季刊誌「生命誌」通 巻14号 
生命の形とその表現:杉浦康平×中村桂子
生命の形とその表現
杉浦康平 グラフィック・デザイナー
中村桂子 JT生命誌研究館副館長
  生命樹―形の始まり
  まんだら―誕生の時
  物語―時間と空間のプロセス
  地図―表現の仕方を求めて

生き物のさまざまな形はどのようにして出現したのだろう。
表に現れない多くのもの。
時間・空間の中で、静かに激しく、関わり合って動く形。
芸術は、科学は、それを表現できるだろうか。
生命樹―形の始まり
中村―
従来、生物の系統樹は、下等から高等へという価値観が入っています。一方生命誌は、生き物には形や複雑さの違いはあっても、共通の祖先から出発して40億年という同じ歴史を背負っている仲間と見ます。それを説明しようと、最初イメージをまとめるために、杉浦さんからインドで描かれた生命樹の絵をお借りしました。
杉浦―
ガジュマルの木のような、あれですね。
 生命樹の壁掛け。手書き更紗。インド。19世紀。
 杉浦さんのデザインした本の並ぶオフィス。
中村―
近代生物学は、生き物を部品に分解してDNAに到達しましたが、生命誌はそこから生き物がどのようにしてできたかを追います。そこで面白いものの一つは、形です。
杉浦―
何でしょうね、形って……。触覚でも形を感じとることができるのですが、主に光を通して目で見るものですね。たとえば蝶や魚の目玉紋様、眼斑などを見ると、動物たちの生きたい……という必死の「想い」が形として現れたのかな、と思いますね。
中村―
確かに生き物の生きようとする想いが、動きやすい形、敵に見つからない形を作ってきたのでしょう。その「想い」を形に表す、というのは、いかにも芸術家的な表現のような気がしますね。じつは科学者も「想い」の裏にあるものを探っているわけです。
杉浦―
「想い」とは、何か気持ちからはみ出しあふれ出て、いわく言いがたいもの。多重の層のような。形を超えて存在している形、言葉を超えて存在している言葉と言ったらよいでしょうか。生物の共生とか、生命の全体性とか言うけれど、たんに目に見うる形だけでなく、そこからあふれ出て形を取り巻くもの、つまり「想い」までもとらえていかないといけませんね。
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まんだら―誕生の時
杉浦―
デザインの仕事と並行して、形の根源にあるものは何か……と、いつも原初に向かって考えつづけています。いま曼荼羅に魅せられているのですが、一見複雑な図形も、根源をたどるとやっぱり光。中心に非常に強い光があり、放射状に広がると完全な円相になる。基本はそれですね。渦を巻くと、よけい円相が際立って浮かびあがり、その中に多重の円相が生まれてきたりする。平面的でなく立体的。静止した図像ではなくて、渦巻いている。まさに生き物の活力を表しています。
中村―
そのようにしてできる形を、生き物の場合、DNAという物質に情報として閉じ込め、またそれを引き出してきて形を作るわけです。その場合、やはりおっしゃるように、一時も静止していない。ミクロの世界でも物質はつねに動き、やはりそこでも形を作っています。
杉浦―
変化の過程の中で、細胞という生命の基本ができるところは、非常に劇的な生成だったでしょうね。
中村―
1個の細胞で生きている原生生物も、形は本当にさまざま。ひねくれてみたり、毛がはえていたり……。
杉浦―
デザインの世界では形を作っていく過程で、一つの型ができて、安定期がある。それが不安定な型に溶けはじめて、ふたたび安定な型が生まれていく。
 チベット仏教の舞踏図。僧侶の動きの軌跡は、曼荼羅の形になっている。
 「呼吸する『壽』文字」(写研創立70年記念ポスター)。(構成=杉浦康平)
 チベットの「白傘蓋二十七界曼荼羅」。
中村―
生物もそうです。
杉浦―
中間の、非常に揺らぐ過程がありますね。そのうちに、「あっ、これだ」と、大勢の人が納得する形ができる。「腑に落ちる……」というのか。納得し、またそれが解体し、次の納得へと、交代してゆく。それがストンとある形を生み出した時に、みんなが拍手喝采するのです。
中村―
「腑に落ちる」という言葉、とても関心があります。科学は論理的なものですが、「あっ、これはわかった」というのは理屈じゃない。やっぱり腑に落ちないとだめなんですね。生命誌は、科学を腑に落ちるものにしたかったのです。そのために物語るという方法もあり、目に見える形で表現する方法もあります。
杉浦―
デザインや美術で作られる形も、全身が震えるほどの形でないと。腑に落ちた状態というのは、五感の全体が受け入れたという感覚ですね。形に生命が付加された時、本当に感動的なものが生まれる。また、安定を超えようとする時に、形が生命力をもつ姿を見せる。「カタチ」の「チ」を、イノチやチカラの「チ」としてとらえたい……と思っています。
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物語―時間と空間のプロセス

 杉浦さんの著書を見ながら話が弾む。
中村―
生き物の動き、体の動きが、芸術の線を生むとおっしゃってますね。
杉浦―
ええ。日本の庭の跳び石が美しいのは、石を跳んで歩く人間のリズムが感じられるからです。書を書く行為を見ていると、線を引き、点を打つ間にも、筆は空間をよぎっている。空間を走る見えないものを見落とすと、全体の、大事なものが抜けてしまう。
中村―
