進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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構造としてのゲノム

2015年6月15日

ここまで、ゲノムが細胞の生き死にに左右されない(言って見ればPCが止まっていてもメモリーは残るようなもの)情報であることを見てきた。しかし、ゲノムに組み込まれた情報が全てATCG塩基配列で表現されていると考えると、大きな間違いを犯すように思う。すでに見たように、翻訳されるたんぱく質をコードする情報自身は塩基配列で表現されているが、ゲノム上に全くランダムに存在するのではなく、適当な長さのエクソンに分かれ、それを転写するための様々な指令情報が組み合わさった単位として存在している。すなわち、一定の構造をとっている。「何を今更?」と言わずに続いて聞いてほしい。この転写を調節する時に使われる様々な「コト」についての指令標識は塩基配列として表現されるが、それ以外にも情報化されていることがある。例えばイントロンの長さ、エンハンサーの位置などは、ゲノム上の構造として表現されるものだ。もしイントロンの長さが遺伝子の転写に重要な役割があるとすると、全く意味がわからない塩基配列も情報として意味を持つ可能性がある。我々のゲノムのかなりの部分が、情報として具体的な何かに全く対応していないジャンクと呼ばれるDNA配列だと述べたが、これも塩基配列で表現できる情報としてみると意味がわからないからジャンクと呼んでいるだけで、構造としてゲノムを見た時重要な役割を持つのかもしれない?そこで、まずゲノムが構造化されることで生まれる塩基配列とは違った情報の可能性について見ていこう。

1、遺伝子の秩序立った配置:Hox遺伝子の衝撃

ゲノムが構造化されることで、DNAが新しい情報媒体になることを我々が最も実感したのは、頭から尻尾まで、体の各体節のプランを決めているHox遺伝子のゲノム上の構造が明らかにされた時ではないだろうか(この遺伝子の変異で触覚が足に変わったショウジョウバエについては既に第6話で述べた)。急速に進む様々な種のゲノム解析から、ほぼ全ての動物種で、何個ものHox遺伝子が小さな領域にクラスターを作って集まっていることがわかってきた。図1に示すように、現在ではこのクラスター内のHox遺伝子を5'から順にHox1,Hox2….Hox13と名付けている。

図1ショウジョウバエと哺乳動物のHox遺伝子構成と、その発現。体軸に沿った発現のパターンが、遺伝子の構成と対応している。この対応関係はcollinealityと呼ばれている。

脊椎動物より未熟な動物ではこのクラスターは一つしかないが、脊椎動物では重複により別々の染色体に4つのHox遺伝子クラスターが存在する。驚くべきことに、体の体制が完成した胎児期にHox遺伝子の発現を調べると、ショウジョウバエも、マウスでも図1に示すようにゲノムに並んだ順番、すなわちHox1からHox13まで順番にそって、頭部から尾部へHox遺伝子が発現している。このゲノム上の遺伝子の配置と、頭部から尾部への発現場所の対応性はcollinealityと呼ばれ、左右相称動物では広く保存されており、このHox遺伝子の決まった配置を維持することの重要性を示している。


図2 Hox遺伝子クラスターの進化。四足類ではHoxAからHoxDまでの4クラスターが存在するが、便宜的にこの図ではHoxAクラスターで代表させている。

次に、図2に従ってHox遺伝子クラスターの進化過程を見てみよう。第一段階では遺伝子重複によりまず4種類のHox遺伝子が並んだクラスターが形成される。こうして生まれたゲノム上のHox遺伝子クラスターは、次の左右相称動物の進化過程で原型が完成し、各Hox遺伝子の塩基配列だけでなく、配置そのものが情報として体の前後の体制の形態形成に利用されるようになる。その後それぞれの動物の体制に合わせてHox遺伝子の数は増減し、また配置も変化しているが、基本的には各遺伝子の配置は前後軸に合わせて構造化されたまま維持される。この事実を見ると、遺伝子の配置という構造が塩基配列とは異なる情報をゲノムの中に持ち込んでいるのがわかる。構造やデザインが機能を持ち、情報になることは生物の世界では当たり前だ。当然ゲノムも形質と同じように、特定のデザインの下に構造化されることで新しい情報を持っても不思議はない。例えばHox遺伝子の塩基配列はそのままで、順序が狂うことで新しい体の体制が生まれたとしよう(例えば尾が長くなる)。もしこの結果生まれた形質が自然選択されたとすると、この時選ばれた変異は塩基配列の変異ではなく、遺伝子の配置、すなわち構造の変異が情報として選択されたことになる。あるいはまたHox遺伝子間の距離が一定に保たれることが重要だとすると、その距離を埋めているのは特定の配列というより、ATCGを積み重ねて一定の長さを実現できるDNA の物理的性質によっていると言える。すなわち、塩基配列が問題ではなく、構造が問題になっている。重要なことは、構造化により生まれる情報も、子孫に伝える時は塩基配列情報として複製される点だ。複製だけを見ていると塩基配列だけが情報だと勘違いするが、このように伝達時には塩基配列情報として、機能発揮時には構造情報として働くゲノム部分があることを無視してゲノムは考えられない。

