とする枝の分岐状態、枝上における花の配列状態をいう。オオバコは単軸分岐を基とする穂状花序の1つ。
註8:南禅寺 なんぜんじ
京都市左京区にある臨済宗南禅寺派の本山。1291年亀山上皇の離宮を無関普門に賜い禅林禅寺としたのに始まる。
註9:三井寺 みいでら
大津市にある天台寺門宗の総本山。園城寺の通称。奈良時代に大友村主氏の氏寺として開創。
註10:『本草図譜』 ほんぞうずふ
1830年刊。岩崎灌園著。二千余種の植物を分類し図説した書。いわゆる本草ものの書物として最高峰のものである。96巻。
註11:金華山 きんかざん
宮城県牡鹿半島の南東先端にある島。面積9km2、標高445m。山頂に大海神神社、山腹に小金山神社がある。
註12:葉柄 ようへい
葉の一部で、光合成を行なう平面状の器官・葉身を支える柄の部分。
3. 葉っぱの形作りとは何なのか
(中村)
 今のお話は、自然の中で生きものと向き合うマクロな観察の大切さを改めて考えさせられるものでしたが、現代の生物研究ではミクロの生命現象を探ることが多くなります。塚谷さんご自身も、日常の実験室でのお仕事は植物のミクロの現象を扱っていらっしゃると思いますが、塚谷さんの中でミクロとマクロはどのようにつながっているのでしょうか。
(塚谷) 
 その2つをつなぐことは最大の課題です。例えば、神社の境内に生えていた小さなオオバコの葉っぱを顕微鏡で覗くと、葉っぱを構成している1つ1つの細胞の形と大きさは正常ですが、細胞の数が減っていることがわかります。
 一般に植物の葉っぱは、先端から基部へという順序で形作られます。ですから単純に細胞の数が減ったら、先端の形だけできてそこで終わりそうな気がしますよね。でもオオバコの葉は、少ない細胞なりにちゃんとした形になっているんです。


(中村)
 なるほど。ひとまわり小さい機械を作ろうとしたら1つ1つの部品を小さくしますね。ところが植物は細胞の数を減らしている。それで小さいオオバコの葉っぱの形をどうやって作るかという問いですね。
(塚谷) 
 それは不思議です。まず「植物は、葉っぱという器官を形作るとき詰め込む細胞をどのように数えているのだろうか」という問いが立ちます。これを解くために、葉っぱがオオバコと同じロゼット型※註13で、実験室で扱いやすいシロイヌナズナで調べているのです。
 自然界では、葉っぱが小さくなるときも、葉っぱの形が変わるときも、細胞の形や向きは変えずに数を間引くのが一般的のようです。ということは、植物は葉っぱを作るときに全部でどれくらいの数の細胞を使って、全体としてどのような形にしようという前提に基づいて作っているように見えます。そのしくみを探る試みとして、細胞の数を減らす変異を起こしてみました。その場合植物は、唯々諾々と減った分だけ葉っぱを小さくするわけでなく、細胞の数が減ると細胞の体積をふやすという形で反作用を起こすことがわかりました。
(中村)
 基本は守るぞ。小さくはならないぞとがんばっているということ。
註13:ロゼット型
きわめて短い茎から多数の葉がらせん状に並び、扁平なバラ花状の外観を呈する葉のつき方をいう。
(塚谷)
 私たちはこれを補償作用と呼んで解析を進めています。シロイヌナズナの葉っぱは小さいし簡単な処理で透明になるので、とにかく変異体をとっては細胞の数と体積とを観察していくのです。そうして調べてみると、実は、細胞の数も体積も同じように減っている変異体がほとんどなのですが、一部に補償作用を示しているものが見つかります。
(中村)
 形は変えずに全体として小さくなるという現象を、細胞の数や大きさの組み合わせを変えることによって支えている様子がそこから見えてくるのだろうというわけですね。
(塚谷)
 でも補償作用を起すきっかけとして自分の細胞の数が減ったということを彼らはどうやって知るのか。どうやら補償作用には、閾値があるようなのです。例えば最近、私たちが見つけたROT4という遺伝子は、強くはたらきすぎると葉っぱのタテ方向だけ細胞の数が減ってしまい、その結果として葉っぱが短くなりますが、この変異体では補償作用が起きません。細胞の数は半分に減っても細胞が大きくはならないのです。
(中村)
 あるところまで来ると「大変だぞ」と気づいて、なんとかしなくちゃということになる。
(塚谷)
 もしも補償作用に閾値があるなら、その値を越えるまで細胞を減らしてみればいい。早速、そのような二重変異をかけたところ、実際に補償作用は起きたのです。
