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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【すばらしい男性三人への讃歌(そうでない方々への努力のお願い)】

2009.8.1 

中村桂子館長
 社会で何が起きているかに眼を向けずにいてはいけないと思いながらも最近のニュースは気の重いことばかりで、テレビは遠慮することになってしまいました。ラジオと新聞。とくに関心をもったものはインターネットで見ることもあります。
 そんな中、明るさをもたらしてくれているのが核廃絶の動きです。これについて書きたいのですが、実は国際原子力機関(IAEA)の次期事務局長に天野之弥大使が決まった日に書いた原稿があるのでそれを使わせていただきます。
 日本を見ても、世界を見ても社会がどんな方向へ向かっていくのかはっきりせず、希望が持ちにくい状況だが、少なくとも一つ明るい気持ちになる動きがある。核廃絶である。
 そんな中、国際原子力機関(IAEA)の次期事務局長に、天野之弥ウィーン国際機関代表部大使の就任が決まった。世界の外交官や軍縮関係者を広島・長崎に招待する「軍縮フェローシップ」は、一九八二年の国連軍縮特別総会での天野氏の提案で始まったとのことである。冷戦たけなわの時代である。その後も軍備管理・科学担当の外交官として活躍なさった経歴を見ると、具体的活動にたけながら理想を忘れない外交官としての実績がみごとで、タイミングよい事務局長就任に期待するところが大きい。
 タイミングのよさとはもちろん、オバマ米大統領の存在である。四月五日、プラハでの演説を何度読み返したことだろう。「米国は、核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として行動する道義的責任がある。核兵器のない世界の平和と安全保障を追求すると約束する。この目標はすぐに到達できるものではない。私の生存中にはできないだろう。忍耐と粘り強さが必要だ。しかし、世界は変われないという声は無視し、変わるのだ」
 なんと明快で説得力のある言葉だろう。これまで、核不拡散が話題になるたびに、核保有国をそのままにして不拡散を語る矛盾を感じてきた。しかし、核廃絶など有能な政治家の口にする言葉ではないかのようだったし、ましてや米国大統領が真正面からそれに向き合うことなど無理だろうと諦めていた。それが忍耐と粘り強さを持って努力するというのだからすばらしい。
 しかもそれが、現実の動きとなってきた。主要八カ国首脳会議(ラクイラ・サミット)が、「核兵器のない世界に向けた状況をつくることを約束」する声明を採択したのである。「向けた状況をつくることを約束」という言いまわしに苦心の跡が見えるし、この中に中国は入っていない。北朝鮮やイラン、インドとパキスタンなどの問題もあり、現実は厳しい。しかし、これより以前にオバマ、メドベージェフ米露大統領の会談も前向きに進められており、道はつけられている。
 天野氏は、北朝鮮やイランの問題について「小さくてもいいから、一つでも着実な成功例を積み重ねて道を切り開きたい」と述べ、「オバマ政権の核政策は世界を変える。核は長く厳しい時代が続いたが、平和で安全な世界に向け、新しい時代に入った」と心強い発言をしている。国際機関での日本人の活躍はあらゆる分野で重要だが、とくにIAEAは、日本人だからこそ現実感を持って、また強い信念で語り、行動できる分野である。この時に事務局長という重責を担った天野氏の行動に注目し、日本が国としても、また日本人一人一人としても支援をしていく必要がある。アメリカが核兵器を使った唯一の国なら、日本は被爆した唯一の国である。八月も近い。二つの国の不幸な体験を超えて明るい未来を作るために、とくに若い人たちに、この分野に関心を持ってもらいたいと強く願っている。(中日新聞「時のおもり」7月22日)
 天野大使の発言に、日本にもすばらしい男性がいらっしゃるんだと元気になったところへ、またもう一人すてきな男性が登場しました。三宅一生さんです。7月14日のニューヨーク・タイムズに寄稿なさった文に眼に止められた方は多いと思いますが、これには胸が熱くなりました。三宅さんは7歳の時に広島で閃光を目撃。その影響で3年後にお母様を失くしていらっしゃるとありました。その時の体験は思い出したくないほど辛いし、「被爆」というレッテルでデザイナーとしての仕事を語られたくないのでこれまで表に出さなかったけれど、オバマ演説が「心の奥深くに埋もれていたものを突き動かし、経験した一人として発言しよう」と思わせたのだそうです。「オバマ大統領が広島を訪れれば、核のない世界への現実的でシンボリックな一歩になる」という呼びかけに、その通りとうなずきました。オバマ大統領、天野大使、三宅一生さん。今度の選挙でこういう考え方と行動のできる人が出てきて下さらないものかしら。真夏の夜の夢にならないようにしたいなと思います。

 【中村桂子】


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