RESEARCH
哺乳類の鼻をつくった顔の進化
脊椎動物の顔の形づくりには、ある決まった発生学的なルールがあると考えられてきた。しかし実際には、哺乳類は他の脊椎動物と大きく異なる顔を持つ。どのようにして哺乳類は特徴的な顔を手に入れたのだろう。
1.形づくりの共通と多様
私たち脊椎動物の体の形づくりは5.5億年以上の進化を通して概ね保存的と考えられており、頭があって首があって手足があって…と、互いに相同な構造が相対的に同じ位置関係を保っている。しかし、その一方で脊椎動物の多様化はこの形づくりのルールの破綻によって生じてきた(図1)。実際に進化の歴史の中では、一見して相同性に当てはまらないようなダイナミックな形態の変化がしばしば起こる。身近な哺乳類の顔も、実はその例の1つだ。
(図1)多様な脊椎動物
2.特徴的な哺乳類顔
脊椎動物の顔を並べたとき、皆、2つの目があり、口があり、歯の生える上下の顎がある。これに加えて、哺乳類の顔というのはユニークな特徴がたくさんある。例えば、他の動物には無い、唇を動かし表情を作るような表情筋があるのもそのひとつ。しかしもっと根本的な違いがある。「鼻の頭は?」と問われればヒトを含む哺乳類であれば顔の真ん中の突起を指せる、しかし、カエルやトカゲ、鳥においてはどうだろう…。彼らの鼻は口と一体化しており、上あごの途中に単に鼻の孔が開いているだけだ。一方で哺乳類の顔は、顔の真ん中に機能的にヒクヒク動く、上あごとは独立した鼻がある(図2)。この“独立した鼻”は実は哺乳類だけの特徴なのだ。このように、哺乳類とそれ以外の脊椎動物で形態的な差があるにも関わらず、その進化的背景については全くの謎だった。では、どんな進化がこの哺乳類特有の顔を生んだのだろうか。
(図2)特徴的な哺乳類顔
3.骨の位置を比べる
脊椎動物の顔の構造を比べるため、ニホンアカガエル、ソメワケササクレヤモリ、ニワトリ、ハリモグラ、マウスなどの胚の組織切片を三次元再構築し、骨格や神経の位置関係を立体的に比較した。すると、意外な事実が判明した。過去200年以上にわたって哺乳類でも爬虫類でも、両生類でも真骨魚類でも、上あごを構成する骨は同じ要素から為っていて、口先の骨は「前上顎骨(ぜんじょうがくこつ)」で構成されると考えられてきた。しかしマウスにはその場所に骨はなく、鼻の穴の後ろに位置する骨が成長することで口先の骨をつくっていた(図3)。神経との対応関係から、このマウスの口先の骨はこれまで爬虫類や両生類で「中上顎骨(ちゅうじょうがくこつ)」として知られてきた骨と相同であることが示された。哺乳類の中でも、卵を産むなど、原始的な特徴をもったハリモグラ(ハリモグラの胚は貴重なものなので、ベルリン自然史博物館に所蔵されている1920年代の標本をもとに三次元像を作成した)では、発生の当初は鼻の穴の間にあった前上顎骨が後に縮小してゆき、代わりに中上顎骨が大きくなって上あごの先を側方から覆うという、まるで爬虫類型から哺乳類型への移行をなぞらえるような発生を経る。上記のデータは、哺乳類の進化過程で上顎の骨の大幅な入れ替わりがあったことを示唆している。それではこの差異をもたらしたのはどんな発生学的な変化だろう。
(図3)哺乳類の口先は、他の脊椎動物と異なる骨でつくられる
4.発生を比べる