(中村)
 でも何とかしなくちゃいけないくらいに数が減ったということがどうしてわかるのでしょう。
(塚谷)
 それは本当に不思議です。葉っぱを作る順序として、先端部から順に作って行くのが、葉の形作りの基本です。ところが、まだ細胞をふやしている最中に、すでに補償作用が始まることがわかっています。ですから、なぜかまだ最終的な数がどうなるかわかっていない段階で、すでに1つ1つの細胞のサイズをこのくらいにしようという補償作用がはたらくようなのです。この背景には、おそらく葉っぱの輪郭を正しい形にするしくみが別にあって、そこに関係するところで細胞の数を数えているのだろうと思って、今、いろいろ調べているところです。
(中村)
 正常なものを正常な形で見ているだけではわかりにくいので、小さくなるとき何が起こるかを見れば、そこから葉っぱの形作りの本質が見えてくるわけですね。
(塚谷)
 今、私たちが注目している葉の進化のもう1つの例が、しばしば氾濫するような渓流沿いに生えている植物です。そのような環境ではいろいろな植物で葉っぱが細くなっているのです。この場合も、種子植物は細胞の数を減らして細くしていますが、シダ植物はなぜか細胞の形を変えて細くするのですね。
(中村)
 葉っぱの形を細くすると言っても、いろいろなやり方があり、そこにそれぞれの生きものがどのように生きてきたかという歴史の違いも反映しているということかしら。
「シロイヌナズナの野生株(左)とROT4の過剰発現体(右)」下段はそれぞれの葉肉細胞。ROT4を過剰発現させた変異株では、葉の縦方向の細胞数が減り、葉が丸くなるが、1つ1つの細胞のサイズは変化せず、野生型とほぼ同じ大きさである。
[写真:山口貴大博士]
*メモリは上:10mm、下:0.1mm単位
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4. 植物はなぜ形を守るのか
(中村)
 オオバコの葉っぱはいつもオオバコの葉の形でいてもらわないと、私たちは見分けがつかなくて困りますが、オオバコにしてみれば別に形にこだわる必要はないかも知れない。植物にとって、形を守ることにはどんな意味があるのでしょう。
(塚谷)
 その質問には2通りの答えがあって、1つは正直に、「さっぱりわかりません」(笑)。もう1つの答え方としては、例えば、オオバコなどのロゼットの形は葉と葉が重なりがちで自分で葉っぱに影を落としてしまいます。光合成でエネルギーを稼ぐにはなるべく影にならないほうがいい。でも1枚の葉っぱで光合成が盛んな時期は意外に短く老化が早いので、いつも光合成をしている状態を保つには、古い葉っぱの取り替え時期とうまく連動させて新しい葉っぱを作らないといけません。オオバコにとって、そうしたことが一番うまく最適化されたところが、この葉っぱの形とこの葉柄の位置関係なのかもしれないと考えられます。
 ただもっと微妙な形質がなぜ変わらないのかは、私たちも不思議に思っています。野外の調査に行くと、1つの山で同じ属が10種も20種も生えているような地域があります。環境はほぼ同じなので、それぞれにとって必要な形質にもあまり差はないだろうと思うのですが、私たちに見分けがつくくらいにそれぞれの種が固有の形を守っているという事実はやはり不思議です。
(中村)
 機械の設計なら、同じ場所だし、同じ形でいいじゃないとなりますね。それなのに植物の場合、それぞれのそれらしい形をしていて私たちにも区別がつく。それが遺伝的に決定されていて、細胞の数も決まっていますからというのならまだわかりますが、細胞の数が減ってもまだ守るのですから何か制約がかかっているのでしょうね。
(塚谷)
 キナバル※註14には大変な種数のハイノキ属があります。標高差があるので弱く棲み分けていますが、同じ場所によく似た種が生えています。それを見分ける形質の1つは、鋸歯※註15がとんがっているか、なめらかかという程度の違いで、そのとても小さな特徴を彼らはなぜか頑なに守っているのです。
(中村)
 種って不思議なものですね。
(塚谷)
 ただ反対のこともあります。岡崎の基生研※註16に移った頃に1つ発見したのですが。
(中村)
 塚谷さんは、どこへ行っても独特の見方でよく見ているんですね。普通はお寺へ行ってオオバコは見ませんね。苔寺へ行ったらやはり苔を見る(笑)。岡崎では何を?
