展示や季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【エキサイティングな脳科学】
2002年2月15日
たとえば、私は、人間の脳には記号についての記憶が一カ所に集まって、記号同士を自由に組み合わせて、さまざまな思考実験を行う領野があると思っています。 言語は、実体を離れた抽象的な記号を組み合わせることで成り立っています。これが人間の創造性を飛躍的に高めました。ヒト以外のほとんどの動物には、実体から受ける直接的な経験しか存在しません。現実世界しか存在しないのです。ヒト以外の動物には、意味(経験)はあるけれど、その意味に結びついた記号がないとも言えます。ところが、ヒトはそうした意味(経験)に記号を割り当てました。記号は現実と切り離して使うことができます。記号は仮想世界をつくり出せるのです。ヒトは、この仮想世界の中で試行錯誤を行うことに成功しました。 記号を使った仮想空間での試行錯誤には限界がありません。現実に則している必要もありません。数学の抽象的な世界、宗教、人工物・・・。すべては、記号を得た人間のみに属するものです。 記号を得た人間は、仮想世界を用いることで、神経結合の多様なパターンを迅速かつ大量 に試す機会を得たのです。脳は試行錯誤を繰り返す内に、適応的な方法に遭遇し、それを記憶に留めます。神経結合の多様なパターンをいろいろ試して、その中から適応的な神経結合が選ばれるといってもいいでしょう。多様な神経結合があるお陰で、動物は新しい環境に対応するための新しい方法を生み出すことができます。脳は、そのために、あらかじめ多様な神経結合を用意していると思われます。遺伝的な多様性が新しい環境に適応できる生物を生み出すのと同じ原理です。 意味はさまざまな体験と結びついているので、おそらく脳のいろいろな場所(さまざまな感覚野)に分散して記憶されているでしょう。そこで、意味と意味を組み合わせてさまざまな思考実験を行うには、分散して記憶されている意味と記号をつなぎ、記号の記憶は、それらを互いに自由に組み合わせて使うために一カ所に集めなくてはならなかったと思われます。つまり、記号の記憶と組み合わせに特化した脳部位 が必要となったはずです。 記号の記憶が分散していると、多様な神経結合を用意するのに多量の配線が必要となり、配線をできるだけ短くし、配線量 を減らそうとする脳の原理に反することになってしまいます(これについては「脳の生命誌」展をご覧下さい)。記号の記憶が一カ所に集合していれば、記号を自由に組み合わせるための神経結合の多様なパターンを無理なく用意できるでしょう。 記号同士を自由に組み合わせて、さまざまな思考実験を行う領野があるのではと思ったのは以上のような理由からです。それが言語野かどうかはわかりませんが、そうかもしれないとも思っています。 少し難しい話になりました。しかも、これは私が勝手に思いついたことで、正しいかどうかは全くわかりません。しかし、今、脳科学はとても面 白くなっていて、いろいろな事実を自由に組み合わせて思考を巡らせることができる楽しい時期に入っているということは感じ取って頂けたのではないでしょうか。 次に制作するビデオでは、脳科学のこうしたエキサイティングな部分をお伝えしようと思っています。どうぞご期待下さい。 [鳥居信夫] |