
SPECIAL STORY
肉食動物の時間
1.はじめに
「肉食動物」は動物を主な食料とする動物の総称です。食肉目に分類され、ネコ科、イヌ科、クマ科など、現在は16の科に分かれています。わたしたちに身近なイヌは、長い時間をかけて品種改良され雑食に近くなってきていますが、祖先は肉食のため、消化器系はその形態を引き継いでいます。日本にいるクマは雑食性ですが、生活環境により食べ物が限定されるホッキョクグマは肉食傾向が強くなっています。今回は肉食動物の中でも、ネコ科を中心にお話しします。
2.肉食動物の特徴 歯・舌・目・爪・模様
肉食動物は、獲物を捕らえて肉を食べることに特化した特徴を数多く持ちます。まず、大きな特徴は歯です。大きな牙は、獲物を捕まえて噛み殺す、動物の息の根を止めるために使われます。また、その肉を引き裂くのに適した歯を持っています。草食動物は草をすり潰すのに適した平らな奥歯を持っていますが、肉食動物は噛みついて肉を引きちぎると、ほぼ、そのまま飲み込むのです。奥歯(臼歯)は鋭く、肉を噛み切るのに適した構造を持ちます。上顎最後方の前臼歯と下顎の第一後臼歯は「裂肉歯」とも呼ばれています。ネコ科の動物は噛み切った肉を丸飲みするため、あごが短く丸顔です。

(図1) 肉食動物の頭骨(上左)と 草食動物の頭骨 (上右) 肉食動物の歯(下)
肉食(ネコ科)動物は合計30本の歯を持っている(切歯: 上下あわせて12本 / 犬歯: 上下あわせて4本 / 前臼歯: 上下あわせて10本 / 後臼歯: 上下あわせて4本)。
肉食動物は噛みちぎった肉を咀嚼することなく、ほぼ丸飲みします。ヒトの胃酸のpHが1~2であるのに対し、肉食動物は0~1。非常に強い酸でタンパク質を溶かします。とらえた獲物を他の肉食動物に横取りされないように樹上に引き上げ、安全な場所で一度に食べきれなかった場合や、他の肉食動物が残した獲物を食べたりする場合など、時間が経ってから新鮮でない肉を食べる際に、この強酸が殺菌すると言われています。また、草食動物に比べて消化管が短く、吸収もしやすいようです。
次に、舌です。猫を飼っている方は、猫に舐められたことがあるかと思いますが、ザラザラして痛かったのではないでしょうか。舌には糸状乳頭が発達していて、前側の角層が柔らかく、後ろ側が固くなっています。これも肉を食べるための特徴です。肉をかじった後、骨にこびりついた小さな肉をそぎ落とすのに役立ちます。おもしろいのは、生まれたての幼獣の舌には糸状乳頭がありません。成長すると、特に離乳する頃に徐々に生えてきます。

(図2) 糸状乳頭の断面図(左) と 拡大写真(右)
舌の表面の糸状乳頭は、骨から肉をそぎ落とすほか、毛づくろいにも使われる。
そして目です。肉食動物の目は、正面についています。立体視ができ、遠近感を把握します。草食動物では全体視野が330度(図3:緑の範囲)、両眼視野は90度(図3:赤の範囲)であるのに対し、肉食動物の全体視野は250度、両眼視野は120度です。両眼で立体視する部分が多いため獲物が捕まえやすいのです。また、動体視力に優れていて、秒間4ミリというわずかな動きも捉えることができるようです。

(図3) 草食動物と肉食動物の視野
草食動物(左)の全体視野は 330度、両眼視野は 90度。視野が広く、敵を見つけやすい。
肉食動物(右)の全体視野は 250度、両眼視野は 120度。立体的に見える範囲が広く、獲物との距離を把握しやすい。
ネコ科の動物は暗闇での視力が高く、目の中の構造をみると、網膜の後ろに「タペタム」と呼ばれるものがあります。反射板の役割をし、わずかな光でも増幅して見ることができます。夜中に目の前の猫が振り向いた時に、目がキラっと光るところを見たことはありませんか。それは、タペタムによるものです。網膜には、桿体(かんたい)細胞と錐体(すいたい)細胞の二種類があり、桿体は暗いところで、錐体は明るいところで物を見る際に働きます。桿体細胞と錐体細胞の割合によって、昼行性か夜行性かを分けることができます。ネコ科は桿体細胞が多い夜行性です。視力は弱く、ぼやけて見えるようです。また、夜行性の動物の特徴でもありますが、はっきりと色を見ることができません。一方、人間がほとんど真っ暗で何も見えない環境でも、ネコはうっすらと見ることができています。青色、灰色、黄色といった限られた色しか認識できませんが、白と黒の判別に関しては優れており、ちょっとした明暗の違いでも見分けることができます。

(図4) 目の中の構造


(図5) ヒトとネコの見え方(イメージ図) 明るい場所(上) 暗い場所(下)
脚はどうなっているのでしょうか。ネコ科のほとんどの動物は爪を出し入れすることができます。鞘(さや)状の構造になっていて、必要な時にだけ爪を出すことができます。爪は肉球と連動して動き、肉球を地面につけている時に爪は引っ込み、指先を伸ばすと爪が飛び出します。意識せずとも、手を伸ばすと爪が出てきて獲物を捕まえることができる仕組みです。ただし、ネコ科の中でもチーターは爪を出し入れすることができません。チーターは非常に速く走ります。その際、爪はスパイクの役割をするため、爪は出しっぱなしなのです。

