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研究館より

表現スタッフ日記

2024.11.15

エノキで綴る一年

昨年の今よりもう少し寒くなった頃、とあるダムの周りを歩いていたら、樹高5メートルほどの立派なエノキの木に出くわした。足元の落ち葉を踏まないように、エノキの根っこの上を慎重に歩いて、エノキの落ち葉を一枚一枚めくっていくと、期待通りにゴマダラチョウの幼虫が「ぴとっ」と葉っぱの裏についていた。他にも、背中にハートマークが目印のエサキモンキツノカメムシやクサカゲロウなど、葉っぱの下には色々な虫が冬を越すために隠れていた。ゴマダラチョウの幼虫を何頭か見つけてよく見てみると、それらが全て同じ種類でないことに気がつく。オオムラサキだ!いくつか家に持って帰って、冬を冬らしく過ごせるように幼虫を入れたタッパーをベランダに出して春を待ったら、ちゃんと越冬して春には葉っぱをもりもり食べて、どちらもたいそう立派な成虫になってくれた。

エノキという木は成長すると大きくなるものの、雑木としてひょろっと、建物と建物の隙間や、雑草が生い茂っている中に生えていることも多い。機会があれば雑草と一緒に刈り取られてしまうような場所。どこの誰の管理区域かわからないような場所に、運よく見過ごされてちょっとずつ大きくなっているものもよく見る。生えて一年か二年ほどの、2メートルにもならないくらいのエノキの木でも、ゴマダラチョウの幼虫は見つけることができる。今年気づいたことは、まだ葉っぱの少ない春に見つけやすいということ。越冬して、エノキの葉が展葉してしばらく経った頃、近所のエノキ幼木をパトロールすると、結構な確率で見つけることができた。先日訪れた京都府立植物園の、北山門近くに生えていたひょろひょろの1メートルくらいの細いエノキの幼木にも、ゴマダラチョウの蛹の殻がついていたのにはさすがにびっくりした。

エノキを食べる他のチョウとしては、テングチョウが代表的で、時折初夏に大量発生する。数年前、近畿地方の山間の道路に数千頭のテングチョウが発生しているのを目撃した。大量の死骸が落ちていたり、かたまって飛んでいたりして、こんなに発生したということは、エノキもさぞかし食べられたことだろうと、エノキに少し同情した。そんな大量なテングチョウを育むことができるほど、野山にエノキは豊かに生い茂っているとも言える。何せ大きいエノキは本当に大きく、10メートル以上にもなる立派な樹木だ。

夏は、首が痛くなるけれど、大きなエノキのてっぺんあたりを見つめていると、ブンブン飛び回るキラキラした甲虫を見ることができる。有名なのにもかかわらず、あまり身近に感じられてはいない「ヤマトタマムシ」だ。外に数十分出るのもつらいような暑い日に、太陽を遮るものの無い木のてっぺんで、ブンブンブンブンと、よく飛べるものだと思う。つかまえるのは一苦労だけれど、たまに下に降りてくるので、運が良ければ網などで掬うことができる。しかし、相当に暑い中での体力勝負。熱中症にもなりかねないので、過酷なトライアルとなる。大都会の真ん中だと難しいかもしれないけれど、それなりに自然が周りにあるような環境であれば、会いに行けるタイプのアイドルであると思う。

ところ変わって研究館。今年の初夏には、研究館4F屋上のエノキにヒメゴマダラオトシブミがたくさん揺籃を作ってくれた。ナミテントウやナナホシテントウもたくさん。一方で、今年はゴマダラチョウをあまり見つけられない。暑すぎたのか、それともとてもとても上手に隠れているのか…毎年越冬個体を来館者のみなさんに見てもらっているが、今年はそれができないかもしれない。なんとか見つけて会いたいものである。

エノキは、こんなにも多様な喜びを与えてくれるのに、知名度は一般的には高いように思えない。秋に赤くなった木の実は、カスカスしているけれど、落雁のようなほんのりとした甘みがあり食べられる。葉っぱは、上半分程度の縁がギザギザ、下半分程度の縁が丸っとしている。そろそろ黄色くなって落葉し始める頃だろうか。その気になれば見つけられる木なので、自分の街のエノキポイントを見つけて、エノキと生きるさまざまな生きものとの時間を楽しんでいただけたら、エノキ好きとしては本望である。