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栃や楓や桜の枝から、えもいわれぬピンク色をそっと取り出す志村さん。中村副館長は細胞に秘められたDNAを通じて生き物を語ります。2人が織り上げる見えない世界のメッセージ。

中村―

嵯峨野は雪がよく似合いますね。釈迦堂にちょっと寄りましたら、もう梅が咲いて、紅い花に雪がちらちら。

志村―

このへんはどこを歩いてもよろしいんです。この奥にも祇王(ぎおう)寺とか化野(あだしの)とか。

中村―

京都のよさ。蚕が紡ぎ出す絹を植物で染めるというお仕事の中で、それがご自分の作品であると同時に、生き物がつくりだす世界であると見ていらっしゃるような気がして志村さんのお仕事にひかれるのです。

志村―

科学と手仕事の世界は、まったく違うと思っていましたけれど、ご本を拝見すると、同じものに向かってお互いに近づきつつあるという感じがしています。これはいったい何なのかしらと考えますと、中村さんのおっしゃる「生命」ということになるのではないでしょうか。

中村―

科学と美の融合というような抽象的なことでなく、お互いに今やりたいことが同じだという実感ですね。

志村―

クレーが言っているように、見えない世界を見えるようにするのが、私どもの仕事だと思うんです。

中村―

生物学も、アリや梅の花のように見えるものについて知りたいのだけれど、何でアリはアリなんだろう、何で梅は春になると咲くんだろうという問いに答えようとして、DNAのような見えないところに入っていったのです。そして今、もう一度それを見える世界とつなげようとしています。

志村―

見えない世界に根源的なものがあって、そこから発信してくるものを私たちはとらえようとしているんじゃないでしょうか。

中村―

見える見えないの微妙な組み合わせをとらえていくところに共通点があるようですね。

①志村さんによれば、色は女の人の性格に似ているという。蘇芳は魔物的な女性の色。媒染によってえび茶色にも紫にも真紅にもなる。紅花はかわいらしい乙女の色。茜は大地に根を張った強い女性の色。
②工房に置かれていた糸繰り機。

志村―

空や海、虹や夕焼けの色は透明で、ものに付着していないから、手に触れることはできません。植物の葉っぱや大地は、色がものになりきっています。透明で漂っている色と、ものと一体になっている色との中間に私の仕事はあると思うのです。木や葉を炊きますと色が液体の中に溶け込んできます。それをものに付着させるわけですね。色がどこかから射してくるという感じなのです。透明な海や空のような色を糸や布に浸透させる瞬間に立ち会えることは幸いです。色が出てくるときに、人間がパッと手を添えてそのお手伝いをするというようなことだと思いますが、それ以上でしゃばると、色はそっぽを向いてしまうんです。

中村―

今度の震災で街がガタガタに崩れるのを見て、科学技術は何をしてきたんだろうと考え込みましたが、それは、「添える」を超えたことをしたからかもしれませんね。「添える」という形でものをつくっていく。そういう技術の体系を組み立てるために科学を役立てたいのです。

志村―

目に見えない領域には、非常に厳格な限界があって、その限界をはみ出すと今度のような災害になったりするんでしょうね。

中村―

手を添えるには相手を知らなければいけませんね。悪気はなかったのだけれど、どう手を添えていいかわからなくて、うっかり変なものをつくってきてしまったのだと思います。人間は知りすぎたとおっしゃる方もありますが、自然や生命の実体はまだわからないことが多い。本質を知りたいですね。

志村―

ここ50年ぐらいの間に、科学の分野では急速にいろいろなものが見えてきたのですね。

中村―

生物の場合、やはりDNAです。アリも人間も桜の木も、同じDNAをもっているとわかったことが大きな転機です。お釈迦様は、とうの昔に「みな同じ」とおっしゃっていますが、凡人は、実体をつきつけられてそうかと思う。凡人でもそれがわかる時代に生きてよかったと思うのです(笑)。

志村―

そういうことも進化の一つでしょうかね。特別な人だけじゃなくて段階として、やがてみんながわかってくるということでしょうね。

中村―

20世紀の後半はそういう意味で、人間の歴史の中でとても大きなことがあったときと位置づけてよいと思いますね。

志村―

一番不思議に思いますのは、緑という色なんです。植物は緑ですけれど、緑という色は単一には出ないのです。もちろん例外はありますが、自然の法則に従えばです。青と黄を掛け合わせてつくるのです。青は藍系統、黄はくちなし、刈安(かりやす)、きはだのような植物です。

中村―

緑が出ない。初めて知りました。面白いですね。自然界は緑に満ちていて、それが私たちの生を支えているのに。

志村―

藍甕(あいがめ)につけた糸を引き上げますと、空気に触れた瞬間は緑色なんですが、すぐに青に変わるんです。人間も同じで、みどり子が出てきて、すぐ赤ちゃんになっちゃうのね(笑)。

