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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【「クムルス」とクモの調節性】

秋山-小田康子

 ここ数カ月(もっと?)取り組んできた論文がようやく投稿までこぎつけた。クモの論文を書くのは今回が初めてで、かなりしんどかった。下手な英文を眺めていてもいっこうに埒があかないし、文献を調べたり、文章をこねくり回したりと、とにかくずっと机に向かいっぱなしで、体を全然動かしていない。実験したいモード全開である。今年ノーベル賞受賞が決定した田中耕一さんもインタビューの中で早く研究に戻りたいと言っていたが、次元は違えど似たような心境かもしれない。もちろん論文を書くのは研究活動の中で非常に重要なことで、いくら良い結果が出てもそのままにしておけば何も意味をなさない。ただすらすらと論文を書けさえすれば全く問題はないのである。
 とにかくここ数カ月はそういうわけで、過去の文献をかなり調べた。動物の多様性や進化のことを考えてクモの発生について解析している研究者は、現在、全世界でももちろんそう多くはないのだが、100年も前にクモの卵の観察を詳細に行っている人がいたり、50年前に非常におもしろい実験を行っている人がいたりと、調べてみると奥が深い。随分と過去の蓄積があることが分かった。特にいま注目しているその50年前の実験はHolmという人による移植の実験である。クモの卵の「クムルス」と呼ばれる部分を卵の別の部分に移植すると、本来1つの個体になるはずであった卵が2つの個体になってしまうというのだ。教科書的な常識とは異なり、この実験は脊椎動物と同様にクモの卵にも調節性があることを示すものである。何故、これが50年も注目されずにきたのか不思議だ。「クムルス」は今回のわたしの論文の中でも重要な位置を占めており、ここから節足動物と他の動物を系統的に結び付ける「何か」が明らかになってはこないだろうかと思っている。


クムルスは細胞が集まったもの。まん中から端の方へと移動する。

[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 研究員 秋山-小田康子]

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