RESEARCH
ニューロンを新天地へ送り出す
サブプレートニューロン
哺乳類の認知や学習を支える大脳新皮質は、胎児期にニューロンが「旅」をすることででき上がる。私たちは、ニューロンの旅を制御する意外なしくみを発見した。
1.哺乳類の脳機能を支える大脳新皮質
ヒトが進化の過程で獲得した特徴的な脳のはたらきに、言語能力や高度な学習能力、認知機能などがある。これらを担うのは、大脳の表層を覆う「大脳新皮質」と呼ばれる領域である(図1)。その断面を顕微鏡で観察すると、性質や形態の異なるニューロンが精緻に配置された6つの層からなることがわかる。大脳新皮質は哺乳類だけがもつ領域で、ヒトで特に発達している。6層構造に配置されるニューロンの総数が数百億個にものぼるのである。これらのニューロンがつくりだす精密な神経回路を使って私たちは判断し、覚え、言葉で表現しているのだ。
(図1) ヒトの大脳新皮質
大脳新皮質は哺乳類のみがもつ6層構造の皮質。右の断面スケッチはS. R. y Cajal著、Comparative study of the sensory areas of the human cortex (1899)より。出典:Wikimedia commons
2.ニューロンが動いて大脳新皮質をつくる
大脳新皮質の精巧な構造は、胎児の脳の発生過程において形成される。脳の深層で生まれたニューロンが表層に向かって移動し、自らが機能すべき場所で停止するのである。こうして次から次へと新しく生まれたニューロンが表層への移動をくり返し、6つのニューロンの層ができる(図2)。移動を終えたニューロンは軸索を伸ばし、特定のニューロンとの間で、神経伝達に特有の接着構造(シナプス)をつくる。こうして多数のニューロンがつながり、複雑な神経回路ができあがる。
(図2) 哺乳類の大脳新皮質ができるまで
新生ニューロンの移動過程で何らかの不具合が生じると層構造が乱れ、脳奇形やさまざまな神経疾患・精神疾患の発症につながる。私たちはこうした疾患の解明も視野に入れ、ニューロンの「旅」を制御するしくみの解明に取り組んでいる。
3.新生ニューロンの移動をみる
マウスの胎児に子宮内電気穿孔法(註1)を用いて新生ニューロンのさまざまな遺伝子のはたらきを抑え、その影響を観察することで、ニューロンの移動に関わる遺伝子を探した。観察を続けるうちに、私たちはある共通点に気づいた。遺伝子の抑制によってうまく移動できなくなったニューロンは、しばしば大脳新皮質のちょうど半ばで表層への移動をやめ、その場に留まってしまうのである(図3)。皮質の半ばに何か境界があるのだろうか? この問いから研究は新たな展開を見せた。
(図3) 新生ニューロンが滞留する境界線
正常な脳の発生(左)では、ニューロン(緑)が表層へ移動していく。神経疾患の原因遺伝子の候補 RP58 をノックダウンしたマウスのニューロン(右)は、皮質半ばの境界線(白い点線)で滞留する。
さまざまな解析によって、私たちは「サブプレート層」と呼ばれる場所を境に、ニューロンが滞留することを突き止めた。サブプレート層を構成するサブプレートニューロンは、大脳新皮質の形成過程で最も早期に誕生するが、脳ができあがると細胞死によって消失するので、その役割は知られていなかった。そこでサブプレート層の役割を探るため、培養した脳の切片の細胞をタイムラプス観察し、脳の発生の際のニューロンの移動を追った。
移動する新生ニューロンは2つの動きを使い分けて表層へ向かうことが知られており、それぞれ「多極性移動」と「ロコモーション」と呼ばれている。多極性移動はさまざまな方向に徘徊する動きであり、ロコモーションは、まっすぐ一方向に高速で向かう動きである。私たちの観察では、新生ニューロンはまず多極性移動によってサブプレート層に近づき、そこに到達すると一度立ち止まることがわかった。そしてしばらくの後、移動方法をロコモーションへと切り替え、まっすぐ表層へ上っていくのである(図4)。サブプレート層を境に新生ニューロンの動きが変わるのである。そこで私たちは、サブプレート層が新生ニューロンへのシグナル伝達の場ではないかという仮説を立てた。
(図4) 新生ニューロンの移動のようす
動画:サブプレート層を通過する新生ニューロン(緑)のいくつかを、色つきの丸でマークした。ニューロンはサブプレート層(SP)に達するとしばらく停止し、その後まっすぐ表層へ向かう。
図:新生ニューロンの移動の模式図
動画はMaruyama et al., Science,issue 6386,313-317(2018) Movie S1より
http://science.sciencemag.org/content/360/6386/313.long
(註1) 子宮内電気穿孔法
妊娠中のマウスの子宮に電気パルスを加えることで、DNAなどの分子を子宮外から子宮内の胎児に導入する方法。マウス胎児が生きたまま、その脳細胞などに任意の遺伝子を導入することができる。
4.シナプスを介したシグナル伝達
