館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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【八月に思う─「生命の樹」と「明日の神話」】
2006.8.15
この壁画の中心に描かれているのは、原爆を受けた骸骨。画面左に向かってはそこから生れてくる原爆の子どもたち。画面の右の方には第五福龍丸。火の海に包まれた人々も描かれていますが、全体はなぜか明るいのです。「明日の神話」という言葉にこめられた思いがひしひしと伝わってきます。今は八月。科学の世界にいる者としては、原子爆弾の開発、しかもそれを多くの人々の日常がある街に落としてしまったということの重みを再確認する時です。1970年という時点では、過ちをくり返さないというだけではなく、乗り越えてよりよい暮らしを作ることにつなげなければならないという気持がありました。実は大阪万博はそういう決心でもあったのです。でもその頃すでに環境問題が起きていました。科学技術にとっては、原爆以上に深刻な問題だと言ってもよいかもしれません。だからこそ明るく考えたい。この壁画のもつ明るさが語りたいことを思う時、それは私の思いと重なります。 21世紀になって「生命の樹」と「明日の神話」について考えると、1970年にこの二つを創り出した気持を人々が共有し、大事にしてくれば、今とは違う明るい社会ができていたのかもしれないのにと、少し落ち込みます。以前、敏子さんに「私の中で、あなたと太郎が重なるのよ。よく似ている。」と言われ、それまで岡本太郎という人をそれほどよく知らなかった私は、ただキョトンとするばかりでしたが、今になると、言われたことの意味が少しわかります。「生命の樹」と「明日の神話」。創られてから36年、どちらも大事にされずにきてしまいましたが、今からでも遅くありません。生命誌はこれを受け継いで行こうと思います。 【中村桂子】 ※「ちょっと一言」へのご希望や意見等は、こちらまでお寄せ下さい。 |