Special Story
雄と雌が決まる仕組み
魚から鳥,哺乳類まで
人工の化学物質が生物の生殖機能を攪乱する、いわゆる「環境ホルモン」が話題になっています。
個々の化学物質の安全性について考えることはもちろん重要ですが、ここでは、生物の生殖について、どこまでわかっているのかを探ってみましょう。
動物の性は、どのようにして決まるのか。どのように変化するのか。
私たちヒトに一番近い、脊椎動物の例を紹介します。
温度による性決定の話や遺伝子研究の現状から、動物のグループごとの違いを見てください。
日本の古代の土製埴輪には、成熟した女性の特徴を誇示したものが少なくない。ギリシャ=ローマ時代の彫刻には、上半身は女性、下半身は男性、インドにおけるヒンドゥー教のシヴァ神には、身体の左半分は女性、右半分は男性という両性像がみられる。振興や美術にあらわれるこのような姿は、性の違いへの強い関心の表現といえよう。
最近、いわゆる環境ホルモン(内分泌攪乱物質)による動物のメス化(雌性化)現象が取りざたされている。実体の解明は今後に残されているが、性は「不変」と思っていたところへ、「変わりうる」ということが見えてきたことに、人々は不安を感じているようだ。そこで、性とは何なのか、性はどのように決まるのかを、もう一度ていねいに見る必要があると思われる。
ヒトを含む哺乳類での性の決定には3つの段階だ。第1段階は、卵子と精子が合体し発生し始めるときで、遺伝子の型が雄か雌かに決まる。その後、遺伝子の型に従い生殖腺の性が決定されるのが第2段階。雄では精巣、雌では卵巣が形成される。そして第3段階は、性腺から分泌される性ホルモンの働きで、脳を含む身体の各部で雄雌の違いができるところだ。これは、いわゆる第二次性徴であり、骨格、筋肉の様子など、日常生活での性の区別は主としてこれでなされる。
ハワイで行われた脊椎動物の性決定に関する第1回国際会議(1997年)の抄録集の表紙。インドのシヴァ神の両性具有形、Ardhanarishvaraの写真が使われている。脊椎動物の多様な性決定の仕組みについて、本格的な比較研究が始まったのは、つい最近のことだ。
鳥類、爬虫類、魚類などの脊椎動物で見ると、第3段階で性ホルモンが重要という点では、哺乳類と共通しているが、第1段階と第2段階は、動物のグループごとにかなり異なっていることがわかってきた。その違いを見ていこう。
温度によって決まる爬虫類の性
爬虫類では、受精の時点で性が遺伝的に決定されても、その後も不変とはいえない。孵卵の環境、とくに温度によって、雄になったり雌になったりする。温度に依存した性の決定という現象が初めて発見されたのはそれほど昔のことではなく、1966年、西アフリカに生息するトカゲ、レインボーアガマ(Agama agama)についてであった。つづいてヨーロッパの淡水カメ、ヨーロッパアマガメ(Emys orbicularis)や、地中海にすむギリシャリクガメ(Tetsudo graeca)でも、71年と72年に報告された。すべての爬虫類の性が温度に依存するわけではないが、今のところ、調べられたすべてのワニ類、多くのカメ類、一部のトカゲ類で、この現象が観察されている。しかし、ヘビ類では一例も観察されていない。
爬虫類の性はどのように決まるか
表のデータは、多くの論文を調査してJanzenとPaukstisがまとめたもの(1991)。a)温度により性が決まる種の数/研究が行われた種の数、b)性染色体の組み合わせにより性が決まる種の数/研究が行われた種の数、となっている。aとbの研究は、ほとんどの場合、独立に行われているので、同じ種で両方の研究が行われているとは限らない。
