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RESEARCH

ヒトから知るエピジェネティクスと進化

有馬隆博東北大学

体を構成する細胞は、一つの受精卵からつくられ、同じゲノムDNAをもちながら様々なはたらきをする。それを可能にするのが、DNAの塩基配列を変えずにメチル化などの修飾により遺伝子のはたらきを変えるエピジェネティクスである。受精卵から胚が発生するときの修飾が、細胞の記憶としてのはたらきに関わることがわかりはじめたので、ヒト生殖細胞のメチル化の全貌を解明した。

1.エピジェネティクスとは

ゲノムDNAが担う遺伝情報は塩基配列にあるとされてきたが、近年の研究で塩基配列が同じでも異なる情報を示すことがわかってきた。私たちの細胞内のDNAは、ヒストンタンパク質に巻きついた形で存在しておりヒストンタンパク質がアセチル化などの化学修飾を受けるとDNAのありようが変化する。またDNA自身もメチル化(註1)などの修飾を受け、それによってはたらきが変わってくる。このような変化を示す遺伝情報をエピジェネティクスという。一つの個体を構成する様々な細胞が、受精卵から受けついだ同じゲノムDNAを持つにも関わらず異なる機能を発揮するのは、細胞のエピジェネティクスが異なるためである。エピジェネティクスの情報は、分子の付加や消去によってDNAの構造を変え、ゲノムDNAにある遺伝子の発現をオン、オフする、いわばスイッチの役割を果たしている。つまり個体を構成する多様な細胞が正しく働くためには、各細胞の持つエピジェネティクスが重要なのである(図1)。

(図1) エピジェネティクス

一つの受精卵のもつゲノムが、さまざまな機能をもつ細胞に分化する過程で、各細胞のエピジェネティクスが確立される。

ヒトの一生のあいだでエピジェネティクスが最も大事な役割をするのが、受精卵から発生が始まる発生初期である。エピジェネティクスの情報は、細胞分裂を通して伝達され、細胞の分化や個体の発生を司る。我々は、ヒト初期胚発生過程のエピジェネティクスの理解をめざして、DNAメチル化の変化を網羅的に解析した。同時にマウスとの比較も行い、エピジェネティクスの多様性や進化との関係も解明しつつある。
 

(註1) DNAメチル化

DNAメチル化では、シトシン(C)とグアニン(G)の隣り合う場所(CpG)で、シトシンがDNAメチル化酵素により5-メチルシトシンになる。遺伝子の調節配列のメチル化は遺伝子発現の不活性化、遺伝子配列内のメチル化は活性化にはたらく。



2.初期胚とエピジェネティクス

哺乳類の個体発生は、卵子と精子が出会う、受精から始まる。この受精時に生殖細胞が持っていたゲノムからエピジェネティクスの情報が消去される。これをゲノムの初期化と呼び、初期化を受けた細胞は個体をつくるすべての細胞に分化する能力、全能性(註2)を獲得する。マウス胚の解析から、ゲノムの初期化では、メチル化が消去(脱メチル化)されるのだが、この時、精子由来、卵子由来のゲノムは異なる過程を経ることが知られている。受精後、精子由来ゲノムは、酵素(Tet3)によってメチル基が置き換えられて脱メチル化される(能動的脱メチル化)(註3)。一方、卵子由来ゲノムは、母性タンパク質によって脱メチル化から保護されている。ただし、DNA複製のときにメチル化を伝える酵素(Dnmt1)がないので、細胞分裂のたびにメチル化DNAが失われる(受動的脱メチル化)(図2)。

(図2) マウスの初期発生におけるメチル化の変化

マウスでは、精子、卵子のどちらの染色体も同程度に脱メチル化されて、ゲノムが初期化し、全能細胞となる。

なぜかこのように経緯は異なるのだが、いずれも脱メチル化され初期化した全能性細胞になるのである。そして着床後、細胞の分化が進むにつれ細胞系譜に従ったエピジェネティクスが確立され、様々な組織や器官を形成していく。
 

(註2) 全能性(totipotency)

個体をつくるすべての細胞に分化する能力を獲得した細胞。接合子である受精卵がそれにあたる。人工多能性幹(induced pluripotent stem:iPS)細胞、胚性幹(embryonic stem:ES)細胞は多能性(pluripotency)を有するが、全能性は有しておらず、これらの細胞のみで個体を発生させることはできない。

(註3) 置換による脱メチル化

受精卵では、DNAの脱メチル化がメチル基(-CH3)の除去ではなく、ヒドロキシルメチルトランスフェラーゼTET3によるメチル基のヒドロキシル化(-OH)によりおこる。



3.ゲノムインプリンティング

ところで初期化の過程で脱メチル化を受けない配列がある。ゲノムインプリンティング(遺伝子刷り込み)を受ける配列である。

ゲノムインプリンティング(以下インプリンティング)とは哺乳類において精子および卵子の形成過程でそれぞれ異なるエピジェネティクスを受け、ゲノムに雌雄で異なる情報が刷り込まれる現象を指す(図3)。

(図3) ゲノムインプリンティング

配偶子形成のときに父方、母方で異なるメチル化を受ける。精子と卵子のどちらかがメチル化され、もう一方が非メチル化していることで、両親のゲノムがそろうと遺伝子のオン、オフの制御が可能になる。

この制御を受けて父由来か母由来かによって発現量に差が出る遺伝子をインプリント遺伝子と呼ぶ。哺乳類で雄雌どちらか一方のゲノムしか持たない単為生殖胚を作るのが困難なのは、雄雌双方のインプリンティングを受けたゲノムを持たなければ正常な発生ができないからである。

