生命誌ジャーナル 2003年春号
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物語化する分類−現代人よ、ホメロスになろう
吉田政幸/図書館情報大学名誉教授
「リンネの24綱、雄しべ. ウィリアム・カーチス :
リンネの体系による植物学」
William Curtis : Linnaeus's System of Botany.-1777-.
(千葉県立中央博物館蔵)
 分類は時代の空気の表れである。中世ヨーロッパでは、「世界は神によって創造され、自然は秩序ある階層体系をしている」という公理が、神学の権威によって承認されていた。18世紀に牧師の息子としてスウェーデンに生まれ、植物の分類で名を残したカルル・リンネは、このような空気を吸っていたのである。
 当時、「花粉の中に子孫がいる」というのが常識であった。彼は、植物の本質は結実機能にあるとして、植物を花の雄しべと雌しべで分けることにし、まず、花粉をつくる雄しべの形質で植物を24の「綱」に分け、次いで、各綱を雌しべの形質で「目」に分類した。しかし、こうして分類した綱と目を並べただけでは「階層体系」にはならない。そこで彼は、「苔類は貧しい日雇い農民だ。というのも苔類は一番やせた土地にへばりついて生活している」という、21世紀の私たちには思いもよらない類比の思考で、椰子類は王侯、草類は平民、ゆり類は貴族、と植物全体を9つの界にまとめ、階層体系化を図った。こうして、5900種もの植物の、また同様な方法で4200種あまりの動物の分類を成しとげたのである。
 17、18世紀のヨーロッパは絶対王政の時代であり、王政に都合のよい階層秩序は、神によって与えられたものとされていた。リンネの分類は、現実世界の階層秩序になぞらえられていたので、その中で暮らしていた人々にとっては分かりやすく、受け入れられやすかったのだ。彼が「分類学の父」と呼ばれることになったのには、このような時代の空気があったのである。
 しかし、時代は水面下で密かに動いていた。18世紀の後半から、フランスでは、宗教的権威に反対して理性的な思惟を唱える啓蒙思想がしだいに力を得、第三身分(平民)の台頭などによる下からの運動でフランス革命が起こった。そのような流れの中で自然科学もキリスト教から独立し、16、17世紀のケプラー、ガリレオ、ニュートン等の近代科学の巨星が築いた「実験や観察から帰納によって一般的な結論、原理を導く分析方法」「原理を仮定し現象を説明する総合の科学哲学」を引き継ぎ、それを発展させた。自然の秩序の探求にも、そのような思考がはたらくようになったのは当然といえよう。
 リンネと同時代人のフランスのビュフォンやド・ジュシューは、分類は自然を把握しやすくするための方法と捉えた。彼らは、グループにまとめるには対象をよく観察することが重要であるとし、多数の形質にもとづいて原型を探し、帰納によって自然の秩序を知ろうとした。この分類法を「類型分類」という。リンネが各種生物の差異に注目したのに対して、彼らは共通性、同一性に重きをおいた。帰納による分類からは、似たもの同士をまとめるアダンソンの「類似分類」が生まれ、それは後に数量化理論へと発展した。ラマルクは、分類に時間的な視点を導入し、進化という動的世界観に基づく「系統分類」を考え出した。また、物理学で物体をデカルト座標空間におくように、分類対象を多次元のカテゴリー(ファセット)空間において、その空間の位置として表現する「ファセット分類」も編み出された。他にも、さまざまな分類法が提案されたが、いずれも「分類対象の要素間の関係を明らかにし、体系的に表示する」ことで一致している。
 差異と同一性、時間と空間、要素間の関係。分類しようとすれば、自然や生物の本質を見つめることになると同時に、時代をも映し出すことになるとは面白い。
 IT化が進みつつある現代のキーワードはネットワークである。フランス革命の自由、平等の精神は、飽くなき欲望の世界を開き、科学と経済を発展させ、膨大な情報や知識を生み出した。玉石混淆のそれらは、おおまかに分類され、データベースに等質に蓄えられ、インターネットで容易にアクセスできる。この場合、ハイパーリンクは当事者性が欠けており、体系とはならない。情報検索によって瞬時に集められた断片的な情報や知識の間に体系はない。私たちは、情報の海に溺れるほかない状況にある。それを体系化しようとして初めて分類の思考がはたらく。ここで時代を意識するなら、要素間の関係をネットワークで示し、統一した意味を表す「ネットワーク分類」が受け入れられるだろうと思う。
 実は、事象の関係をネットワークにして綴ったものが物語だ。とすると、物語を書くことと同じ思考がはたらいているネットワーク分類に向かう現代にあっては、「分類は物語化する」といえよう。
 IT化により情報や知識が直ちに得られる現代は、記憶が軽視される傾向にある。しかも大量の情報の中で、対象の把握、理解、記憶に役立ってきた体系化への関心が薄らいでいるとすれば、それは一段と記憶の力を低下させると考えるのは杞憂だろうか。個人を支え、社会を支える知が、記憶された情報や知識の時間をかけた熟考によって生み出されるものであるとすれば、現代は知の創出に好ましい状況にあるとはいえない。文字のない時代にあって、素晴らしい物語を編み出したホメロスのように、情報や知識を物語化して21世紀の物語を生みだし、新しい知を創出するようにしたいものだ。
18世紀に牧師の息子としてスウェーデンに生まれたリンネは、雄しべの形質で植物を24の「綱」に分けた。今日、界・門・綱・目…で知られる生物の7つの段階の命名(ラテン名)にも見受けられるように、彼の分類は、当時の絶対王政時代の階層秩序をなぞらえたものだったため、その中で暮らしていた人々にとっては分かりやすく、受け入れられやすかった。彼が「分類学の父」と呼ばれることになったのには、このような時代の空気があったのである。
<プロフィール>
よしだ・まさゆき
1935年静岡県生まれ。1962年東京大学大学院化学系研究科博士課程修了。理学博士。東京大学理学部助教授、図書館情報大学教授、副学長、学長を経て、2002年10月より同大学名誉教授。著書に『分類学からの出発』(中公新書)、『図書館情報学の課題と展望』(勉誠出版)などがある。
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