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Experiment

減数分裂の謎に迫る
新しいRNAの働きの発見

山本正幸

減数分裂は,精子や卵子といった次世代を担う生殖細胞を作り出す重要な仕組みだ。
単細胞の酵母を使うことで,体細胞分裂の研究に比べ遅れていた減数分裂の研究が,ようやく進み始めている。


人の体は,父親の精子と母親の卵子が合体して生じる受精卵に始まる。ところが,同じ両親から生まれた兄弟姉妹も,一卵性双生児以外は顔かたちは必ず異なっている。その理由は,両親の体内で精子や卵子ができるときに,減数分裂という巧妙な過程でゲノムの中味が混じり合い,遺伝子の組み合わせが変わるからだ(図①)。

生物の時間にここでつまずいた方が多いかもしれないが,この際じっくりと図を見ていただけるとありがたい。親が祖父と祖母から受け継いだ染色体が,混じり合い,その半分が孫の世代に渡される。そうして生まれたのが私たちなのである(図①下)。

動植物の体ができる際に起こるのは体細胞分裂と呼ばれ,その場合には,倍に増えたゲノムが均等に分けられ,もとと同じ細胞が2つできる(図①上)。生殖細胞を作るには,体細胞分裂をしていた細胞が,あるとき,減数分裂を始めなければならない。そのきっかけは何か。体細胞分裂と減数分裂は,何が同じで何が違うのか。減数分裂の仕組みは,古くから多くの研究者の関心を集めてきたが,その分子機構の研究は進んでいなかった。最大の理由は,動物や植物などの多細胞生物では減数分裂は特定の細胞で特定の時期に見られる現象であり,人為的に減数分裂を引き起こせる培養細胞の実験系がなかったからだ。

体細胞分裂と減数分裂

 ①体細胞分裂では,もとの細胞と同じ染色体の組み合わせをもつ細胞が2つできる(図の上部)。一方,減数分裂(図の下部)では,1つ前の世代(ここでは祖父母の世代)から来た2本の相同染色体(赤と青で描かれている)が分離されて,最終的に4個の生殖細胞に分配される(右下の4個の細胞)。相同染色体は減数分裂のたびに違った場所で組み換わるので,祖父母由来の遺伝情報がいろいろに混ざり合った生殖細胞が,一人の親からできることになる。

これに対し,もっとも単純な真核生物である酵母では,培養条件により人為的に減数分裂を誘導できる。単細胞生物でも,一倍体と二倍体という状態を行き来するときに,立派に減数分裂が起こるのである。しかも突然変異株が利用でき,遺伝子の解析が容易だ。そこで私たちは,酵母を使って,体細胞分裂から減数分裂への切り替えの仕組みを探ろうと考えた。

私たちが使うのは,発酵によく使われるパン酵母(出芽で増える)ではなく,分裂酵母(分裂で増える)だ。この酵母は,周囲の栄養条件が悪化してくると体細胞分裂をやめて減数分裂を開始し,最終的に一倍体の胞子を4個作る(図③)。その際,どのような分子(物質)が働くのか。それを探るために,私たちはまず,栄養条件が悪くても減数分裂に入れない変異体に注目し,そこには何が欠けているのかを追った。その結果,mei2 という遺伝子(Mei2というタンパク質を作る)がきわめて大事とわかった。細胞が二倍体の状態で分裂・増殖しているときは,Mei2タンパク質はリン酸化されていて不活性だが,減数分裂に入る条件が整うとリン酸のはずれたMei2が蓄積し始め,細胞周期が体細胞分裂型から減数分裂型に切り替わる。Mei2がなければ,細胞は減数分裂に入れない。

分裂酵母の生活環と減数分裂

 ②走査電子顕微鏡で見た分裂酵母。ここに写っているのは,いずれも二倍体細胞。分裂前の細胞は長くなっている。
(写真=日本女子大学理学部・大隅正子)
 ③分裂酵母の一倍体細胞(一番上)にはP型とM型という2種類の異なる接合型の細胞が存在する。それらは,周囲の栄養条件が悪くなると,お互いを誘導するフェロモンを出し合って接合し,2倍体細胞となる。2倍体細胞は,周囲の栄養条件が良ければそのまま2倍体細胞として増え続けるが,栄養条件が悪い場合には減数分裂を経て4個の胞子ができる。胞子は栄養が与えられると発芽し,1倍体細胞として増殖する。
 ④分裂酵母の胞子

Mei2は当初,他の多くのタンパク質と似た部分がほとんど見つからず,その性質がつかめなかった。ところが,タンパク質のデータベースが充実してくると,Mei2はRNAに結合する性質をもつことがわかってきた。そこで再び変異体の解析から出発して,Mei2が減数分裂を引き起こす際には,sme2 と呼ばれる遺伝子からできるmeiRNAと名付けたRNAが必要だということを見つけた。Mei2が働くには核に移行する必要があるのだが,meiRNAが結合して初めてMei2は核に移れるのだ。

これまでタンパク質の核移行にRNAが働くという報告は皆無だったので,この研究は,細胞内の物質輸送機構の研究に常識破りの発見をもたらした。私たち自身も,減数分裂の研究から,新しい機能のRNAを見つけることになるとは思ってもみず,正直言ってびっくりしている。こうした思いがけない発見が起こるところが,実験生物学の醍醐味だ。

⑤Mei2タンパク質が核内でつくる不思議なスポット

Mei2タンパク質は,減数分裂の際に核の中で点状の構造を作り局在する。この点状構造は,すでに機能のわかっている他の構造(写真上の黄色の紡錘極体や写真下の赤いテロメア)などとは別の位置にある。
(図①③⑤原図および写真④=山本正幸)

 次に,Mei2タンパク質に蛍光標識をつけて,Mei2が核内のどこで働いているかを調べたところ,細胞質から核に移行したMei2は点状の構造(図⑤)を作り,それが減数第一分裂を引き起こすことがわかった。これもまた予想しなかったことで,今のところ,この構造が何を意味するかは,まったくわかっていない。

減数分裂の研究は始まったばかりなのだ。Mei2がどのような分子に働きかけて減数分裂のプロセスが進行するのか。他の生物でもMei2が働いているのかなど,未解明の問題は山積みだ。じつは,Mei2を他のいくつかの生物で探したところ,今のところ,植物にはありそうだが線虫にはないようで,他の動物でも見つかっていない。Mei2がなければ何がそれに相当するのかは,今後の課題だ。カエルに始まり,酵母,哺乳類と,すべての真核生物に共通の機構が見つかった体細胞分裂の研究(本誌通巻25号「細胞と人間とサイエンス」<増井禎夫>参照)に比べれば,減数分裂の全体像の理解にはほど遠いと言える。

だが,謎に満ちていた減数分裂の機構研究で,“減数分裂のマスター制御因子” と呼ぶにふさわしい物質(Mei2タンパク質)が,少なくとも酵母で明らかになったことは大きな一歩であり,近い将来必ず大きな進展がみられると期待している。
 

(やまもと・まさゆき/東京大学大学院理学系研究科教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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