RESEARCH
オートファジーの現場をとらえる
-細胞が自分を食べる理由-
生命現象を支える目に見えないエネルギーや物質の流れ、つまり代謝を目に見えるかたちで理解しようと、分子を「観る」ことに挑んだ。細胞が生きる姿を動的に捉える方法で、細胞が自分を食べる理由に迫る。(文責:編集部)
1.適切に処理する方法
生命現象の単位、細胞は生きるために必要な要素を日々作り上げると同時にそれらを適切に処理する必要がある。例えば、図1のようにヒトはアミノ酸からつくられたタンパク質を分解してアミノ酸プールにためて、その後再利用する。人間社会に置き換えてみれば、ものを作るだけでは立ちゆかなくなり、資源の再利用やゴミ処理が大切であるのと同じである。
(図1) 成人の一日あたりのタンパク質代謝
食事で得るタンパク質より体の中で新たにつくられるタンパク質の方が約2.5倍も多い。ヒトは常に体内のタンパク質を分解してアミノ酸プールにためてから新しいタンパク質を作り直している。
真核細胞には内部要素の大がかりな分解系がふたつある(図2)。ひとつはユビキチン・プロテアソーム系だ。ここでの主役はユビキチンという小さなタンパク質である。不要なタンパク質にユビキチンが結合するとプロテアソームによる分解が始まる。つまり、不要なタンパク質だけを厳密に識別して分解する選択的タンパク質分解系だ。2004年のノーベル化学賞の受賞対象となったものである。もうひとつの大規模な分解系は今回扱う、オートファジーだ。意味は「自分を食べる」。日本語では自食作用と呼ぶ。まず一重の隔離膜が現れて細胞質の一部を囲い、オートファゴソームという二重膜の構造体をつくる。約1μmの領域が無差別に包み込まれてしまうのだ。そこにさまざまな分解酵素を含んだリソソームが融合すると、オートリソソームとなり、囲われた中身が分解される。不要なタンパク質だけでなくミトコンドリアなどのオルガネラもまとめて壊す非選択的分解系で、この点でユビキチン・プロテアソーム系とは大きく異なる。
(図2) 真核細胞内の2つの分解系
2.オートファジーを追いかける
オートファジーという現象は、電子顕微鏡のみの観察で1960年代には確認されていたが、生理学的な意味やどのような分子群が関わっているのかは長い間不明であった(図3)。しかし、1980年代終盤に大隅良典教授(現・基礎生物学研究所)らが出芽酵母にもオートファジーの機能があることを確認し研究が一気に進んだ。酵母は遺伝学的解析が進んでいるので、これまでに20個近いオートファジー関連遺伝子が見つかっている。興味深いことに、そのほとんどが哺乳類を含めた高等動植物にも存在している。これらの遺伝子がつくり出すタンパク質を解析したところ、隔離膜やオートファゴソームなど、オートファジーに関わる膜に局在するタンパク質群が発見された。そこでこれらのタンパク質分子に目印となる緑色蛍光タンパク質(註1)を付け、生体内のオートファジー現象を蛍光顕微鏡で観察した(図4)。
(図3) 電子顕微鏡でみるオートファジー
オートファゴソームの内部は外側と全く変わらないようすなので、隔離膜が無差別に細胞内を囲っているのがわかる。リソソームが結合したオートリソソームの中にみえる黒い物質は分解されたタンパク質などである。
(Mizushima N. et al. : J. Cell Biol. 2001より改変)
(図4)オートファジーを蛍光顕微鏡で観る
Agt5やLC3というオートファジーに関係する膜に集まるタンパク質に緑色蛍光色素をつなげ、オートファジーを時間を追って観察できるようにした。輝く点の一つ一つがオートファゴソームである。
マウスの培養細胞で、隔離膜に局在するタンパク質Atg5に緑色蛍光タンパク質をつなぎ、その挙動を蛍光顕微鏡で追った。飢餓状態にすると細胞内に小さな輝点が次々と現れた。輝点はしだいに伸長し、やがてわん曲して球状のオートファゴソームへと成長する(図5,動画1)。まさに細胞が自身の一部を食べる現場だ。ここまでに約10分かかる。Atg5はオートファゴソームが完成すると膜から離れてしまうので、完成したオートファゴソームにも結合するLC3を使い細胞内のオートファゴソームを追う研究も行った。
(図5) オートファゴソームができるようす
隔離膜が伸張するときに集まるタンパク質Agt5に緑色蛍光色素をつなぎ、飢餓状態のマウス細胞で観察した。隔離膜が伸張しながらお椀のような形になり、オートファゴソームへ成長する様子がわかる。
(Mizushima N. et al. : J. Cell Biol. 2001より改変)
(註2)緑色蛍光タンパク質
