1. トップ
  2. 語り合う
  3. 研究館より
  4. この一瞬でさえ生きていることが不思議

研究館より

表現スタッフ日記

2024.04.16

この一瞬でさえ生きていることが不思議

次の季刊誌の制作に向けて、タンパク質について学んでいます。タンパク質といえば、私たちに必要な栄養素であるというのが一般的な理解だと思いますが、今学んでいるのは、細胞の中でタンパク質がつくられるしくみです。具体的には、細胞の中で遺伝子がアミノ酸の連なりとして写し取られ、それが折りたたまれ、立体構造をもったタンパク質になるという過程です。

ゲノムの情報は、タンパク質という形をとって細胞の内外で機能を発揮します。例えば、弾力ある構造をつくって細胞と細胞の間を埋める「コラーゲン」、筋肉を構成する「アクチン」と「ミオシン」、眼の水晶体の中を満たして光を通す「クリスタリン」など、ヒトでは既知のものだけで十万種はあるようです。食事で摂ったタンパク質は分解され、必要なタンパク質につくり直されます。

教科書にあることばかり述べてしまいました。さて活発な細胞では、たった1秒の間に数万個のタンパク質がつくられるそうです。でもその中で平均して3割、多いものだと9割以上のタンパク質が、本来の機能を発揮しない「不良品」です。「不良品」が生じる主な原因は、タンパク質の折りたたみがうまくいかず、本来の立体構造をとれないこと。放っておくとこれらは絡まり合って他の分子のはたらきを邪魔し、たくさん溜まると細胞はあっという間に死んでしまうというのです。そうなる前に、「失敗」した折りたたみをほどき、分解に回す分子が存在します。これもまたタンパク質です。折りたたみが酸化反応であり、折りたたみをほどくのが還元反応であるため、分解を止めないためには折りたたみを担うタンパク質から折りたたみをほどくタンパク質へと上手く電子を流し、全体として酸化力と還元力のバランスを維持する必要があるようです。さらに反応の多くにはカルシウムを要するので、タンパク質が活発につくられる小胞体では、カルシウムイオン濃度を酸化力と還元力のバランスに応じて制御するタンパク質もはたらいています。

私は「この一瞬でさえ生きていることが不思議だ」と思いました。上の過程を人間の手で一から再現しなさいと言われたら、瞬く間に破綻してしまいそうです。数十億年あり続けることは、人間から見れば不可能なことをやってのけるということなのかもしれません(人間も生きものなのですが)。上記はタンパク質研究の積み重ねから、21世紀に入って見えてきた一つの道筋です。生きているということは、例外なくこれほど複雑な化学反応であり、人間はその凄みにやっと気づきはじめたと言えるのではないでしょうか。

「不良品」を生み出しながらも走り続けてきたのが細胞だと知り、「正しいか、正しくないかではない。生きているんだ。」と内から言われた気がしました。生命の数ある営みの中のこの一つでさえ、私は忘れられないし、人間も他の生きものも、自身も十分すごいじゃないか!と浮かれ気分になってしまいます。私は知らないことに触れると目の前が拓けたような自由を感じ、できればそれをあなたに伝えたいと思うようです。

さて、一通り感激したので冷静になって頭を整理し直さなくてはなりません。次号の発行は6月4日の予定です。この世界をもっと広めて深めて表現したいと思っています。またお会いしましょう。


参考文献
『タンパク質の一生ーー生命活動の舞台裏』永田和宏 岩波新書(2008年)
JAXA高品質タンパク質結晶生成実験サイト「タンパク質って何?」(外部サイト)