研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。
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カエル屋さん
2017年12月15日
私たち研究者はその実験材料の名前で呼ばれたりします。たとえば「ハエ屋さん」とか「酵母屋さん」とかです。私などはさしずめ「カエル屋さん」と呼ばれることになるのでしょう。しかし、私はカエルのことをあまり知りません。たまたまカエルを実験材料にしているだけであって、カエルが好きでカエルの研究をしているわけではないのですが、「カエル好き」だと思われる傾向が強いようです。たぶん大腸菌屋さんのことを「大腸菌が大好きだ」と思う人はいないのだろうと想像しますが、カエルや魚は、その一般的な嗜好性からか、実験動物と言う意味を超えたところで判断されてしまうようです。私は生きものの形づくりに興味があり、以前はバクテリオファージの形態形成と称して、アポロの月着陸船のような形態をしたファージ粒子がどのように形づくられるのかに関する研究していましたし、現在もたまたまカエルやイモリを用いているだけなので、本当にカエルを学問の対象にする人がいるのだろうか?と疑問に思っていました。
先日、昭和二十六年發行の市川衛「蛙學」という書籍を見つけました。このタイトルからして、カエルを究めたいという意志をもった方なのでしょう。まさに「カエル屋さん」です。こと形態学に関しては古い書籍の中に宝物のような情報が含まれていることもあり、とりよせて読み始めました。内容は・・・・・二重の意味で難しい。まず、漢字が読めません。「體」は読めましたが、「稱」が読めない。旧漢字でも現在の形から想像できるものは何とかなりますが、まったく形が異なるものに関してはどうしようもありません。英語だと数百年前の文献を読めるのに、日本語は百年前の文章を読むことができないと以前だれかが言っていましたが、何だかよくわかります。面白いのは専門用語に番号が振られており、それに相当する英語が欄外に記されているところです。「最初の文字が虫偏に科、二文字目が虫偏に斗」からなる漢字二文字の単語はまったく読めませんでしたが、それに相当する英語を見たらtadpoleとありましたので、この二文字で「おたまじゃくし」を表しているのでしょう。
オランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア」を、オランダ語をほとんど読めず辞書もない「櫂や舵の無い船で大海に乗り出したよう」な環境で日本語に訳出した杉田玄白・前野良沢・中川淳庵らとはもちろん比べるのもおこがましいのですが、でも高々60〜70年前の母国語を読むのにすら苦労することに、あのころの日本人の気概を思ってしまいます。ロゼッタストーンからヒエログリフの解読に至った過程も同様の苦労があったのだろうなあ。いや、ごめんなさい。蛙學を読むのに苦労しているだけで、このような偉人たちの努力と比べること自体がおかしいですね。
大学時代、発生学の教科書として市川衛の「基礎発生学概論」を読んでいたので、「こんなに難しい日本語だったかな?」と見返してみたところ、漢字表記は現在と同じであり日本語も柔らかいので、読者層を考えて文体を変えているのか?それとも11年の違いが(基礎発生学概論は修正版が昭和37年発行)日本語をここまで変えたのか興味深いですね。
蛙學は現在も鋭意読書中です。内容も、これまでにあまり触れたことのないことが書かれており、行きつ戻りつの悪戦苦闘中です。何か発見がありましたらお知らせいたします。ただ、正直なところ、これは英語で書かれている方がはるかに読みやすいだろうな。
(表現スタッフのある方は市川衛の親戚で、先日、おばあさまと一緒に京都・天龍寺へ市川衛のお墓まいりに行ってきたそうです。)