展示や季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【「ベタ」と「肺魚」から見えてくるもの】
2012年7月1日
展示ガイドスタッフの吉田幸弘です。私は恐らく非常に趣味が多い方だと思うのですが、(主に小型の)魚の飼育や繁殖もその一つです。今回は現在飼育している魚の1種であるベタの仲間の特性を通して、進化を考えてみたいと思います。
ベタは青色や赤色が非常に美しい、しばしば瓶入りで売られている魚ですが、広くはスズキ目(Perciformes)キノボリウオ亜目(Anabantoidei)オスフロネムス科(Osphronemidae)に属するベタ属(Betta)の魚たちのことを指します。スズキ目は分岐時期が比較的新しい分類群であると考えられており、また現在魚類としては最も多くの種を含んでいます。このような目に属するキノボリウオ亜目の魚たちは、「ラビリンス器官」と呼ばれる特殊な呼吸器官を上鰓内に持っており、この器官のおかげで水中の溶存酸素濃度の低い環境でも空気呼吸により大気中の酸素を利用して生活することができるという特徴を持っています。この仲間の魚たちは、恐らく一旦水中生活に完全に適応した後、水中の酸素濃度の低い環境に適応するために進化の過程で「ラビリンス器官」を獲得したのでしょう。
ところで、このような空気呼吸ができるという特徴を持つ魚はこの他にも存在します。両生類へと分岐する頃の形態を引き継いでいると考えられ、また当生命誌研究館でも飼育されている「肺魚」の仲間や、魚類の非常に古い形態を色濃く持つと考えられているポリプテルス目(Polypteriformes)ポリプテルス科(Polypteridae)の魚たちがそれです。このような魚たちは肺、若しくは浮袋でガス交換、つまり空気呼吸を行うことができるのです。このような魚たちは、それぞれが生育する環境において‘最も’適応的であるかは分かりませんが、しかし‘十分’適応的であるために、現在もあまり形態を変えることなく生息していると考えられます。
どちらも同じように空気呼吸を行うための器官であるラビリンス器官と肺、この二つの進化を考えると、進化には必ずしも最適解は存在しない、もしくは適度に適応的な解で十分である、ということができるのではないでしょうか。言い換えると、「進化には‘たまたま’な要素が多分に含まれている」ということです。しかし、その‘たまたま’な要素が、その生物が繁殖していくには‘十分’な性質であったことは間違いありません。
世間では進化について、大きく2つの点において、誤ったイメージを持つ人が多くいるように感じます。1つ目は「進化は最適解である」、2つ目は「分岐時期がより新しい生物種は、より古い生物種よりも上位的な存在である」というものです。1つ目は「進化には‘たまたま’な要素を含む」、2つ目は「現存する生物種は全て生息地の環境に適応している」ということから、否定されるのではないかと、私は考えています。
さて、生命誌研究館で飼育されている2種類の肺魚たち、「えんぴつ君」と「アボカド君」、この2匹は非常にかわいく見ているだけで癒されるため、私の好きな展示の一つです。でもただ可愛いと眺めるだけでなく、このような進化について思いを馳せながら見ていただけると、より興味深く観察できるのではないでしょうか。
研究室の机の上のマスコット、ベタ(Betta splendens)です。
研究館のアイドル、肺魚(Neoceratodus forsteri)のアボカドくん。