中村―

大人になるともっと汚くなってしまう(笑)。

志村―

瞬間の色というのがあるんですね。それはどうやら緑。それは生命そのもので、刻々に変わって、刻々に滅んでいく色なんですね。緑がなぜ出ないのかと思っていたときに、ゲーテの『色彩論』を読むと、光に一番近い黄色と、闇に近い青が結合したときに緑になると書いてあったんです。光と闇。それが藍甕の中ではっきりと出てくるんです。甕の中から一瞬出てくる緑は、パッと消えちゃう。それはこの世ならぬ色をしています。

中村―

染色をなさる方でないと見られない色ですね。地球に生き物が登場したときは緑はなく、海水中の栄養分で育っていました。だんだん周りの栄養分がなくなるにつれ、微生物の中に葉緑素を使って光合成をすることで自活する能力を手に入れるものが出てきたのです。これがなかったら、周りの栄養分はいつかはなくなりますから、そこで生物は消えていたでしょう。緑が光を使って生を続けた。しかしそれは色としては定着しないというのは面白いですね。

志村―

花の色も原則的には出ないのですよ。生物の中で出てしまっているから色はないわけです。色を出すということは、これから咲こうとする幹の中にある色をいただくことなのです。

中村―

なるほど。気づきませんでした。そのとき思いがけない色が出てくることもありますか?

志村―

土の中で何年も眠っている茜(あかね)という根は、掘り起こして染めたときに、積年の色が出てくるのです。その瞬間、あたりがパーッと変わるんです。染めている私たちみんなの気持ちも変わっていく。そのくらいすばらしい色をもっている。植物染料は渋い色だと思っていらっしゃる方が多いんですが、じつは非常に明るくて鮮やかなんですよ。茜、蘇芳(すおう)、紅花、紫根(しこん)などはハレの色。茶や鼠のようにケの色もたくさんあります。「四十八茶百鼠」というくらいです。日本人は色に対してとても厳しく贅沢。豊かな自然の移り変わりがあって、それぞれの色が出てくるからでしょう。

中村―

確かに糸を拝見して、どれも明るい色なのに驚きました。『源氏物語』の色はこれなんですね。こういう色を出してみたいと意図なさることもおありですか?

志村―

私はすべて向こうにお任せしているんです。ですから、何が出るかは出るまでわからないんです。思いがけないときに向こうからパッといただく。だから手に入った植物で常に糸を染めて蓄えておくんですよ。

③作品「早苗」(1992年)。

中村―

私たちの網膜には赤、青、緑を感じる細胞があることがわかり、それを支配する遺伝子も同定されました。それぞれの細胞は進化の過程でできてきたので、生き物によって見ている世界が違うわけです。犬はグレーの世界、蝶は紫外線を感じる。人間が虹や夕焼け、身のまわりの花々など、これだけの色を見られる存在になったということは幸せですね。

志村―

人間だけが与えられている色の世界、そういうものがまだまだ宇宙の中には潜んでいて、人間が進化していくにしたがって、開けていくということはあるかもしれませんね。

中村―

これだけの色を感じられる能力は、だんだんにできてきたわけですが、それまで何十億年も、生物がこの豊かな色を準備していたというのも不思議な気がします。

志村―

緑は酸素も出して、私たちの生命の根源を支えてくれたわけですね。こちらがそういう植物のもつ大きな意味に気がついて意識をした途端に、どんどんメッセージが出てくるんですね。

④志村さんの自宅玄関。戸口には摘みとられた草木が置かれていた。 ⑤志村さん宅は、釈迦堂のすぐ近く。対談をした初春には、雪がちらついていた。(写真=外賀嘉起。3を除く)

志村―

色を出すということは、人間が生きるということと直結していたんじゃないかと思います。たとえば、魔物から守るとか、皮層や体を守るとか。いい霊をもった植物が薬になるというんですが、それが必ず色をもっているんです。

中村―

生きる真剣さと美とが一体になっていた、そこに色があるわけですね。

志村―

釈迦堂の仏様には、錦や羅など、その当時の最高水準の織物がいっぱい詰めてあったんですけれど、今でも織れないほどの技術だということです。ずいぶん文化は高かったと思いますね。

中村―

昔の人は日常の中で、自然を理解していたから。

志村―

昔は自然のバランスが崩れていませんでしょう。だから、そこから受けるものは本物ばかりですよね。非常に純粋にとらえることができたと思うんです。私、京都のはずれの山の中の仕事場にいて、一人で仕事をすることが多いんです。今は雪が深くて行かれないんですが、家の前に渓流が流れていましてね。その感じを着物にしたりするんです。

中村―

今日は先生のお話を伺い、 作品を見せていただいて、決して昔に戻るのではなく、現代人として先を見ながら本物を見、本物を創り出すことができるという明るい気持ちになりました。生命誌もそういうものを産み出していくために、自然の理解を進めていきたいと思います。(1995年2月14日収録)

しむら・ふくみ
滋賀県生まれ。民芸協団の創設者・柳宗悦に勧められて織物を始めた。植物染料における日本の色の研究と並行してゲーテやシュタイナーの色彩論も研究。重要無形文化財保持者。著書に『語りかける花』『一色一生』『織と文一志村ふくみ』など