1. トップ
  2. 語り合う
  3. 研究館より
  4. 何ももたずに生きてきた

研究館より

表現スタッフ日記

2024.09.03

何ももたずに生きてきた

本日公開の季刊「生命誌」118号で、神戸大学の末次健司先生にお話を伺いました。フィールドで見出した様々な生物間相互作用を、観察、行動実験、遺伝子解析、同位体測定などのあらゆる手法で分析してこられた研究者です。お話の中で印象深かったのは、植物でありながら光合成をせず、菌類から養分をもらう植物、「菌従属栄養植物」でした。通常、植物は根っこで菌類と共生しており、光合成産物を菌類に提供する一方、菌類からミネラルをもらうという関係を結んでいます。しかし「菌従属栄養植物」は、菌類に光合成産物を提供するという関係を逆転させ、(ミネラルも菌からもらいながら)自身は光合成をやめてしまった不思議な植物です。

こうした植物は生息地の環境変化に弱く、希少な種が多く、歴史上、たった一度しか見つかっていない種も多数あるそうです。記事では、先生が発見された新種の「菌従属栄養植物」を掲載しましたのでぜひご覧ください。私は、森の中で生きている貴重な瞬間を捉えた写真を見ただけで、手が震えそうでした!

生物の大胆な進化を知ると、私は「生きものって無茶苦茶だな」と思います。生物は「こんな生き方があったのか」と驚かせてくれますし、生き残るための巧妙さはいつも想像を超えてきます。しかし本来、進化は目的をもちません。生物は目的をもって巧妙な生き方を進化させるわけではなく、持って生まれた生き方が、遺伝子レベルで子孫に受け継がれていけば続いていくし、そうでなければどこかで消えてしまうはずです。ある生物種が、私たちの想像を超えた巧妙な生き方を進化させたということは、そこに行き着くまでにたくさんの失敗や行き止まり、つまり個体の死があったのではないかと想像してしまいます。一つひとつの個体は、何ももたずに生に放り出され、まさに一生懸命に生きたことでしょう。

たった一度しか見つかっていない「菌従属栄養植物」の花みたいに、今日も地球のどこかで、これまでにない生き方を試みている生きものがいるかもしれません。その生き方は次の生物史につながるのか、それとも誰も知ることなく消えていくのか、自然がそれを考慮することはありません。「幻の花」と言われるその姿から、「お前はひたむきに生きているか?」「お前は咲いているか?」と問われているような気がしました。