Special Story
雄と雌が決まる仕組み
魚から鳥,哺乳類まで
有性生殖を行う動物では、雄と雌のそれぞれに精巣及び卵巣が形成されるが、哺乳類はこの性の分化がもっとも明確で、通常その個体がもつ性染色体の更正によって性が決められる。XYであれば精巣を、XXであれば卵巣をもつことになる。そこで性染色体は性の決定に極めて重要であり、Y染色体に精巣の形成に必要な遺伝子の存在が想定されていた。
1990年、性転換を伴うヒトの病気の解析から、Y染色体にSry(精巣決定因子)という遺伝子が発見された。さらに、雌になるはずのマウス(XX)で、Sry遺伝子を人工的に発現させると、精巣を持ち体の構造も行動も雄と見分けがつかないマウスができることが示された。つまり、Sry遺伝子は雄の性を決めるのに決定的な役割を果たす遺伝子とわかったのである。
性の決定に働く遺伝子の生殖腺における発現の様子。いずれもマウスの胎児(妊娠14日目半)の未分化な生殖腺(後ろに卵巣と精巣になる)で、①Ad4BP/SF-1,②SOX-9,という遺伝子の発現を見ている。各写真の左が雌、右が雄。いずれの遺伝子も雄の生殖腺で強く発現している(青く染まったところ)。
しかしながら、Sry遺伝子の働きの詳細については未知のことが多く、また、性の決定に働く遺伝子はSryだけではないこともわかってきた。生殖腺の形成に異常をきたす疾患の原因遺伝子の研究から、WT-1,SOX-9,DAX-1などの転写因子(転写を調節するタンパク質)が、また種々の研究からAd4BP/SF-1,EMX-2,GATA-4などの転写因子が、生殖腺の形成には不可欠であることが明らかになってきたのだ。これらの因子のいくつかについては、遺伝子破壊マウス(ノックアウトマウスと呼ぶ)を作成すると、そのマウスから生殖腺が消失すること(③④)、性的に未分化な生殖腺が精巣と卵巣に分化する過程での発現に性差があること(①②)、などが確かめられている。
こうして性の分化と生殖腺形成の過程に、Sry遺伝子を含む多くの遺伝子が関与していることはわかってきたが、どの遺伝子がどの順序で働くのかなど、未解明のことばかりだ。たとえばAd4BP/SF-1, SOX-9, ,DAX-1,GATA-4は、ミュラー管阻害因子遺伝子の転写を、またAd4BP/SF-1, ,DAX-1は性ホルモンの産生に不可欠な遺伝子の転写を制御していることが明らかにされている。だが、ここにあげた2つの遺伝子は、生殖腺の性が決定された後に働く遺伝子であり、性の決定や生殖腺の分化の初期過程での、これらの因子の機能は不明である。
性染色体の存在から、雄・雌の違いができるまでの道筋を理解するためにも、また、最近話題の人工化学物質(内分泌攪乱物質)が、どこまで性分化を攪乱するのかを知るためにも、生殖腺の分化や性分化を制御するメカニズムについての遺伝子レベル・分子レベルの研究が必要だが、研究はまだ緒についたばかりだ。
(写真①~④=諸橋憲一郎)
(もろはし・けんいちろう/基礎生物学研究所教授)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。