註14:キナバル【kinabalu】
ボルネオ(カリマンタン)島北部、マレーシアのサバ洲にある山。東南アジア最高峰で、標高4,094m。山頂部は花崗岩で覆われ、氷食地形が見られる。
註15:鋸歯 きょし
葉の縁のぎざぎざした切れこみをいう。
註16:基生研
自然科学研究機構 基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)。日本における基礎生物学に関する総合研究の拠点機関として、日本学術会議の提言に基づき、昭和52年設立。
(塚谷)
 答えがわかってしまえばすごく簡単なことなのですが、岡崎に移った春、研究所の周りに芽を出したヤブガラシを見たときに、私が関東で見慣れた葉っぱと違う形をしているなと思ったのです。違うんだけれどでもヤブガラシにしか見えない。どこか変だと思っていたら夏に実をつけたんです。関東でヤブガラシが実をつけたのを見たことがありません。もしかすると岡崎のヤブガラシが本物で、実をつけない方は倍数体かもしれないと直観しました。ヤブガラシの葉っぱは普通5出葉ですが、岡崎では3出葉のものが時々出てきて、その葉っぱの作りも全体に華奢です。気になってあちこち調べてみると、里山風の昔からの集落周辺では3出葉、いかにも最近の植栽に混ざって出てきましたというところのものは、関東と同じ5出葉なのです。そこで標本を集めてみました。
 ちょうどその頃、大阪市大の岡田先生※註17とご一緒して調査地に向う飛行機での雑談で、「実はヤブガラシがおかしいので集めているのです。」と言ったら、「わしもやっているよ。」それで一緒に調べることになりました。関西には2倍体が多い。京大にあったのもそうでした。関東以北はほぼ3倍体です。
 それがわかってから図鑑を見たら面白くて、東大の先生の図鑑にはヤブガラシはめったに実がつかないと書いてあり、京大の先生の方はヤブガラシに実がつくと書いています。それまで、どこにでも生えている雑草なのに、ヤブガラシに2倍体と3倍体があるとは誰も気づいていなかったし、図鑑は、地域での観察で書かれていたわけです。2003年に岡田先生たちと共著で論文を出しました。
(中村)
 分類の専門家は、なかなかそこに気づかずに気候のせいなどにしてしまう。発生学や遺伝学が身についていれば、野外で何か見たときにもすっと倍数体という問題意識も出てくる。そこで、野外での観察と実験室での分子生物学をうまく組み合わせてマクロとミクロをつなげる研究ができるわけですね。
(塚谷)
 まだつなげようとしているところです。
(中村)
 塚谷さんのように両方を見て研究ができている方は意外に少ないでしょう。
(塚谷)
 やはり教育の問題もありますね。今の教育のシステムでは、小さい時から動植物が好きな子どもたちがそのまま研究の世界に入るのが難しいですね。
(中村)
 試験管の中でDNAやタンパク質だけを見ていて、外へ出てもどれがオオバコかもわからないという人が植物学の教室にもいるんじゃないかしら。
(塚谷)
 最近、沖縄にあるオオバコがオオバコとは違う種だと気づいて、あらためて世界各地のオオバコが欲しくなったので、「旅行に出かける人は是非オオバコを採ってきてください」というお知らせを研究所で回覧しました。すると「オオバコってどういうの」って聞きに来る人が結構いまして(笑)。
(中村)
 生きものを大事にしましょうとか、自然をよく知りましょうと言っておきながら、実際の生物学の教育はいつも試験管を眺めてばかりということになってしまっている。
 実際の生きものを眺めているから問いも生まれる。例えば、細胞が減っているのに、どうして葉っぱの形を変えずにいられるのかという問いが立てば、そこからどう説明するかをいろいろ考えて試みることができる。そうやって行かなければ本当の答には辿りつかない。ただやみくもに遺伝子を探しても、それは「生きている」という現象をわかるところまではつながらない。今、そこが研究でも、また社会からの要求でも、うまくつながっていない気がするのです。
註17:岡田博 おかだひろし
大阪市立大学理学部附属植物園教授。著書に『植物の自然史』(北海道大学図書刊行会)がある。
ヤブガラシの3倍体(上)と2倍体(下)
*メモリは1 cm単位
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5. 植物の常識と動物の常識
(中村)
 分子生物学のモデル植物はシロイヌナズナで、塚谷さんも遺伝子を探すような研究はそれを使っていらっしゃいますね。でもオオバコ、ヤブガラシと比較的気軽に、気づいた植物を研究対象にする。動物の場合、カエルを扱っている人がハエを、とはなかなかなりません。
(塚谷)
 地球の陸上に繁茂している植物は、ほとんどが種子植物かシダ植物です。植物は見た目にはとても多様ですが、動物の多様性が門のレベルで違うことを思えば、植物の多様性はそれほど大きくはありません。限られた中でいろいろな形をとっている。
(中村)
 そうなんですね。言われてみれば当たり前のことなのに、ふだんあまりそう思っていませんでした。基本が同じなのに、これほど変化に富むところが植物の面白さなのですね。
(塚谷)
 それに、どんな植物でも生えている場所がわかれば、行きさえすればそこにあります。植物が私たち動物と一番違うのは固着生活をしている点で、それゆえに個々の環境に合わせて柔軟に形を変えなくてはいけません。
(中村)
