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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.10.01

「地学」と「生物」の時代

高校の理科の教科書作りのお手伝いをしていると気付くことがあります。「物理」と「化学」は私の高校時代と変わりません。物理は、光学や力学が主ですし、化学は、周期律表を中心にさまざまな元素とそこから生まれる化合物について書いてあります。一方、「地学」と「生物」は、まったく違います。「地学」ではプレートテクトニクス、「生物」ではDNAが基本に置かれますが、私が習った教科書にはどちらもありませんでした。

今では誰もが知っているプレートテクトニクスについては、ウェゲナーが1912年に出した大陸移動説が始まりとされますが、当初は認められず、正当化されたのは1960年代後半(私は社会人になっていました)です。DNAは、19世紀に発見されてはいましたが、それが遺伝子と確定され、二重らせん構造が発見されたのは1953年です。

プレートテクトニクスもDNAも、教科書に載るまでには更に時間が必要でした。つまり、地球と生きものの学問は、まだ始まったばかりと言ってよい状況なのです。遅れているとも言えますし、難しいとも言えるこの二つです。

そもそも地球も生きものも複雑で、論理で攻め法則での説明で終われる相手ではありません。「科学」という言葉で多くの人が思い浮かべるのは、物理や化学のような知でしょう。

地学や生物学もそれに近づけようとしてきました。もちろん、その努力は大事です。分かるところは分からせることです。でも、それだけではない、本当に自然を知る「自然科学」をこれからつくらなければならないと思います。

能登半島での地震と豪雨という理不尽と言いたくなる自然の動きを見ると、これをよく知り、そこから得た知を活かした社会の仕組みを作っていくのが本当の科学・科学技術の役割だと思えるのです。

複雑さに向き合い、自然は自分たちが思うように動かせるものではないのだという気持ちを持つ科学者・技術者がこれからの社会を作っていかなければ、落ち着いた暮らしはできないでしょう。その中で生命誌は、人間は生きものという視点から、小さいながら意味のある役割を果たしていきたいと願います。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