表現スタッフ日記
展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
バックナンバー
【ゲノムでなく細胞で見れば】
2002年5月1日
鳥居信夫
大したことではないのですが、最近ちょっと思ったことがあります。
私たちは、母親から生まれました。母親は祖母から生まれ、祖母は曾祖母から生まれました。このように祖先を辿っていけます。こう考えると、何代にも亘る祖先がいたから今の自分がいるという気になります。そして、自分は、母親の体内でできた受精卵から始まったというふうに考えてしまいます。ゲノムから見るとこうなります。
しかし、生きている最小単位である細胞の視点に立つと、受精卵が自分を組織する以前も、私たちはずっと生きてきたということになります。その間、ゲノムは変化を繰り返してきたとはいえ、40億年間、細胞としての自己は延々と生き続けてきたわけです。誰もが40億才となります。
10億年以上前、私たちは皆、単細胞生物として海中を蠢いていました。これは他人でも祖先でもなく、まぎれもない私たち自身の過去の姿です。こう考えると、輪廻というのも否定できない事実だと思われてきます。
その後、私たちはいつも卵細胞でした。しかも、ただの卵細胞ではなく、受精卵として選ばれてきました。これはすごいことです。現在のヒト(ホモ・サピエンス・サピエンス)が誕生してから14万年になりますが、その間だけを考えても、毎回受精卵になる確率は、1/60兆(ヒトには60兆個の細胞があるとして)の7000乗(20才で子供ができるとして)となります。極めてアバウトな計算ですが、とにかく途方もなく低い確率です。

とくに結論というようなものがなく申し訳ないのですが、40億年間、私たちはただただ細胞としての自己を変化させ、今初めて、意識をもった人間としての自分を組織したのだと考えてみるのも楽しい気がしました。

[鳥居信夫]
戻る 次へ
表現スタッフ日記最新号へ
Javascriptをオフにしている方はブラウザの「閉じる」ボタンでウインドウを閉じてください。