まず次世代を生み出す生殖細胞に分化する始原生殖細胞が生まれるときには、インプリンティングを含め父母のゲノムのエピジェネティクスの記憶はすべて消去される。その後、雄では胎児期に減数分裂前の前精原細胞において、雌では卵子が排卵にむけて成熟を開始する成長期卵母細胞において、メチル化が生じ、新たなインプリンティングが確立される。これは受精直後の初期化の脱メチル化に抗して保護され、分化後の体細胞において生涯を通して維持されるのである。

4.ヒト初期胚のメチル化の変化

受精卵から全能細胞への初期化の過程のメチル化の変化は、マウスで研究されクローン作成技術などに活かされているが、ヒトでの研究は倫理的問題から限られている。我々は、生殖補助医療に由来するヒトの卵子及び胚を倫理委員会の承認を得て用い、ヒトの初期発生におけるDNAメチル化の変化をバイサルファイトDNAシークエンシング法(註4)で解析した。精子と卵子を比較すると、精子はメチル化の割合が高く、卵子は中程度であるというマウスと同じ傾向を示した。一方、初期化を受けた胚盤胞ゲノムのメチル化を見ると、精子由来では能動的脱メチル化を受けていたが、卵子ではあまり変化がみられなかった (図4)。従ってヒトでは受動的脱メチル化は不完全であると考えられる(図5)。

(図4) ヒトの精子、卵子、胚盤胞のメチル化の比較

21番染色体の長腕のメチル化のパターンの比較。胚盤胞の割合が卵子の半分程度(半分は精子由来)でパターンが似ていることから、胚盤胞初期化で卵子のメチル化が残っていることがわかる。

(図5) ヒトの初期発生のメチル化の変化

ヒトでは卵子のメチル化は初期化を通し維持されることがわかった。

そこで卵子のメチル化を調べると、ヒトでは少なくとも44カ所の卵子特有のメチル化領域があり、そのうち15カ所が胎盤の細胞にのみ見られた。マウス卵子では、メチル化領域は22カ所と胎盤だけは1カ所のみである。ヒトでは、初期化を経ても卵子由来のメチル化がマウスに比べて多く残り、胎盤の遺伝子の発現に関わるのではないかと考えられた。

次に卵子で発現する遺伝子との関係を調べたところ、遺伝子配列内のメチル化はその遺伝子の発現と相関するが、ヒトのみでメチル化している遺伝子はマウスに比べて千個近く多かった。その一方で、マウスでDNAメチル化に必要な酵素Dnmt3lは、ヒトでは発現がみられなかった。その代わりにヒトではセントロメア領域(註5)のメチル化に関わるDNMT3Bが多く発現していた。セントロメア領域はヒトではメチル化され、マウスではメチル化されていないので、この酵素がヒトの新規のメチル化とセントロメアのサテライト配列のメチル化にも寄与していると考えられる。

精子由来のDNAでは初期化の過程で大規模な脱メチル化がおこるが、残っている位置を調べたところ移動能力の高いレトロトランスポゾン(註6)がメチル化されていた。レトロトランスポゾンによる転移がゲノムに変異をひきおこすと、発生異常や疾患の原因となるため、それを防御する役割があるのだろう。こうしてヒトとマウスでは異なる現象がみられるので、ヒトのエピジェネティクスの理解にはヒトでの研究が重要であることが明らかとなった。
 

(註4) バイサルファイトDNAシークエンシング法

ゲノムDNAにバイサルファイト処理をするとメチル化されていないシトシンがウラシル(チミン)に置き換わることを利用し、バイサルファイト処理をしていないDNAとのシトシンとチミンの差によってメチル化の有無を検出するシークエンシング手法。

(註5) セントロメア

染色体の長腕と単腕の交差する位置にあり、細胞分裂のときに染色体を分配するための構造をつくる。高等動物ではサテライトDNAという繰り返し配列が数百塩基にわたって見られる。
 

(註6) レトロトランスポゾン

ゲノム中に散在するレトロウイルスなどの内在性ウイルスや転移性の配列(LINE、SINE、SVAなど)で、ゲノム中に繰り返し大量に現れるので反復配列と呼ばれる。RNAポリメラーゼにより転写されコピーアンドペースト様式でゲノム中に挿入され増幅する。



5.エピジェネティクスから見える哺乳類の進化

最近、様々な動物の初期発生におけるDNAメチル化の変化が報告され、受精後の初期化機構は、生物種によって多様であることがわかってきた。ゲノムインプリンティングは哺乳類にしか認められない現象で、胎盤の進化とともに獲得されてきたと言われている。生物種によってインプリンティングを受ける遺伝子の数や領域は異なっているので、この共通性や多様性を明らかにすることが哺乳類の進化を解明する上での手がかりになるかもしれない。また、エピジェネティックス機構の進化には、ウイルスゲノムの侵入も深く関わっている。例えば、ヒトゲノム上に散在する内在性ウイルスなどの反復配列の多くは強固にメチル化され、ゲノム中を転移しないように抑制されている。これらの転移性の配列のゲノムへの侵入に対する感染防御の戦略が、高等動物では、エピジェネティクスに関わる様々な現象として発達した可能性が考えられる。塩基配列だけではわからない複雑なメカニズムが明らかになってきた今、哺乳類やヒトの進化の解明にも更なるエピジェネティクス研究が必要である。

 

有馬隆博(ありま たかひろ)

1986年鳥取大学医学部卒業。1993年九州大学生体防御医学研究所附属病院助手(医学博士)。英国ケンブリッジ大学Wellcome CRC研究所リサーチフェローを経て、2006年より東北大学大学院医学系研究科助教授(准教授)。2010年より同情報遺伝学分野教授。



 

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