 そうやって生態系を支えている。動物はあちこち動いて逃げるのでその場所からの影響を量りにくいけれど、植物は動けないので場所からの影響をかなり反映している。それで数百年で見かけが変わったということまで見えるのですね。でも同じ多様と言っても、植物と動物とでまったく意味が違うということ、改めて面白いと思いますね。
(塚谷)
 植物の場合、種の中でものすごく多様化しています。種内変異がわんさかあるし、雑種を簡単に作ります。
(中村)
 植物のほうがしたたかなのかな(笑)。
 それほど違うとすると、ふだん動物を見ているか、植物を見ているかで、生きものを通して抱く生命観が違ってくるかもしれませんね。 
(塚谷)
 動物と植物とではかなり常識が違いますね。象徴的な例が幹細胞で、動物ではなんであんなに難しい話になるのだろうと思いますよ。
(中村)
 昔から挿し木もしていたわけだし、植物では再生も当たり前。植物を見ていれば「生きる」しくみの本質として幹細胞が存在するのは、当たり前と思えるわけですね。
(塚谷)
 器官の中に詰め込まれる細胞がどうやって制御されているのかという問題は、動物でもわかっていませんが、肝臓などの臓器は、神話でも有名なように、切って小さくしてしまってもちゃんと元の大きさに戻りますね。また個体発生でいろいろな臓器ができるときに、個人差はあってもだいたいある範囲の大きさに収まるのはいったいなぜなのでしょう。
 植物と違って、動物は初めの形態形成が終ったら後でつけ足すということができません。やり直しの効かない一回きりの形作りで最終目標に着地するために重要なしくみが、アポトーシス※註18なんでしょう。動物はこれをうまく使って、何でも大きめに作って後からトリミングして削るようにして器官を形作ります。神経系などもとりあえず多めに作って後から減らす。動物は行き過ぎて戻るという戦略です。植物にこのしくみはありません。一度作ったらもう作りっぱなしです。
 例えば私たちがシロイヌナズナで見つけたan3という遺伝子は、葉っぱの細胞分裂がさかんな領域ではたらいているのですが、これがはたらかないと葉っぱが細く小さくなります。反対にこの遺伝子を過剰にはたらかせてみれば、細胞の数がふえて、素直に葉っぱがその分だけ大きくなります。つまり植物には動物と違って、葉っぱなどの器官をどれくらいの大きさに保つべきかという制約があまりないようなのです。こういうところが動物とはずいぶん違います。
(中村)
 そうだ。オオバコが比較的短期間で小さくなるということでしたが、本来この大きさでなければならないという決まりがないので、大きさは比較的簡単に変るということなんですね。でも形は守る。
註18:アポトーシス【apoptosis】
生理的条件下で細胞自らが積極的にひき起こす細胞死。細胞の内容物が細胞外に放出されず、周囲の細胞に影響を与えない。
「an3変異体(左)と、野生株(中)とAN3の過剰発現体AN3OE(右)の比較」葉のサイズは細胞数の減少ないし増大により大きく変化する。ただしan3変異体は、細胞数が1/3にまで減っているが、補償作用のため、面積の減少は半分程度にとどまっている。
[写真:堀口吾朗博士]
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(塚谷)
 それとまた別に、植物の常識で、意外に盲点だったのが、ロゼットは、なぜロゼットの形をしているかという問いに対する答は誰も知らないということです。ロゼット型を見れば、葉っぱが地面に張りついているところに特徴があるので、重力に対して葉っぱを反り返らせる力がこの形を作っているのかもしれないと考えてみました。ところが、シロイヌナズナを重力に対して直角に植えても、まるで普通の土に植えられているように横を向いたままロゼット型になるんです。逆さまにしようとどうしようとロゼットの葉っぱは軸が決まればそこを中心に丸く葉を形作るのです。ところがこれを暗いところに置いて様子を見ると、今度は葉っぱは立つんです。これを調べると、この場合には重力屈性※註19が出ている。ロゼットを暗い所で逆さに置くと、葉っぱがもじもじしながら上を向いてきます。ただもう一つ、軸に対して閉じるという性質も出てきて。植物がロゼットの形を保つためには、光や重力との関係など、大事なことがいろいろあるとわかってきました。この実験、小学校か中学校でもできそうですね。でもこれをやった人はこれまで誰もいなくて、今私たちが初めて調べているのです。
(中村)
 確かに夏休みの宿題みたいなところがあるけれど、そこからとても本質的なことがわかってくる。暗くすると閉じるのはなぜですか。
(塚谷)
 閉じる動きのうち重力屈性は青い光、傾性※註20は赤い光と、光によって抑えられているのですが、光のない所では本来の動きが出るのです。光を求めての競争に打ち勝つためには、これはとてもよいしくみです。茎や根っこの重力屈性の話は、とても有名で教科書にも必ず出ていますね。だからもうとっくに済んだ話だと、皆思い込んでいた。葉っぱは茎にくっついているだけだから、もう見たつもりでいたのですね。あれだけ茎と根っこは調べ尽くしているのに、葉っぱだけ取り出して調べようとした人は誰もいなかったのです。初めは信じられなかったのですが、いくら文献を探しても見あたらないので、それなら私らで確かめようと、今調べているところです。だから皆、初めての成果になる。
註19:重力屈性 じゅうりょくくっせい
