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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【ゲノム再考 −生命を大切にするために】

2004.11.1 

中村桂子館長
 ヒトゲノムプロジェクトは、2003年6月に全塩基配列解読の終了宣言をしたので、一般にはヒトゲノムのことはわかったと思われている節があります。研究者の中でもポストゲノムというおかしな言葉が流行しているので、そのように思われてもしかたがありません。
 その中で、最近「ヒトゲノムの中にある遺伝子の数は22,000である」という論文がでました。プロジェクトを推進している国際コンソーシアムによる発表です。以前はヒトの遺伝子は10万ほどあると言われていました。細胞内ではたらいているタンパク質がその程度存在するので、それと同数の遺伝子があるだろうという推定です。その後、実際に遺伝子を調べるようになってこの数は減り、ゲノム解析終了時点では、32,000という数が出されました。これは、実際に同定した数15,000と他の生物での研究から出されたものと同じものがあるだろうとした数17,000とを合わせての数字でした。この時、誰もが意外に少ないんだなぁと思ったのではないでしょうか。暗黙のうちにたくさん遺伝子がある方が上等という気持があったのでしょう。そして今や、20,000がヒトゲノム中の遺伝子として同定され、他の生物との重なりから出された数が2,000、全部で22,000となったのです。実は、これまで他の生物で出されている数は、例えば線虫で19,000、ショウジョウバエで14,000などです。ヒトの遺伝子の数が限りなくこれらの生物に近くなった、あまり違わないねという感じになってきたのです。進化の過程で複雑化する場合、それまで存在しなかった新しい遺伝子が次々とつけ加えられてきたわけではないことは確かです。生きものたちはある決まった数の遺伝子を重複させたり、そこにちょっとした変化をつけたりしながら使い回しているのです。それぞれの生きものの特徴は、遺伝子の使い方にあるー別の表現をすればソフトウェアが大切だと言えます。
 このように見てくると、あまりにも遺伝子、遺伝子と言い過ぎるのはどうかなという気になります。遺伝子にふりまわされるのは良いことではありません。生きものとしては一つの遺伝子がどうのこうのではなく、ゲノム全体でどうはたらくかということが大事なのだということになってきたのですから。ゲノム研究がここまで進んできたところでもう一度研究者も社会の人も、「ゲノム」とはなにか、今何を研究すると生きもののことがわかるのかと考える必要があると思うのです。
 ポストゲノムという言葉は、プロジェクトを組んだり、予算を獲得する目的で、社会に対して(具体的には官庁や政治家に対して)、新しいことをやっていますという姿勢を示すために使っているもので、生きものについて、生きているということについて考えるなら、ゲノムについて考え続けなければならないと改めて思います。大型プロジェクトとして進められている生命科学研究は、医学・医療を目指しているものが多いのですが、今の方向は、科学というよりは政治と経済によって決められている傾向があります。これでは、“生きものである人間が暮らしやすい社会”という生命誌が求める社会につながりそうもないという不安があります。遺伝子数22,000とわかったところで、ゲノムのことをもう一度ていねいに考えてみる必要があるのではないでしょうか。今回は本業に関わる一言でした。
 
 
 【中村桂子】


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