脊椎動物は咽頭胚(注1)の時期に共通して、咽頭弓という将来のエラや喉の構造の元になる連続した突起状の構造をつくる。その再前端にある第一咽頭弓からできる「上顎突起(じょうがくとっき)」が上あごの付け根を生じ、上あごの先端だけは前脳や眼や鼻を覆う領域である「顎前領域(がくぜんりょういき)」からできる。これはニワトリやゼブラフィッシュを使った実験でも示されており、約4億年前に顎を獲得した最初期の脊椎動物である板皮類(あごをもつ最も古い魚類)でさえも、おそらく同様だと推測されている。ところが、我々が遺伝子改変マウス(Dlx1-CreERT2)を使って上顎突起の細胞を標識しその系譜を追跡すると、標識細胞はマウスの口先を含めた上あごのほぼ全ての領域で観察された(図4)。この結果は、マウスでは上あごのほぼ全ての要素が上顎突起から生じるということを示唆している。哺乳類の進化過程で、約4億年前から保存されてきた上あごの形づくりのルールが変化し、その結果、もともとちゃんと歯まで備えて上あごとして機能していた顎前領域が、上あごから独立してヒクヒク動く鼻部へと変化したのだ。 哺乳類の上あごは全て上顎突起からなる
(注1) 脊椎動物の体をつくる基本の形。骨格の分布は咽頭胚期の領域に従う
(図4)哺乳類の上あごは全て上顎突起からなる
5.化石と比べる
こんなダイナミックな変化が本当に歴史上で起こったのだろうか?哺乳類の祖先を調べるため、私はテュービンゲン大学のコレクションにある、単弓類(爬虫類の系統から分岐した、哺乳類に至るグループ)の化石を詳細に観察した。すると、最も初期の単弓類であるペリコサウルス類(ディメトロドンなど)などでは前上顎骨と中上顎骨とがちょうどトカゲやカエルと同様のプロポーションをもっていたのが、ゴルゴノプス類では中上顎骨の外側が広がって上あごの先端を覆うようになるという進化的な傾向を確認できた。なるほど化石からも後期ペルム紀から中期ジュラ紀に至るまで、約1億年かけて少しずつ哺乳類顔を生み出す変化が起こっていたようだ(図5)。
(図5)1億年かけた段階的な変化が哺乳類の特徴的な顔を生んだ
6.これからの進化
なぜ哺乳類だけがこのような変化を起こしたのだろう。こうした疑問が当然わいてくるが、これに関しては現在の所まったく分かっていない。スッポンのように一見して突き出た鼻をもつような爬虫類なども存在しているが、どれも爬虫類的な顔の発生過程を維持しているため、祖先的なルールを逸脱するほどの変化を経たものは実際に哺乳類の系統以外にほとんどいないようだ。哺乳類の鼻の独立は、発達した嗅覚や、口内を陰圧にすることによって母乳を飲むことなどを可能にした。これはマウスだけではなく、ゾウやクジラなども含めた哺乳類の顔を見ても共通であり、広く哺乳類に保存された特徴とみて良いはずだ。しかし、こうした機能が確立するのは哺乳類が哺乳類らしい顔を獲得した後での話であり、単弓類の系統がごく初期の段階から約1億年もかけてほんの少しずつ骨の位置を変えてきたことに納得のゆく説明が与えられない。もしかしたら、環境からの選択圧というよりは、内在的な発生システムの中に進化しやすい何らかの要因がもともと存在していたのかもしれない。詳細な発生学的観察に加えて、空間トランスクリプトームなどを組み合わせて網羅的に上あごの形成にはたらいている遺伝子を調べ上げ、比較することによってその糸口がつかめるのではないだろうかと考えている。仮に「進化のしやすさ」のようなものが見つかってきたとしたら、今度は1億年後、哺乳類の系統がどんな形の進化を辿ってゆくのだろうか…という未来進化への予測だって、ひょっとしたらできるのかもしれない。
東山大毅(ひがしやま・ひろき)
滋賀県出身。2009年筑波大学生物学類卒業、2014年神戸大学理学研究科博士課程修了。東京大学農学生命科学研究科 特任研究員、東京大学医学系研究科 特別研究員SPDを経て、2020年より東京大学医学系研究院 代謝生理化学教室 特任研究員。