1960年代にオワンクラゲから見つかった発色団をもつタンパク質で、緑色の蛍光を発する。調べたい遺伝子に緑色蛍光タンパク質の遺伝子をつなげれば、その遺伝子が生きた細胞内や個体のどこではたらいているのかがわかるため、細胞生物学や分子生物学などの分野で威力を発揮している。
3.いつ?どこで?どのくらい?を観る
次に知りたいのは、オートファジーは個体内のどこで、いつ、どのくらいおきているのかである。そこでオートファゴソームに局在するLC3に緑色蛍光タンパク質をつないだ遺伝子を入れ、それが全身ではたらく遺伝子改変マウスをつくった。このマウスの組織切片を蛍光顕微鏡で観察するとオートファジーがおこっている様子を簡単に知ることができる。
このマウスの解析から、絶食時にほとんどの臓器でオートファジーが活発になることがわかった(図6)。なかでも骨格筋や心筋などの細胞などで活発であった。オートファジーは、栄養飢餓時に、やむを得ず自身の一部を分解してそこから栄養素を獲得することにあると考えられる。
(図6)飢餓時に活発になるオートファジー
緑色蛍光色素をつないだLC3をもった遺伝子改変マウスの凍結切片を観察した。栄養状態の良い飽食時には、肝臓の細胞でも骨格筋でもわずかにオートファジーがみられるだけである。一方、24時間絶食させるとオートファジーを示す明るく輝く点が増える。栄養状態によってオートファジーのおきやすさが変わるのだ。(水島昇:実験医学2004より改変)
さらに興味深いことにオートファジーは出生直後の新生児でも顕著にみられた。マウスでは出生後30分以内にオートファジーが起こり始め、3-6時間後にピークを迎え、1-2日以内に再びもとのレベルに落ち着いていく(図7)。臍帯からの栄養供給が突然途絶えた新生児は想像を超える激しい飢餓状態に陥っているのである。
4.みえてきたオートファジーの意味
このように激しくおこるオートファジーの重要性を知るために、隔離膜の伸長に必要なAtg5遺伝子をノックアウトし、オートファジーができないマウスを作製した。このマウスはほぼ正常に生まれるが、生後まもなく深刻な栄養不良とエネルギー低下状態になる。特に血中や組織中のアミノ酸濃度が際だって低下する。これはオートファジーが、アミノ酸供給を通じてエネルギー恒常性に関わっていることを示している。
マウス以外でも、オートファジーのおきない変異体の解析により、実に多彩な異常が観察されている(図8)。出芽酵母では胞子がうまくつくれず、細胞性粘菌ではアメーバ体から子実体への分化ができない。線虫ではダウアー(耐性)幼虫(註2)になれず、ショウジョウバエでは蛹期で死んでしまう。一見無関係と思われるこれらの表現型は、実はすべて栄養飢餓と密接に関係している。胞子形成、子実体形成、ダウアー(耐性)幼虫形成はいずれも飢餓に対する適応反応である。なにも口にすることのないショウジョウバエの蛹はもちろん飢餓状態であり、自分自身(幼虫組織)を栄養源として成虫を形づくるほかない。哺乳類では、へその緒という母親とのつながりが突然切れる出生が強烈な飢餓の引き金となる。つまり、上述したオートファジーが起こらない変異体でみられた異常は、細胞内あるいは個体内でアミノ酸を自給しなくてはならない段階の異常なのである。一方、植物ではオートファジーがおきない変異体は老化が進んだり、種子収量が減ったりするが、基本的にはその生活史(註3)を全うする。栄養状態が悪いからといって簡単に移動できない植物は、種子や根という優れた栄養源や供給経路をもち飢餓に対する何重もの対抗策を備えているということだろう。
(図8)オートファジーの発生や分化に対する影響
オートファジーを起こさないようにした真核生物は、飢餓と関係する発生段階で異常をおこすことが報告されている。
(註2)ダウアー(耐性)幼虫
センチュウは環境が悪くなったとき、正常な場合よりも細長く、外側のクチクラ層が口まで覆った状態になる。これがダウアー(耐性)幼虫である。外から完全に遮断され、界面活性剤などの薬剤にも耐性をもつ。ダウアー(耐性)幼虫は正常なセンチュウよりも4~8倍長生きで、環境が良くなると脱皮して正常な幼虫になる。
水島 昇(みずしま・のぼる)
1996年東京医科歯科大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。日本学術振興会特別研究員、岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所非常勤研究員、さきがけ21「素過程と連携」研究領域専任研究員、岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所助手を経て現在(財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所室長。