生命誌ジャーナル 2005年秋号
Research ─ 研究を通して ─ :目次>異時同図−動きをみる
ART in BIOHISTORY
異時同図−動きをみる
分析に傾斜してきた生きもの研究に改めて「観る」ことを呼び戻し、
本質の理解につなげようと考え、古今東西の芸術表現の知恵の中にそのヒントを探る。
 異時同図法とは、異なる時間を一つの構図の中に描き込むことである。ここでは、背景を同じくする1画面に主役が重複して登場し、連続した動作を表現するものに限定して考察する。有名な「捨身飼虎図」は、この形を代表する作品である。この主題の起源は、インドより伝わる釈迦の前世の物語で、インドの浮彫彫刻や中国の壁画などにも見られるが、玉虫厨子の洗練された構図の見事さは際立っており、劇的瞬間をスローモーションで目撃したかのような印象を残す。衣をはためかせて落ちてゆく優雅な姿は、虎に食われる凄惨さを忘れさせるほどであり、虎の命を救う自己犠牲の精神が美しく表現されている。左側の崖が背景として共有されることで、人物は明らかに落下している。複数のものを1つ(1人)と認識して動きを感じるところがおもしろい。
 イタリアルネッサンスの巨匠ミケランジェロは、礼拝堂の荘厳な天井画の中盤、「原罪と楽園追放」で異時同図法を用いている。罪深き人間の誕生という意味では、「アダムの創造」よりも衝撃的で重大なシーンと言ってよい。知恵の木を挟んだ対照的な構成は、罪と罰、天と地の落差、楽しみから悲しみへの転機を決定づけている。このように、説話を主題とした絵画で効果を発揮し多用された異時同図だが、写実的表現が完成すると、不自然なものとして廃れていく。
 絶えず変化する生きものの動きを、ミクロからマクロまで様々なレベルで追う生物学には、動きを解説する図版が不可欠で、異時をとらえる表現は大変興味深い。誤解が生じたり、煩雑になったりするのを避けて、コマ割り式で示す図版が主流だが、時折、“異時同図図版”に出会うこともある。物理の教科書でも、自由落下運動や放物運動のストロボ写真を見る事ができるし、太陽や月の軌跡、弧を描く星の動きも1枚の写真で理解した記憶がある。時間を入れた現象の理解は科学の基本である。素早くて目では見えない動物の動きや、逆にゆっくりした植物の生長など、さまざまな時間を上手に表現する方法の工夫は今後も続くだろう。異時同図図版は、時間をかけて見る映像よりも、動く過程をじっくり確認できる点に優れ、コマ割り式よりもダイナミックで、使用スペースを節約できる利点がある。自然は動きに満ちている。正確で印象的な傑作図版の作成は単なる表現を超えて科学研究の一つである。
(きたじ・なおこ)
異時同図 in ART
※図版はBRH制作の略図。
「捨身飼虎<しゃしんしこ>図
(玉虫厨子須弥座腰板絵)」

飛鳥時代7世紀。法隆寺蔵。
釈迦が前世で、飢えた虎の親子を哀れに思い、自らの体を与えて救済する場面。崖の上の木に衣をかけ(上)、崖から身を投げ(中)、虎に食べられる(下)3段階を描く。
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異時同図 in Science
「哺乳類の受精の際に起こる先体反応」
参考:『細胞の分子生物学 第4版』Fig.20-31、(株式会社ニュートンプレス発行)
マウスの場合、透明帯にある糖タンパクの1つ、ZP3が、精子との結合および先体反応の誘導に関与しているらしい。哺乳類の精子は、卵の細胞膜に横づけするような形で結合するので、融合は精子頭部の先端ではなく側面で起こる。マウスの透明帯は厚さが約6μmあり、精子は1分間に約1μmの速度で進む。
クリックすると拡大図が見られます。
その他のPicture

INDEX
 
自然界に捕食者が存在することの意味:西田隆義
細胞記憶を支えるクロマチン:広瀬進
Rsearch
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