確かに書など、でき上ったものの美しさだけでなく、書かれたプロセス、動きが見える面白さがある。
杉浦―
つまり、時間の流れ、空間の連続性がそこに潜んでいる……。
中村―
科学は、構造と機能を重視します。生命誌はまさに生物に潜む時間と空間を読み解きたいのです。具体的にはゲノムを解読して、そこからどんな形が生まれ、機能を持ってきたのかを知りたい。
杉浦―
生命誌とは時間と空間の流れですね。あのカンブリア紀の化石生物の復元は、その時代の共時的な生物相の広がりを、化石から復元しようとしたものですね。それだけでなくて、僕は「ああ、生命誌があそこに表れたんだな」という感じがするんですよ。
中村―
ええ。あの時は、多様な生物がいっきに登場した頃で、「カンブリア紀の大爆発」と言われます。何でも試みた。その中で、うまく生き残れるものが生き残った。つねに新しいことをやっているというよりは、不連続にバーッとやってみせる時があるのです。
杉浦―
生物は、淡々と生きていながら、大爆発を繰り返し、そのために長い時間を使う。1年のうち1晩しか咲かない花もある。花は不思議ですね。せいぜい1週間ほどの満開の花盛りの姿で、その草や木のことを思い出すのですね。花が咲くという激変とそれを準備する長い時間があって、それが激しく交代して生命の輝きの物語が生まれ出る。
中村―
生物の進化も、内部でDNAはどんどん変わっているけれども、それが表に見えない時期があるわけです。
杉浦―
変化が微妙すぎる……。
中村―
ええ。変化が内で蓄積しています。外見は不連続。中では連続。
杉浦―
なるほど。
中村―
分子時計という言葉もあって、ある時期、時を刻むように変化します。ただ、生物学的に見ても、形で表れたところが一番の拍手喝采の時期ですね。
杉浦―
目に見えた瞬間というのは大きい感動を生みますね。スポーツ競技の場合も体操とか飛び込みとか、美の形につながっている。それプラス人間のドラマ。形にもう一つの物語が忍び込んできている。生命のふるまいそのもののような……。
中村―
なるほど。形の中に何かが秘められていてそれが出てくることもあるし、また形が新しいことを語り出すこともある。
杉浦―
ええ。形は視覚生理学や、シンメトリーの法則などに縛られるだけでない。もっと多重で豊穣な地層がある。
中村―
プロセス、歴史、ドラマ、そういうものですね。たとえばDNAは一次元のものですが……。
杉浦―
情報を載せた線ですね。
中村―
ええ。A、T、G、Cと並んだ線。今までは遺伝子と呼んでいた。生命誌は、遺伝子ではなくて、ゲノムという全部を対象にするんですね。遺伝子の並び方、はたらき方、つまり「遺伝子地図」を読む。形につながります。ここ数年この地図作りが国際協力でできました。まさにDNAの中に時間と空間を読む準備ができたのです。
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地図―表現の仕方を求めて
杉浦―
プロセスやダイナミズムや関係を描きあげる地図や図像が、現代は一番必要ですね。学生にいろんな地図を作らせてみたんですよ。犬の地図とか味覚の地図とか。
中村―
味覚の地図だとアジアはすごいでしょうね。ヨーロッパは単純。
杉浦―
ええ。寿司はアリューシャン列島。カレーはガンジス川。いろんな地図ができます。時間や空間を軸として日常的な視点をずらしてとらえなおすと、じつに多彩な表現が可能になる。劇的な語法の一つだと思いますね。
 味覚地図。日本(上)、フランス(下)。(構成=杉浦康平+玉村豊男)
クリックすると拡大図が見られます。
中村―
じつは生命誌もそういう表現がしたいのです。現代の科学の成果を反映し、読み取り方がいろいろできるような、できれば立体的な地図が描きたい。私の願いです。
杉浦―
それ、面白いですね。多元な拠点を持った樹木構造を絡ませていく方法を案出すれば、一本一本の系統樹木として読めて、同時にまた、水平の断面がそれぞれの時代相を表している。そんなのが可能でしょうね。植物と動物の系統樹は別々に書かれていますが、あれが渾然一体となるような物語地図が作れるでしょうね。
中村―
40億年前に生命が誕生して、12億年前に多細胞化し、カンブリア紀はこうでとか……。しかも、陰で起こっていたこともわかるような。
杉浦―
ええ。「陰では」という「想い」を形にする方法ですね。
中村―
そうです。プロセスが感じられたり、明確な形の外にあるものまでも含めたメッセージになるような表現がしたいと思っているんです。
杉浦―
地図は、空白部分がとても大事。何もない部分に、じつは何かがある……ということを表現してみせることがとても大事だと思いますね。
中村―
生命誌の地図作り、ぜひお知恵をお貸しください。
(写真=田中耕二)
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(すぎうら・こうへい)
1932年東京生まれ。東京芸術大学卒業。神戸芸術工科大学教授。ブックデザイン、地図など、さまざまなグラフィックデザインを手がけ、さらにアジアの図像研究、ヴィジュアルコミュニケーション論、知覚論など幅広いジャンルで活動を展開している。編・著書に『アジアの宇宙観』(共著・講談社)、『日本のかたち・アジアのカタチ』(三省堂)、『かたち誕生』(NHK出版、近刊)など。
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