1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」32号
  4. Special Story 細胞内の巧みな共生 ─ アブラムシとブフネラにみる

Special Story

共生・共進化 時間と空間の中で
つながる生きものたち

細胞内の巧みな共生
─ アブラムシとブフネラにみる:石川統

地球の生きものたちは,あらゆる所でさまざまな共生関係を結んでいます。ここでは,昆虫とバクテリアの関係を見てみましょう。アブラムシの体内の菌細胞には,ブフネラという共生細菌が住んでいます。この遺伝子解析から,ブフネラとアブラムシの持ちつ持たれつの関係が見えてきました。その巧みな共生の仕組みは,2億年の共進化の結果なのです。


温帯地域を中心に地球上には,およそ4400種のアブラムシ(アリマキ)が知られている。このうち,ごく特殊な20~30種を除き,アブラムシにはブフネラという共生細菌が住んでいる。ブフネラは,アブラムシの脂肪体という組織の中に数十個ほどある,菌細胞という大きな細胞の中に詰め込まれている。アブラムシは,受精なしに胚発生する単為生殖で有名だが,この時,母虫の菌細胞にいるブフネラの一部が発生初期の胚に進入し,次世代のアブラムシに伝わる。母虫に,ある種の抗生物質を少量注射すると,生まれてくる次世代のアブラムシはブフネラをもたなくなると同時に発育が悪くなり,生殖能力もなくなる。一方,ブフネラは菌細胞の外では増殖不可能で,両者が絶対的な相互依存関係にあることがよくわかる。

多くの証拠から,ブフネラとアブラムシの共生にはおよそ2億年の歴史があると思われる。何らかのきっかけで,アブラムシの祖先がブフネラの祖先を細胞内に取り込んで以来2億年,ブフネラはアブラムシの何百億世代の間,その細胞内に住み続けてきたことになる。この間に宿主のアブラムシは4000種以上に分化し,ブフネラもそれとともに分化して今日に至ったのだろう。

遺伝子分析から,ブフネラはもともと大腸菌と非常に近縁な細菌だったことがわかった。現存のブフネラと大腸菌の遺伝子の違いは,両者の生息環境の違い,つまり細胞内共生者か自由生活者かの違いを反映していることになる。際立った違いはゲノムサイズだ。ブフネラのゲノムは64万塩基対で,大腸菌ゲノム(464万塩基対)の7分の1しかなく,すでに解析されているゲノムの中で細胞寄生細菌マイコプラズマ(58万塩基対)の次に小さい。ブフネラが失った遺伝子の多くは,細胞内という安定で,物質的に豊かな環境下では働く必要のない遺伝子だが,生息環境とは無関係に,細胞のアイデンティティを保つうえで不可欠と思われる遺伝子にも失われているものがあるのが興味深い。たとえば,生体膜の主要成分の合成に関わるリン脂質合成系遺伝子である。

(左)ブフネラは,アブラムシの消化管の近くにある菌細胞の中にいる。(図は『アブラムシの生物学』より改変)

(中央)菌細胞の中のブフネラ。
菌細胞の直径は約100μm 。中心にあるのは菌細胞の核。小さな丸い粒がブフネラ。
(写真=深津武馬/産業技術総合研究所生物遺伝子資源研究部門)

(右)ブフネラのゲノムは環状で,凄まじくコピーが多い(100コピー以上に及ぶ)。このゲノムの高倍数性は,ミトコンドリアや葉緑体にもみられる。(図は『進化の風景』より改変)

また,エネルギー生産に関係する遺伝子のうち,あるものは残り,あるものは消えているので,この失った機能をブフネラがどうやって補っているのかが知りたい。ここが,この密な共生関係の鍵だろう(詳細に見ると,電子伝達系とATP合成系の遺伝子は存在し,クエン酸回路の遺伝子は1つしか残っていない)。

一方,ブフネラゲノムに残っている遺伝子に目を向けると,この共生系の絆の強さがよくわかる。リケッチア,クラミジア,マイコプラズマなどの細胞寄生細菌は,アミノ酸合成に関わる遺伝子をほとんど失い,アミノ酸は宿主から横取りしている。ところが,ブフネラは多くの点で宿主に依存していながら,アミノ酸合成については大腸菌のもつ遺伝子の約半分を残している。じつは,残っているのは,アブラムシが合成できないアミノ酸をつくる遺伝子ばかりだ。ブフネラの祖先は大腸菌と同じようにすべてのアミノ酸を合成できたのだが,共生してから,アブラムシの合成できるものはそちらに依存することになったのだろう。今ではブフネラと宿主が,お互いに相手の合成できないアミノ酸を供給し合う,持ちつ持たれつの関係が成立している。この関係は,栄養生理学的研究からも証明できる。アブラムシの唯一の栄養源である植物師管液には,アブラムシの合成できないアミノ酸はほとんど入っていない。にもかかわらず,アブラムシが後生動物随一ともいえる増殖力を誇れる秘密は,ブフネラというアミノ酸供給源を確保しているからに違いない。

アブラムシとブフネラの系統樹。細胞内共生体の獲得は,1 億6000万~2 億8000万年前と推定されている。

ところで,この大切な栄養供給源が犠牲にされる時がある。アブラムシに分散の必要が生じた時だ。アブラムシでは,コロニーの密度が高まると翅をもった個体(有翅虫)が現れ,これらが分散飛行して新たなコロニーをつくる。有翅虫は成虫になったとたん,急速に飛行筋を発達させなければならず,この時,彼らはブフネラを一時的に犠牲にするのである。成虫脱皮後,有翅虫の菌細胞は急激に小さくなり,それに反比例して飛行筋が発達する。分散飛行を終え,新しい場所で摂食を始めると,今度は逆に飛行筋がみるみる退化し,それに伴ってブフネラを含んだ菌細胞はもとの大きさに戻る。共生という現象はさまざまなレベルで起こるもので,アブラムシの例から細胞内の共生がいかに巧みになされているかがかなり解明できたが,ここまできてもアブラムシにはまだまだ謎がある。

アブラムシとブフネラの栄養共生

アブラムシの必要な必須アミノ酸は10種類(アルギニン,イソロイシン,スレオニン,トリプトファン,バリン,ヒスチジン,フェニルアラニン,メチオニン,リジン,ロイシン)。アブラムシが常食とする植物の師管液は,ショ糖は多く含むが,アミノ酸の組成は片寄っており,アブラムシの必要とする栄養素を満たしていない。ブフネラは,アブラムシが師管液から得たり,代謝老廃物として過剰にあるアミノ酸(グルタミンやアスパラギン)をもらい,アブラムシが合成できない必須アミノ酸を提供する。

石川統(いしかわ・はじめ)

1940年東京都生まれ。放送大学教授。東京大学名誉教授。細胞内共生に限らず,ミクロからマクロまで異種生物間の相互作用一般に興味をもっている。常に主張のある研究をと心がけている。主な著書に,『アブラムシの生物学』(東京大学出版会)『進化の風景』(裳華房)『昆虫を操るバクテリア』(平凡社)『遺伝子の生物学』(岩波書店)など。

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

レクチャー

11/16(土)15:00-16:00

科学でサンゴ礁生態系を保全できるのか?