これらの動物の多く(とくにワニ類ではほとんどの場合)では、孵卵期間の中期の環境温度域の低いほうから、雄、雌、雄という、一見不思議なパターンで、生まれる個体の性が変化する。新大陸のカミツキガメ(Chelydra serpentina)の場合、20℃以下あるいは30℃以上の温度域ではすべてが雌になり、20~30℃ではすべてが雄になる。20℃あるいは30℃付近の境界温度では雌雄はほぼ1:1で生まれる。しかし、これはあくまで基本形で、トカゲの中には、低温度域で雌が生まれ、高温度域で雄が生まれる種もある。その反対に、ある種のカメでは、低温度域で雄、高温度域で雌となる。
温度の違いが、どのようにして性の違いにつながるのだろう。
ワニなどの受精卵を、雄が生まれるはずの温度で孵卵しても、雌性ホルモンであるエストロゲンを投与すると、胚は雌になってしまう。反対に、雌が生まれる温度でアンドロゲン(雄性ホルモン)を投与すると、胚は雄になる。ホルモンで、胚の性は完全に逆転するのだ。
そこで注目されるのが、アロマターゼという酵素だ。エストロゲンとアンドロゲンは、同じステロイドという化学物質で、アロマターゼはアンドロゲンをエストロゲンに変換する働きをもっている。この酵素の胚での活性を測ると、雄が生まれる温度では活性が低く、雌が生まれる温度では高いことがわかった。
このような結果や他の実験データを総合して、フランスのピオーたちは、次のような仮説を発表している。まず発生の初期に、遺伝的な性の型に関係なく、未分化な性腺でアンドロゲンが作られ始める。雌産生温度では、それに加えてアロマターゼの遺伝子が発現し、できたアロマターゼがアンドロゲンをエストロゲンに変換、それが未分化な性腺を卵巣へと発育させて、雌の個体ができる。反対に、雄産生温度ではアロマターゼ活性化の遺伝子が働かず、アンドロゲンはそのまま働いて精巣ができ、雄の個体ができる。つまり、初めに述べた第2の段階に性ホルモンが関与しているという考え方だ。
この仮説が、温度感受性のすべての種にあてはまるかどうかはわからない。爬虫類といっても、温度によらず性が決まる種もたくさんあり、そこでは性染色体が重要な役割を果たすはずだが、それに関する研究もまだ゙不足している。しかしながら、温度による爬虫類の性決定は、環境と生物の相互作用という観点からも興味深く、これからの研究の発展が楽しみである。
酵素の働きで雄性ホルモンが雌性ホルモンに変わる
孵卵6日目から8日目のニワトリの胚の生殖腺で、アロマターゼ遺伝子の発現をin situハイブリダイゼーションという方法で調べた。アロマターゼは、アンドロゲン(雄性ホルモン)をエストロゲン(雌性ホルモン)に変換する働きを持っている。雄の性腺ではアロマターゼは発現していないが(写真右)、雌では次第に発現し(写真左)、その働きで雌性ホルモンが作られると考えられる。LとRは、左と右の性腺を示す。
(General&Comp.Endoc.,1996,102:233より)
鳥類における性決定・性分化
鳥類では、爬虫類と異なり、温度によって性が決まる例は報告されておらず、性染色体の組み合わせで遺伝的に性が決まるようだ。同じく遺伝的に性が決まる哺乳類では、XXが雌で、XYが雄だが、鳥類では、ZZが雄、ZWが雌だ。
哺乳類でのY染色体の役割から類推すれば、鳥類のW染色体が雌の性の決定に重要と考えられるのだが、この類推だけではうまくいかない。ヒトでは、性染色体の異常でXXYとなった場合、Y染色体の影響で基本的に雄性となるのに対し、鳥類のZZWは、孵化時は雌だが、性成熟時には雄になってしまう。したがってZ染色体のほうに雄を決めるための因子がある可能性も十分にある。まら、哺乳類の雄の性決定に重要な役割を果たすSry遺伝子も、おそらく鳥類には存在しない。