(図6) ネコ科の動物が爪を出し入れする仕組み
体表の模様は、進化の過程でそれぞれの種が置かれた環境や生活様式に合わせて形成されたものです。模様があるようには見えないライオンですが、生まれたばかりの頃には斑点模様があり、大人になると薄くなります。ネコ科に多く見られる斑点模様は、光を分散させて影をぼかし、立体感をなくすことで周囲に溶け込みやすくする効果があります。このような擬態(カムフラージュ)のほか、個体間の識別や、警戒色として、また黒い部分は体温調節に役立っていると考えらえます。チーターはライオンと時間が競合しない、日中に狩りをします。チーターの顔には涙状線と呼ばれる黒い線があり、日中の狩りの際の太陽のまぶしさを和らげています。これは野球選手が日中の試合で目の下を黒く塗るのと同じ効果です。
(図7) ライオンの幼獣の模様 (左) ・ チーターの涙状線(右)
3.肉食動物の生活様式
ネコ科動物は基本的には単独生活の種が多く、例外的に群れ(プライド)を形成するのはライオンです。狩りにおいてはトラやサーバルキャットは忍び寄り型、チーターは追跡型、ライオンはチーム協力型と言えます。群れを形成するメリットは、チームで狩りをすることで獲物を見つけやすく、確実にとらえる確率が高くなることです。デメリットとしては、一度の狩りで得られる獲物は一頭の事が多く、群れ全体で分けるため、それぞれが食べる量が少なくなる点です。
ライオンは一日14時間から20時間寝て過ごします。野生下では、必ずしもいつでも狩りに成功するとは限らないため、安定してご飯を食べることができません。そのため、お腹いっぱいになったら、動かず体力を温存します。ライオンのような大きな動物は他の動物に襲われることが少ないので、横になったり仰向けになったりして寝ることが多く、一方で小型の動物は、すぐ立ち上がって走れる体勢、頭を持ち上げたり、伏せの状態で寝るなど、常に警戒しています。ライオンは、寝ている時間以外には、グルーミングをしたり、テリトリーを巡回してマーキングをしたり、仲間同士でじゃれ合うといった行動をとります。幼獣の場合はじゃれ合いの時間が大事で、体力作りにもなり、相手との力関係、社会性を学ぶ時間になります。
4.アドベンチャーワールドの肉食動物(ネコ科)
現在アドベンチャーワールドで飼育しているネコ科は、ライオン、チーター、サーバルキャット、トラ(アムールトラ・ホワイトタイガー)の4種です。全世界では、40種以上のネコ科の動物が生息しています。
(図8) アドベンチャーワールドで飼育しているネコ科の動物(2025年1月時点)
アドベンチャーワールドにおける飼育下での1回当たりの餌重量は、ライオンは9キロ、トラは7キロ、チーターは2キロ、サーバルキャットは0.45キロ。日によっていろいろと肉の種類を変えて与えています。また、大きな動物ほど絶食日を多く設けていて、ライオンは週に3日が給餌の日で、残り4日は絶食日です。餌となる肉は基本は冷凍肉を解凍し、動物の状態、体調に合わせて与えます。例えばチーターは脂肪が多いと下痢を起こすため、脂身を取り除きますし、老齢個体などの嚥下能力が弱い個体には、喉をつまらせないように細切れにしたり切り込みを入れたりします。肉ばかり与えると全肉症候群というカルシウム不足の状態になってしまうため、飼育下ではビタミンやミネラルを人工的に添加しています。
5.計画的な繁殖
動物園の役割の一つに、「種の保存」があります。ただ単純に数を増やせば良いというわけではなく、永続的に種が存続していくことのできる数を維持すること、将来の生存が可能なように遺伝的多様性を残すことが重要です。
チーターやトラといった希少種は、日本動物園水族館協会で血統登録書を作成し、国内の飼育機関同士で情報を交換しています。1つの施設内での繁殖では同じ血統ばかりになりますが、ブリーディングローン制度(繁殖のための動物の貸し借り)を利用し他の施設と協力することで、遺伝的多様性を保持した繁殖が可能になります。国内だけでなく、国際血統登録もあります。遺伝的多様性維持のためには、海外からの新規血統個体導入が不可欠なのです。現在繁殖に取り組んでいるアムールトラは、ドイツ・韓国から導入した個体です。このように、国外の施設とも協力しながら、種の保存に取り組んでいます。

(図9) アドベンチャーワールドで生まれたネコ科の動物の赤ちゃん

松井 睦(まつい・むつみ)
愛知県豊田市出身。1992年株式会社アドベンチャーワールド(現 株式会社アワーズ)入社。飼育現場で数々の動物を担当し、肉食動物を管理するサファリ課のマネージャーを経て、現在は飼育業務・環境を改善し、安全管理推進部門のプロジェクトマネージャーとして勤務。
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