光屈性とともに植物に最も普遍的な屈性の1つ。一般に茎が上方に、根が下方に伸びるのはこの屈性による。
重力に対して、正常な向きに置いたものと、上下逆さに置いたものを用意し、暗所9時間処理後に見ると、葉の向きが両者の間で明らかに異なる。正常な位置のものでは、葉は立ち上がっており、上下が逆のものでは、葉はむしろ反り返っている。これは負の重力屈性のためと考えられる。
(Mano et al. 2006, Plant and Cell Physiology, in press)
[写真:間野絵梨子(大学院生)]
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註20:傾性 けいせい
植物器官の屈曲運動のうち、屈性と異なり運動の方向が刺激の方向にかかわらず、一定の向きに決まった運動をいう。
(中村)
 研究のタネは身近なところにあるということですね。植物は動物に比べてそれほど多様ではないということで、例えばシロイヌナズナでわかったことは、他のほとんどの植物にも当てはまると考えてよいのですか。
(塚谷)
 ロゼット型の植物には、さっきの話は基本的に当てはまると考えてよいでしょう。ただ細かく見ればいろいろと違いはあって、とくにモデル植物は偏っているので落とし穴があります。有名なのはホメオボックス遺伝子※註21の話です。シロイヌナズナ、トウモロコシ、タバコ、キンギョソウ、いろいろな科の植物がこれまでホメオボックス遺伝子の研究に使われて来ました。これらには単子葉や双子葉※註22などが含まれていて、満遍なく植物のタイプが網羅されているように思っていたのですが、実はこれらのモデル植物はすべて単葉※註23だった。だから植物の葉原基※註24ではホメオボックス遺伝子の一種がはたらかず、これがはたらかないことが植物の葉に、葉っぱらしさを与えているというふうに思われていたのです。ところが、1996年に、初めて複葉の植物としてトマトの報告が出ると、複葉の葉原基ではホメオボックス遺伝子の一種がいつもはたらき続けていて、そのおかげでフラクタル構造が作られるのだということがわかった。その遺伝子を過剰にはたらかせるとフラクタルがさらに何回もくり返したのです。トマトの報告が出るまでは、単葉と複葉で違うしくみがあるということを、皆あまり考えていませんでした。これも盲点でした。
(中村)
 そうなるともう葉っぱの形だけでなく、茎や根っこの形、さらには、全体の形というあらゆる角度から植物を見て、いろいろな可能性が検討されたモデルを考える必要があるのでしょうね。
註21:ホメオボックス遺伝子【homeobox gene】
DNA結合領域として働くタンパク質ドメイン(ホメオドメイン)をコードするDNA配列(ホメオボックス)を持つ遺伝子を総称してホメオボックス遺伝子という。ショウジョウバエの体節の決定に働くHox遺伝子に共通するDNA領域として見出された。植物のホメオボックス遺伝子としては、トウモロコシのKnotted-1遺伝子が最初の報告で、これと高い相同性を持つ(knotted-like homeobox)遺伝子が多く単離され、KNOXファミリーと名付けられた。
註22:単子葉・双子葉 たんしよう・そうしよう
種子植物の個体発生で最初に形成される葉を子葉という。被子植物は子葉が1枚か2枚か等の特徴によって単子葉類と双子葉類に分類されてきたが、近年の分子系統学的解析から、従来考えられていたほど重要ではないことが判明している。
註23:単葉・複葉 たんよう・ふくよう
1枚の連続した葉身から成り立っている葉を単葉という。それに対して、クローバーやミツバ、サンショウの葉のように、複数の葉の集合体のように見える葉を複葉という。
註24:葉原基 ようげんき
展開しきる前の若い段階の葉。
6. 見えているのに見ていない
(中村)
 日本の場合、町を歩いていて植物が目に入らないということはないですね。とても身近な存在ですし、動物の場合、野生のものに出会うのはなかなか難しいけれど、二次林とはいえ林や森は比較的近くにあります。昆虫と違って飛んでいったりしないので、じっくり見られる。そのわりに私たちはあまり植物を見ていないのかもしれませんね。
(塚谷)
 でも日本は季節感を大事にするというわりに、季語も間違いだらけでしょう。あまり実物を見ていないのです。
(中村)
 季語の間違いと言いますと?
(塚谷)
 例えばユキノシタの見頃は、やはり花が咲く初夏だと思いますが、雪という言葉に引きずられて冬の季語になっています。
(中村)
 ああ、なるほど。
(塚谷)
 ネギボウズも、葱という言葉から二月頃の季語となっていますが、ネギボウズができるのは初夏です。もう約束事になっていて誰も実物は見ていないか、見ても意識にのぼってこないのかもしれません。
 初鰹などの走りものも、要は季節ごとに何が走りかというお約束で、本来の季節に即したものをいうのではありません。だから初鰹がいつかは誰もが知っていても、戻り鰹がいつかは本当に鰹が好きな人しか知りません。 
(中村)
 ふだんの生活の中で私たちは、自然を観念に変えてしまっているということかしら。『源氏物語』※註25で描かれている着物の素材や色は、人々のさまざまな思いや関係を映していますが、ほとんどが植物を基本にしていますでしょう。生きものに限らず自然を花鳥風月まで広げれば、日本文学の底には、ふと何かを感じるといった自然に対する敏感さがあると思っているけれど、少し違うということ?