細胞がシグナル伝達を受けると、細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)の濃度が変化する。新生ニューロンがサブプレート層でシグナル伝達を受けているか否かを確かめるために、カルシウムイオン動態を測定したところ、予想通りサブプレート層に達したニューロンで一過的なカルシウムイオン濃度の上昇が起きていた。
私たちはシグナルを送っている正体がサブプレートニューロンであると考え、サブプレートニューロンと移動ニューロンを異なる蛍光標識でラベルして両者のふるまいを観察した。するとサブプレートニューロンは、新生ニューロンがやってくる脳の深層に向かって軸索のような突起を盛んに伸ばしていたのである(図5:動画)。その突起が、接近してきた新生ニューロンと密に接触しているようすも捉えることができた。さらに電子顕微鏡で両者の接着部を見てみると、シナプスに類似した構造が見られた(図5)。そこには神経伝達物質の入ったシナプス小胞とみられるものが写っていたので、蛍光シグナルを用いた小胞放出のイメージングを行なった。するとサブプレート層の直下に小胞の膜の存在を示すシグナルが観察でき、またシナプスの形成部に、神経伝達物質のグルタミン酸を小胞に運ぶタンパク質(VGLUT2)が局在していることを確認できた。ここから、グルタミン酸が新生ニューロンに向けて放出されていることが明らかになった。
シナプスは神経伝達用の構造であり、脳ができあがって回路としてはたらき始める際に初めてつくられると考えられてきたので、発生途中の脳の、未熟かつ移動中のニューロンにシナプス構造が見られたことは驚きだった
(図5) サブプレートニューロンと新生ニューロンの間のシナプス形成
動画:サブプレートニューロン(緑)が、新生ニューロン(赤)がやって来る脳の深層に向かって軸索(矢印)を伸ばすようす。
図:両者の接合部に見られたシナプス様構造
動画はMaruyama et al., Science,issue 6386,313-317(2018) Movie S2より
http://science.sciencemag.org/content/360/6386/313.long
5.シグナルの授受と移動様式の変換
サブプレートニューロンの神経活動を抑制すると、新生ニューロンのサブプレートより表層側への移動は見られない。また、新生ニューロン側の神経伝達物質の受容体遺伝子のはたらきを抑制し、神経伝達を受けられなくすると、やはり新生ニューロンの移動が抑えられた。そこで神経伝達物質のグルタミン酸を新生ニューロンに投与したところ、サブプレート層に達していない新生ニューロンが、ロコモーションに切り替わることがわかった。新生ニューロンの表層への移動には、サブプレートニューロンのシナプスを介したシグナル伝達が不可欠と考えてよい。
これらの結果から、次のようなモデルを考えている。まず、移動を始めた新生ニューロンは、多極性移動でサブプレート層に近づき、一過的なシナプスを介してサブプレートニューロンからグルタミン酸を受けとる。すると多極性細胞内のカルシウム濃度が上昇し、細胞内でいくつかの遺伝子が発現し、細胞骨格の再構成や接着分子の生産が促される。こうして細胞の形や接着性が変化し、移動様式がグリア線維を伝ってのロコモーション移動へと切り替わるというモデルである(図6)。
(図6) 私たちが発見したシナプスの新たな役割
シナプスは通常、ニューロン間の情報伝達に使われるが、サブプレート層では、ニューロンの性質を変化させるためのシグナルとして使われていることを見つけた。
つまりサブプレートニューロンは関所に立って、旅の途中の新生ニューロンを新天地である表層へと送り出す存在といえる。シナプスはニューロン間の神経情報伝達に用いられるものだというこれまでの常識を覆し、発生期のシグナル伝達の道具としても使われることを発見できた。今後、このしくみに関与する遺伝子の機能解析を進め、様々な神経・精神疾患の原因解明につなげていきたい。
6.細胞の移動様式と哺乳類脳の進化
大脳新皮質は哺乳類に特有の構造である。トリやカメなど、大脳新皮質をもたない非哺乳類脳はサブプレート層ももっていない。彼ら非哺乳類の新生ニューロンには多極性移動に似た移動様式しか見られず、ロコモーションへの変換が起きないことがわかってきた(図7)。脳の進化の過程で、哺乳類の祖先はサブプレート層とそこでのシグナル伝達のしくみを獲得し、大脳新皮質を進化させたのではないだろうか。新生ニューロンの新しい移動のしくみの獲得により、たくさんのニューロンを効率よく遠くへ移動させることができ、それが哺乳類の脳の進化に重要だったのではないだろうか。サブプレートニューロンがそこで大きな役割を果たしたのではないかと考えている。
(図7) 哺乳類と非哺乳類の脳の発生の比較
丸山 千秋(まるやま・ちあき)
1991年東京大学大学院理学系研究科動物学専攻博士課程修了。理学博士。米国NIH博士研究員、理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て、2016年より東京都医学総合研究所副参事研究員。