2、ヌクレオソーム

染色体を見ると、塩基配列とは無関係にDNAを基材とする構造が形成されている。これもDNAが持つ構造化能力の例だ。具体的に見てみよう。図3に示すようにDNAは4種類のヒストンが集まった8量体に巻きつくヌクレオソームという構造を取っているが、ヒストンとDNAの結合には原則として特異的な遺伝子配列は必要ない。

図3 ヌクレオソーム単位の構造。一つのヌクレオソームには200bpのDNAが巻きついている。

<引用>
上図:http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nucleosome_structure_and_subunits.svg
下図:http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pioneer_Factor_rearrange_the_nucleosome.jpg

これまでヌクレオソーム構造は、長いDNAを核内にコンパクトにたたむために進化してきたと考えられてきた。しかし、遺伝子の大きさが4Mbしかない古細菌類の一部がヌクレオソームをもつことが発見され、今では転写を効率化するために進化してきたと考えるようになっている。実際、古細菌、真核生物の両方で、転写開始点のほぼ全てがヒストンに巻きついていないリンカーDNA部位に存在している。すなわち、ヌクレオソームは高々200bpの長さのDNAからなる小さな単位で、構造も単純なため複雑な情報を持つことはないが、ゲノム内の最小構造単位として、転写開始場所を構造的に指示するために進化してきたようだ。

ヌクレオソームの出現は、その後の生物情報の可能性を一変させ、最終的に人間の言語獲得にまで至る道を決定付けたと思っているが、このことはまたいつか議論しよう。ともかくヌクレオソーム構造獲得のおかげで、このコアヒストン構造をさらに修飾してゲノムの使い方を決めるエピジェネティック機構が進化し、ゲノムにさらに複雑な構造化を導入することを可能にした。実際先にあげたHox遺伝子の配置はこの新しい機構を巧みに取り込んでいる。体の節、すなわち体節を形成する中胚葉では最初HoxA遺伝子クラスターは全てH3ヒストンの27番目のリジンがメチル基で修飾されており、これによりHoxクラスター全体の遺伝子の発現が抑えられている。即ち、ヒストンの修飾により転写に必要な分子が近づけない領域を構造的に保証している。この抑制型ヒストンは発生が進み前方から体節が発生する時には、前側のHox遺伝子領域から外れ、体の体制に合わせてHoxクラスターが発現できるための重要なメカニズムになっている。最終的に、体幹部では後ろ側のHox遺伝子が存在する領域は抑制型ヒストンが維持されるため、後ろ側のHox遺伝子は発現できない。一方、体の後方ではほとんどの領域から抑制型ヒストンが外される。このようにHoxクラスターの配置が体の位置と対応しているおかげで、Hoxクラスターの発現調節を大まかに区域化することが可能になり、体の複雑なプランを指示することが可能になっている。ただ、H3K27のメチル化を介するゲノムの区域化は特殊な例で、普通はH3の4番目のリジンがメチル化したH3K4me3と、9番目のリジンがメチル化したH3K9me3が引き金となって、染色体構造をそれぞれユークロマチンと呼ばれる開いた状態と、ヘテロクロマチンと呼ばれる閉じた状態に構造化することが、最も普通に見られる転写活性の区域化のやり方だ。この構造化はDNA自体のメチル化も含め様々な分子が関わる複雑な過程で、マトリックスとしての ゲノムを考える時に議論したい。また、生命誌ジャーナルでもクロマチンについて国立遺伝研究所の広瀬さん前島さんに解説をいただいているので、是非参照いただきたい


図4 クロマチン構造。染色体を見ると、ヌクレオソームの密度が高い場所(ヘテロクロマチン)と、低い場所(ユークロマチン)を区別することができる。この密度も、ヒストンの異なるメチル化を引き金にゲノムが構造化された現れで、ヘテロクロマチン領域での転写は抑制されている。

引用<Sha, K. and Boyer, L. A. The chromatin signature of pluripotent cells (May 31, 2009), StemBook, ed. The Stem Cell Research Community, StemBook, doi/10.3824/stembook.1.45.1. http://www.stembook.org/node/585

今回は、ヌクレオソームを基盤として、ゲノムを構造化する重要な機構がエピジェネティックス機構だという結論で止めておく。ただ、ヌクレオソームやエピジェネティック機構の進化は実際にはHoxクラスターの進化より先に起こっている。したがって、エピジェネティック機構というゲノム構造化を可能にする機構をさらにうまく利用する方法の一つとして、Hoxクラスターのような新たな構造化が加わってきたと考えるのが正しい。次回は、ヌクレオソームより大きなゲノムの構造単位、topology associating domaiから話を続ける。

[ 西川 伸一 ]

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