(塚谷)
 昔、文化の担い手だった都人は、やはり一生懸命約束事を覚えることばかりやっていて、実際の自然や生きものに対しては、意外に疎かったという気がします。むしろ近代に入って、西洋流の考え方に取り組もうとした人たちが小説を書いた明治・大正期の文学では、自然というものへの関心の強さが伺えます。当時はちょうど植物学が頑張っていて、一般にも植物学の知識が浸透し始めていたときでもあります。その頃の小説をいろいろ読んでみると、意外なくらい、当時最先端の植物学の話題が出てきます。例えば泉鏡花※註26の『黒百合』という小説に出てくるクロユリも、植物学者でなければ知らないような、当時の最新の採集標本のことが記されています。
(中村)
 あの時代にはいろいろな専門の話題を共有するサロンのような場があったのでしょうね。
(塚谷)
 当時の文学者は、いわゆる総合的な文化人というものを目指していて、分野を問わず多様な知識を吸収していた気配がありますね。中でも植物の話題はとても豊富です。
(中村)
 それがいわゆる自然文学でなく、泉鏡花にも出てくるところに、牧野富太郎らの活躍と一体となった大きな時代の潮流を感じますね。
(塚谷)
 当時の文学では、例えば、主人公が植物学者になりたいと言っていたり、主人公でなくともしばしば植物学者が登場したりという設定がそれほど珍しくないんです。そんなところからも一般に植物学が浸透していた様子が伺えます。
(中村)
 今はどうかしら。あまり植物学者の登場する小説は(笑)。今私たちが文学の中の自然というときに、やはり動物よりも植物を思い浮かべるのは、その時代の名残りかもしれませんね。
(塚谷)
 志賀直哉や井伏鱒二は小動物もよく登場させますが、植物の描写でも、やはりとてもよく実物を観ていたことがわかります。
(中村)
 西欧から入ってきた自然科学はやはり博物学が基本でしたね。それは当時の最先端の考え方でしたが、それがその時代の日本の文化人や知識人たちの間で、単に新しい情報として受け入れられたのではなくて、それを自分たちのものにしようという意識を共有できる場があって、そういうところから日本の科学も文学も政治も生まれていた。それが教養というものですね。
註25:『源氏物語』げんじものがたり
平安中期(1000年頃)の長編物語。紫式部(生没年未詳)の作。宮廷生活を中心として平安前・中期の世相を描写し、全編を54 帖に分つ。
註26:泉鏡花 いずみきょうか
(1873-1939) 小説家。金沢生れ。尾崎紅葉に師事。明治・大正・昭和を通じてロマン主義文学に独自の境地を開いた。『高野聖』など。『婦系図』をはじめ、しばしば新派劇に上演。
(塚谷)
 だから逆に、植物学者の矢田部良吉が『新体詩抄』※註27の訳者の1人になってもいます。
(中村)
 なるほど。それを現代の最先端科学の周辺に当てはめてみると、例えばゲノム研究の成果も、新聞やテレビの報道として断片的に取り上げられる話題ではあっても、より日常に入り込み、皆が興味を持てるような形にはなっていないですね。DNAの話だけで人々の日常につなげることは難しい。
(塚谷)
 論文を読んでいるみたいでは面白くない。
(中村)
 でも最先端のDNAの話と、日常の間に、例えば葉っぱの形という話題を入れると引っ掛かりができて面白くなるのではありませんか。日常のなぜに結びついて、「へえっ、そうなの」って言えるような形になっていないと面白くない。いくら最先端のすごい話でも、「ホメオボックスの遺伝子が」と言っていては、誰もそこまでは入って来てくれません。そうするためには、日常の関心との橋渡しとして、無理なくつながっていける何かを間に設けることが大事ですね。牧野富太郎さんの時代はそれができていた。そこをうまくつないで、現代の科学に引き込めるものが書けたら、結構売れるかもしれませんね。
(塚谷)
 実は環境文学という学会に呼ばれたことがあって、そこで文学部の方が、最近の自然に対する関心の高まりが、文学にも表れていると言って、自然科学の入った本を取りあげていたんです。『パラサイト・イブ』もあったかな。それはちょっと違うでしょうと思いました。
(中村)
 確かに。瀬名さんもそういうつもりで書いてはいないでしょう。生物学に自然そのものを見る分野が減っているから、実験室と野外とをつなぐ研究をして、それを外に出していく必要がありますね。
註27:『新体詩抄』 しんたいししょう
1882年刊。イギリス・フランスの詩の翻訳14編と創作詩5編を集めた明治新体詩の始祖。
7. わからないということを伝えるのが科学
(中村)
 植物の専門家として一般の方にお話される機会もあると思いますが、そういうところで何をお感じになりますか。
(塚谷)
