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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.10.16

公平公正で謙虚──この言葉はあっと言う間に消えました

昨日たまたまテレビで同じ言葉を聞きました。私が大切にしている言葉です。「謙虚」。

まず、宇宙物理学者村山斉さんと映画監督(番組での肩書きです)北野武さんの対談です。北野さんは、子どもの頃から宇宙に憧れ、数学や科学が好きで、大学は工学部に入ったのだそうです。でも工学部は実用的なことばかりで興味が湧かず退学されたとか。アインシュタイン、ハイゼンベルク、セーガン、ホーキングなどの名前をあげて村山さんと語る中で、「宇宙について考えていると、神に近づく感じがして謙虚になる」と言われました。それに応えて村山さんも、「宇宙の研究をしているとその広大さに圧倒され、分かっていることなどほんの少しだということが分かってきて、謙虚になるんです」と発言。

生きものだって同じです。知れば知るほどふしぎが増え、大きな世界が見えてきて謙虚になり、その位置がなんだか居心地よく感じられるのです。科学を知る喜びの一つはこれであり、科学は謙虚を知るためにあると言ってもよいのではないかとさえ思えます。学問はどの分野も同じでしょう。研究者は、この気持ちをもっと発信するとよいのにと思います。科学が自然を征服し支配する行為のように受け止められているのは不幸なことですから。

ところで同じ日に自民党総裁選がありました。紆余曲折、さまざまな駆け引きがあってのことでしょう、選出された石破新総裁が、思いがけず(などと言ってはいけませんが)「あらゆることに公平公正で、常に謙虚な政党をつくっていきたい」とおっしゃいました。公平公正と謙虚。政治がこれで動いたら、恐らく生命誌が望んでいる、生きることを大切にする社会になるはずです。政治は苦手ですが、この言葉がどのような形で具体的に出てくるかが楽しみになりました。

残念ながらこの楽しみはあっと言う間に消えました。総裁になり、首相になったら……実態は御存知の通りです。尊敬していた研究者が、中央の組織の長に選ばれた途端に豹変されるのを見てがっかりしたことを思い出しました。だから権力は嫌いなのです。「権力には近寄らない」。それが生き方でした。権力のない社会で暮らしたいと思います。近著『人類はどこで間違ったか』(中公新書ラクレ)はこの気持ちで書きました。

「公平公正で謙虚」は、別の言い方をすればフラットでオープン、生きものの世界の特徴です。生きものとして生きる世の中にする努力を続けなければいけないと改めて思いました。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