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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【夏の思いで】

山岸 敦
 学校に通ってらっしゃる方は今日から新学期ですね。最近は週休二日制の授業日数やりくりのため、8月後半から登校する場合も多いと聞きますが、楽しい思い出を作ることができましたか? 私にとって、自分がいくつになっても 忘れないだろうなあと思うのは、「夜どおし続くカエルの鳴き声」です。もちろんひと夏の特別な体験―家族旅行や夏祭り、炎天下の学園祭準備―もあるのですが、個々の記憶が薄れていったとしても、耳に残るカエルの声だけは消えないような気がします。
 私が子ども時代を過ごしたのは、北摂地方のとある住宅地。最寄りの駅から20分ぐらい歩いたところで、まだまだ田んぼがたくさん残っていました。近くには川もあったので釣りに出かけることもありましたが、田んぼは農道をしゃがめばすぐに水の中の生きものを見つけることができるので、一番身近な“アクアリウム”です。オタマジャクシやカブトエビ、ホウネンエビは毎年泳いでいましたし、ちょっと頑張ればミズカマキリ、タイコウチなどの水生昆虫も捕まえることもできました。また田んぼの泥をちょっとすくって(農家の方ごめんなさい)、ガラスびんの底に敷いて水を入れしばらく置いておくと、上から見てるだけでは気づかなかった小さい生きものが泳いでいることに気づきます(註)。私はこのとき「カイエビ」という二枚貝のようなミジンコの仲間がいることを初めて知りました。
 そして田んぼに棲む一番大きな生きものは、トノサマガエル。当時私の知るカエルは、庭にいるアマガエル、田んぼにいるトノサマガエル、イボガエル、神社の池にいるウシガエルです。ウシガエルはすばらしく大きくて魅力的なのですが、網を持って神社の池にいるのを見つかると相当怒られます(神主さんごめんなさい)。そこで次に田んぼの“大物”トノサマガエルを狙うわけですが、やはり平均以上の大きさのものはなかなか見つかりませんし、伸びたイネをあまり荒らさないように網を振り回すのも難しい(再び農家の方ごめんなさい)。それでもひと夏に1回は、これは大物だというようなものを捕まえてしばらく水槽で飼っていました。
 こうして飽きずに遊べる田んぼですが、昼間はどちらかというと静かな場所だった―照りつける太陽と風にそよぐイネ―という印象です。それが夜になると、いつの間にかカエルの合唱が始まります。布団に寝転がって聞いていると、時々ふっと合唱が止んで、しばらくすると1-2匹の鳴き声からまた大合唱が始まる。この繰り返しを聞いているうちにこっちはまぶたが重くなって…というのが一日の終わりでした。実家を離れて最初の夏、夜寝るとき何か物足りないと思ったのですが、帰省してそれがカエルの合唱だということに気づきました。それから2回引っ越しましたが、残念ながらずっと田んぼがない場所に暮らしています。また、実家の周りもほとんどの田んぼが公園や宅地になりました。いろいろな社会状況が都市近郊の田んぼの存在を難しくさせたのだと思いますが、郊外でまだ残っている田んぼを見かけると、思わず中をのぞき込んで虫やカエルを探し、できればずっと残っていて欲しいなあと思います。

(註)この遊びは、ご存知コンラート・ローレンツが『ソロモンの指環』(日高敏隆訳 早川書房)で紹介した“アクアリウム”をヒントにしたものです。



[山岸 敦]

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