 話していて一番面白いのは、やはり小学生です。岡崎では、地元貢献ということで出張授業に行く機会があります。するとせっかくだからと、他の先生や父兄の方も後ろで並んで一緒に聞いてくださる。そういうところで、葉っぱがあって、形があって、そこに多分遺伝子があってという話をすると、小学生たちはちゃんとわかってくれます。質問を受けると、わかっていなければできない質問をしてくるので、明らかに理解したんだなとわかるんです。ところが、父兄の皆さんは、「ああ、難しかった。わからなかった」っておっしゃる。
(中村)
 生命誌研究館でも展示や講演などの活動をしていますが、大人は難しいということがサービスだと思っているようなところがありますね。子どもは見たこと、聞いたことが全部わからなくても、子供なりにわかったことに対してちゃんと面白かったと言う。でも大人は、見たもの全部がわからないといけないと思っているようで、子供と同じものを見ても難しいと言う人がほとんどです。それに世の大人は、見る前に必ず、「これはどんな人に向けていますか」ってお聞きになる。「どなたでも、関心を持ってくださる方に向けて」とお答えするんです。
 誰でも、自分なりの疑問を抱いて見れば、必ずどこかに引っかかる。その引っかかったところでいいわけです。誰もが同じようにわかるなんてことはないでしょう。私共も、自分が面白いと感じたり考えたりしていることをそのまま出して、それに共感する人が何千人かに1人いればいいと思っているのです。すべての人を意識したらできなくなってしまいます。どこかに共感を求めて。それが誰かに何かを伝える基本だと思っているのです。
(塚谷)
 今、教科書がまったくその反対になってしまいましたね。子どもは何でも受け入れることができるのだから、本当は何でも教えちゃえばいいのに。
(中村)
 いろいろな中から、それぞれがどれかを面白がればいい。今の教育は、皆が同じように全部をわかるということを求めてしまっているのね。この「全部」が曲者。
(塚谷)
 悪平等ですね。そうではなくて、何かに本当に興味を持った子どもたちはものすごい勢いでそれを吸収しますよ。
(中村)
 あの時期に入れておかないなんて本当にもったいない。スポンジみたいなものですからね。大人たちが、自分がわからないものだから子どももわからないと勝手に思いすぎている(笑)。
(塚谷)
 達成率100%なんて言うからいけないのです。
(中村)
 わかるという言葉が力を持ちすぎているからおかしくなる。だって、わからないことがあるから科学があるわけでしょう。それなのに、世の中で科学をやっている人の話を聞きましょうというときには、何かの正しい答えを期待している。それは変ですね。
 わかりましたというのは好いこと、わからないのは悪いこととして扱われるのが世のならいですが、わかってしまった話をいろいろ聞かされるより、わからないことがあるんだよと伝えてもらうほうが遥かに面白い。わからないということは、とても膨らみがあることだと思うし、それを皆で共有すればもっと面白くなるはずです。すでに誰かが考えてわかってしまったことばかり聞いていては、これから自分で考える材料を見つけるのは難しい。わからないということを与えないことによって、子どもたちから、考えるという習慣を奪っている気がしてなりません。
(塚谷)
 それについて思うことは、科学といっても生物学と理論物理学とではまったく違いますね。社会には、そこのところで根本的な誤解があるように思います。理論物理学や宗教では、唯一絶対の真理があるということを考えています。すべてはそこから必然的に出てくるもので、だからすべてをわかることができるはずだという立場です。それは多分、唯一絶対の神です。一般の人が抱く科学のイメージが、そのあたりで一様になってしまっているのかもしれない。それだから、科学者が何か言うときには、何か最終真理を言うと期待されている。でも科学は、やればやるほど謎がふえるものであって、どんどんその先がある。科学を進めると神秘が薄れるという誤解をする人がいるけれど、それは完全に逆なわけです。
(中村)
 科学は、ある時点でのある考えを、誰もが考えられる理屈で説明できるのならそれでいいわけでしょう。少し先へ行ったら、そのときの考えとは違う展開があっても一向に構わない。宗教や哲学の人は、いつでも正しいことや真実を言わなくてはいけないのかもしれないけれど、科学者は、ある意味で、説明がつくことであれば何を言ってもいい人だと思いますね。今私はこのように考えていますということをどんどん言っていくべきだし、そうやって考えていけばいい。それと、すべてがわかるというのとわからないこともあるということ。わからないを楽しむ楽しさがあると思うのです。
8. 「なんか変」という感じ
(塚谷)
 去年、調査でボルネオへ行ったときに3センチくらいの小さな植物を見つけまして、それが新種だったのです。
(中村)
 どんな植物ですか。
(塚谷)
 日本にいるタヌキノショクダイというやつの仲間です。腐生生活をしているので葉緑体を持っておらず白いのです。それが落ち葉の間からチョロッと出ていました。普通に歩いていて、「なんか変なものがいま一瞬見えた」と思ったので、戻ってみるとこの白い植物があって、取ってみると。
(中村)