詳細はこれからの研究を待たねばならないが、遺伝的な性の決定の仕組み、つまり最初に述べて性決定の第1段階が、哺乳類と鳥類でことなっている、と考えるほうがよさそうだ。
鳥類では、初期胚でホルモンの量を変えると、生殖器官の形成に影響が出ることがわかっている。孵卵5日目の受精卵にアロマターゼの阻害剤を投与すると、雌になるはずのニワトリが雄へと性転換するのである。雄性ホルモンであるアンドロゲンをエストロゲンに変換するアロマターゼの活性が抑えられる結果、遺伝的には雌の胚の性腺が精巣になってしまうのだ。成長した性転換鶏は、雄の第二性徴、すなわち大きなとさかを持ち、足にはするどいけづめを持っており(写真)、雄鶏のように高らかに鳴き、正常雌に対し性行動をとり交尾する。外見からは、ほとんど正常な雄と区別がつかないのである。
(写真)ニワトリの性転換
①正常の雌
②雌性ホルモンの合成酵素の阻害剤を孵卵5日目に投与した結果、外見が雄に転換した雌。大きなとさかも、けづめの鋭さも、正常の雄とほぼ同じ形になっている。
③正常の雄
(写真=島田清司)
しかしながら、性転換雄は、精管が欠損していて精液が出ず、受精できない。顕微鏡で精巣を調べると、精子は作られているものの、数が少なかった。雄性のホルモンの値も正常雄より高い。爬虫類では、ホルモンの投与で完全に性が転換してしまう例があったが、鶏の場合、完全に雄に転換したとは言えないようだ。
性転換した雄の精子を1個ずつとり、PCR法を使ってDNAを増幅すると、Z性染色体をもつ精子とW性染色体をもつ精子の両方があることがわかった。W性染色体をもつ精子は、自然界には存在しない。正常の卵は、WまたはZの性染色体をもつから、Wをもつ精子で人工授精すると、WWまたはWZという組み合わせの個体ができる。自然界に存在しないWWの個体がどのように育つか、性がどうなるかなど、興味深い。また、工夫によってはWZの個体、すなわち雌鶏だけを作る技術開発という、商業価値のある研究に発展する可能性もあり、性転換雄を使った実験は多くの可能性を秘めている。
哺乳類、そして多様な動物の性決定
哺乳類では、環境の影響で性が決まることはなく、遺伝的な要因が重要だ。すなわち、性染色体の組み合わせがXYなら雄で、XXなら雌になる。脊椎動物の中では性決定がもっとも安定なグループと言える。その反対に、魚類や爬虫類、そして両生類も、どちらかというと環境の影響を受けやすい。
哺乳類では、Y染色体にあるSryという遺伝子を含むいくつかの遺伝子が雄性の決定に重要で、それらが働くと雄になり、働かないと雌になることが明らかになっている。しかし、遺伝子の働く順序など詳細は未解明の問題ばかりで、性染色体から性の決定までの道筋をはっきりと描くことはできていない。まして他の動物については、全体像を語るにはあまりにも情報が少なすぎる。
はっきりしているのは、性についてどこまでが不変でどこまでが変わりうるかは、動物のグループごとに異なっているということだ。場合によっては、同じグループ内でも動物種ごとに大きな違いがある。性決定の仕組みの進化を探るにも、内分泌攪乱物質の影響を知るにも、多様な動物の研究を行って、系統的に比較する必要があるといえるだろう。性決定の研究の面白さと重要性を、研究者はもちろん、多くの人に知ってほしいと思う。
島田清司(しまだ・きよし)
1944年生まれ。名古屋大学大学院農学研究科博士課程終了後、愛知医学大学助手、講師などを経て、79年名古屋大学農学部助教授。91年より同大学教授(動物機能制御学)。その間、カナダ・ゲルフ大学客員研究員、米国アーカンソー大学医学部客員研究員などを務める。農学博士。