昆虫写真家の山口進さんは、進化論の先駆者ウォレスの熱心な研究家です。ウォレスの跡を追ってインドネシア・マレー諸島を何度も取材旅行し、昨年4月にはウォレスが住んでいた家を発見しました。「ダーウィンに消された男」といわれるウォレスと山口さん、そして「生命誌」を結びつけるのは、どうやら「時間」のようです。


ウォレスは、1823年にイギリスのウスクという小さな町で生まれました。ダーウィンと違って貧しい家庭に育ち、採集した標本を博物館などに売って、研究の費用や生活費に充てていた人です。当時は、ロスチャイルドー家など異常なコレクターがたくさんいて、けっこうお金になったみたいですね。1855年にオランウータンの皮5枚、頭骨5個、骨格2個を売って150ポンド(約225万円)を得た、などという記録が残っています。

ウォレスは、友人のベイツなどと並んで、当時はやりのようになっていた探検博物家の一人と見られがちですが、僕はちょっと違った見方をしています。たとえば、ウォレスと一緒に南米を探検したベイツの著書は、非常に百科全書的です。しかし、ウォレスは自然の中に、何か違った世界を感じている。それは何かというと「時間」だと思うのです。

そうした視点の転換が、じつは僕にもあったのです。僕は5種類のシジミチョウと、アリとの共生関係をずっと追ってきました。そのときすごく面白いと思ったのは、一種類のシジミチョウとアリとの関係では見えなかったことが、見えてくるのです。それが「時間」です。

たとえば、クロシジミとクロオオアリは共生関係にあります。クロオオアリは蜜をもらうかわりにクロシジミの幼虫を育てるのです。しかし、クロオオアリは日本中に分布していますが、クロシジミは大阪、長野、秋田などの限られたところにしかいません。東京のクロオオアリにクロシジミの幼虫を与えると、戸惑って食べてしまったりするアリもいますが、8~9割はちゃんと育ててくれます。つまり、東京のクロオオアリにも、本能の中にちゃんとこの共生関係が擦り込まれているのです。いったい、どこで、いつごろ、どのようにして、クロオオアリとクロシジミは接点をもってこんな関係をつくりあげていったのでしょうか。

ウォレスは、ダーウィンに先駆けて自然淘汰による進化論を唱えた論文『テルナテ・エッセイ』を書いた。これを送られたダーウィンは驚愕し、あわてて『種の起源』の刊行に踏み切ったといわれている。
テナガカミキリの腹部に共生するカニムシ(南米・コロンビアで)。カニムシはカミキリのダニを食べる ウォレスは、1854年3月に7年間に及ぶマレー諸島への旅に出た。テルナテ島で3年間を過ごし、この家で『テルナテ・エッセイ』を書いた。この家は日本人としては山口さんが初めて訪れた 世界最大の花ラフレシアと、そこにたかるオビキンバエ ラフレシアの花粉を背中につけたオビキンバエ

それぞれの蝶とアリとの接点に時間的なズレがある。アリの進化・適応の歴史と、蝶の進化・適応の歴史とがどっかでつながる。いったい、いつ、どのようにして、二つの生き物がこのような「関係」を持つに至ったのだろうか。そうした疑問に答えるには、現象だけを追っていたのでは不可能です。

生き物は、全体として時間の入った四次元的な網目構造を形成しているのではないでしょうか。すべての生物が必ずどこかでつながっており、一つとして不用な生き物は存在しない。網の1~2カ所がやぶれても、補修しようというはたらきがある。それが、多様性の意味なのではないか。しかし、今の時代は、網の一本の糸が切れるのではなく、グロスで穴があいたりする。多重構造のポールに穴があくようなことが起きている。それが、地球レベルでの環境破壊だと思うのです。

彼の書いた『マレー諸島』や『熱帯の自然』を読んでいると、彼が地球全体と生命のかかわりを見たかったのではないか、という気が強くします。彼はハエや力といったありきたりの生物にまで強い関心を示していました。なぜこれほど生き物は多様なのか、そして、それがどのような自然の摂理のもとにいるのか、それをつかみたかったのだと思うのです。

ウォレスは、マレー諸島でもっとも特徴のある生物として「オランウータン」、「ラフレシア」(世界最大の花)、「アカエリトリバネアゲハ」の三つをあげています。ブドウカズラに寄生する雌雄異花の植物ラフレシアは、なかでもとくに僕の興味をひきます。

雄花と雌花は、ときに何十mも離れて咲き、その開花時期も10日~1ヵ月とたいへん幅があります。「熱帯のジャングルほど、生物の少ないところはない」とウォレスはいみじくも言っていますが、ジャングルでは林床部に昆虫が少なく、樹木の上に集中しています。昆虫が少ないうえに、ジャングルの中では風による花粉の飛散も限られています。

こんな悪条件の中で、ラフレシアはどのように受粉するのでしょうか。答えは、日本のキンバエとよく似た体長7mmほどのオビキンバエです。ラフレシアは、トイレのような臭いを出し、このハエがいつも群がっています。ラフレシアの花粉はクリーム状にベトッとしており、ハエの背中にくっつきます(写真)。高温多湿の環境なので、簡単には落ちません。こうして、ラフレシアは、距離と開花期のズレの問題を解決しているのではないか、と思うのです。

生物と生物の接点を見るたびに、生命は時間的なものだと見えてきます。もし、花を花だけ、ハエをハエだけで見ていたら、こうした考えは浮かばなかったでしょう。生命誌研究館では、分子生物学的なアプローチを加味して、生き物と時間との謎解きに迫ると聞きました。その場にぜひ、僕も加えていただければと思います。

(やまぐち・すすむ/昆虫写真家)