 新種だったんですね。すばらしい。
 塚谷さんは、「見る」ということから本当にいろいろな事柄を引き出し、今のお話のように新しいものを引き出していらっしゃるけれど、それができるようになるまでには、ああだろうか、こうだろうかと時間をかける必要がありますね。昔の子どもは、アリや花などをジーッと見ている時間がありましたが、今は子どもも忙しい。
 生命誌で「観る」というテーマで考えていて感じるのが、そこに含まれている時間の大切さです。ここ何年か考えてきた「愛づる」でも「語る」でも動詞を大事にするという基本を持っているのですが、それらはすべて、動きと時間というところへ行き着くのです。
 しかし今の世の中は、なるべく時間をかけないで早く答えを出すことを求めますでしょう。図鑑で見ればもう充分で、山へ行って本物を見てみようとは言わない。時間をかける作業がとてもやりにくくなっていませんか。
(塚谷)
 私はよく言うのですが、「観る」には、論理でないところがあります。ある程度の蓄積があることによって論理にできない何かができるんです。
(中村)
 あっとわかる、直感のようなもの。そこから「直観」が生れる。
(塚谷)
 見るというときに一番気にするのは、やはり違和感です。
(中村)
 なるほど。どこか変だぞと。
(塚谷)
 なんか変という感じ。
 論理的方法は、複雑な現象からAやBという単純化したタイプを抽出して、そこから答を出していくわけですが、実際の現象や状況には、そのような抽出や比較では言うことのできないもっと微妙なところがたくさんあります。その差は、今までの経験からしか出てこないような、何だかよくわからない違和感としてわかるのです。
(中村)
 確かに、どこかおかしいというのは、いろいろなものを見ることによって生まれてくる感触ですね。野外で調査しているときも、なんか変と思ったときに発見があるわけで、大事なこと。
 普通に辞書を引くときなどでも、余分なもののようでも似た言葉が周りにいろいろあることで、探していた言葉の意味もよくわかるところがありますね。この頃は、便利なので電子辞書を使っていますが、見渡せる範囲が狭い。その言葉の意味はわかるので、それはそれで済むけれど、本当は、一緒に見えている周りの余分なものに、とても意味があるのかもしれませんね。
(塚谷)
 初めて見る植物に関して、こういうものらしいと覚えて探すときも、言葉にできるような特徴で探しているわけではないですね。ある程度何となくイメージを作っておいて、車の窓から眺めていて、この辺は引っかからないなというときは流す。その中で、パッと何かイメージと合ったような気がするときが出てきます。そこで戻ってみると、求めているものが見つかったりする。イメージには、言葉にならない別の情報がありますね。
違和感から発見されたタヌキノショクダイ属の新種Thismia mullerensis。全体に白いが、れっきとした種子植物。
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(中村)
 日本の園芸種がご専門の荻巣樹徳※註28さんが、やはりそうおっしゃっていましたね。どうやってあの広い雲南でその原種を見つけるのかと聞いたら、「車で走っているとハッと思うのです」って、するとそこに今まで誰も見つけられなかった原種があると。
(塚谷)
 中学生の頃だったと思いますが、図鑑で見知っていた植物を、あるところに行って初めて見て、「あっ、これだ」と思ったんですね。ヒメハギなんですが、「これがヒメハギだ」と思った。思った後で、初めて見るのに「僕はなぜ、これがヒメハギだと思ったのか」と不思議に思い、家に帰って改めて図鑑を開いてみると、そこにあったのはかなりいい加減な絵なんですよ。実物を見てから絵を見ると、とても同じものには見えない。何でこんないい加減に描いた絵で、実物を見たときにわかったのかと今でも不思議なんですが。正確さからいったらまるで情報になっていないのに、きっと何らかのイメージは伝え得る絵だったんですね(笑)。
(中村)
 とてもいい絵だったというわけですね(笑)。
 よく見ていると、必ず「なんか変」ということがわかってくる。そこから新しいことが始まるということ。科学だけでなくあらゆるところに通じますね。情報がたくさんある時代ですけれど、それを集めるだけでなく、よく見ることで「なんか変」を直感するようになると面白くなるでしょうね。まだまだ伺いたいこと、たくさんありますがこの辺で。
註28:荻巣樹徳 おぎすみきのり
1951年、愛知県生れ。10代から伝統園芸植物に興味を抱き、その栽培技術を先達に教えを乞いながら習得。80年より中国西南部の調査を始め、82年に四川大学に留学。現在、東方植物文化研究所主宰。これまでに70種を超える新種や伝説的な植物を発見。著『幻の植物を追って』など。
 生命誌ジャーナル 2006年春号
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