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研究を表現する

北地直子

生き物の研究の世界は、一見難しく複雑です。しかし、とても魅力的。JT生命誌研究館では、生物学研究の本質を多くの人と共有できるよう、さまざまな表現を試みてきました。


専門家の世界だけにとどまりがちな科学研究など学問の情報を、目に見える形で表現したい。そうすることで、多くの人と生き物を知る楽しさを共有したい。

いつも抱いているそのような気持ちの試みとして、アーティスト公募を含む「研究を表現する」展(2000.10.3~28)を企画した。“ゲノム・発生・・・など、生き物とその研究をテーマに作品を作ろう” という呼びかけに答えてくださった方々の中から、5名の参加が実現し、展示のために2つの新しい作品が生まれた。

作品制作に先立ち、生き物や科学に対する考えを話し合う。神村さん、吉良さんの中には、すでに作りたいものが存在していた。それぞれのテーマはおのずと決まり、私たちは研究者の中にある情報や形を提供した。その課程で、造形に込める意味が広がり、作品のメッセージに科学が顔を出したと感じることがしばしばあった。新しい試みの喜びはここにある。これらの作品を通して、少しでも研究の世界を身近に感じ、私たちが模索する「研究の表現」に積極的に参加する気持ちになられた方は、ぜひお知らせいただきたい。

【公募アーティストによる作品】

表現について考えているうちに、近代科学がまだない江戸時代にも「表現」の試みがあったことに気づいた。

江戸時代、生き物の描き方が大きく変わったのだ。
本草学や博物学の流行により、画家たちは身近な生き物や、外国から来る珍しい生き物を、正確に描くことを要求された。

画家が手習いや本画制作時のよりどころとし、手本や控えとした下絵や模写、つまり粉本(ふんぽん)には、動植物の写生図も含まれる。写生図は、画家の観察眼と時代背景を示し、粉本から学び取れることは多い。

写生図には、筆法や絵具の指定、日付など、絵画作成に必要なデータのほか、動植物の名前、雌雄の別、原寸の大きさ、鳥の羽根の枚数から虫の鳴き声まで、こと細かな文字描写が加えられ、江戸時代の写生画帖はまさに観察記録だ。植物の葉に墨を塗って押し付けたり、採集した羽毛を貼り付けるなど、標本的要素が盛り込まれてくるのも面白い。このような写生画帖は、図鑑へと発展し、多様性への興味、分類の視点や生態の観察、といった科学と重なる意識をさらに深めていくのが興味深い。この時代には、装飾的であり科学的でもある様々な博物図譜がこぞって制作された。

江戸時代の博物画、写生画を眺めていると、生き物を観察し描く行為は、生物学の源流であることが実感できる。また、鑑賞者を、当時の最新の科学(博物学、本草学)による生き物の見方に触れさせるという点で、研究を表現し、伝える、創作物とも言えると思う。

【尺蛾讃彩-I】 石崎宏矩

日本画を学び、カイコの変態ホルモンの研究者となった石崎氏。シャクガの優美な波形模様に魅せられる。

写生画の祖といわれ、当時の京都画壇を写生画一色にした円山応挙(1733~95)の写生画の背景には、本草学に造詣が深い円満院祐常門主(1723~73)をはじめとした学者集団がいた。パトロンが輸入書物等から吸収した博物学的知識が応挙に伝わり、対象を正確に見つめる視線をもった応挙の絵は、貴族から庶民まで多くの人を惹きつけたのである。

当時、写生画がどのように受け止められたか、とくにどの程度の科学的興味をひき起こしたかわからない。ただ、生き物の姿を客観的に描いた絵画に、人々は生命の存在を実感したに違いない。そこで人々は生き物を、実物を見る異常に「見た」のではないかと思う。

【禽虫之図】

円山応挙 江戸時代 東京国立博物館蔵

そして今。細胞やDNAなどミクロの世界を基礎とする生物学の知識が、生命観を生み、創造力をかきたて、新しい芸術もそこから生まれ始めている。小説、映画、デザイン…。科学が明らかにしていく生き物の姿が、そこここに見立てられ、皆で共有できるようなモチーフとなる時代が、そう遠からずやってくるという予感がある。それには、多くの人が研究の成果 に触れ、感じる機会ができるだけたくさん必要だ。

細胞内の肉眼では見えない世界を映像化したり(『What's DNA?』)、DNAを美しい螺旋として描いたり(『In Cells』)、タンパク質の構造を具体化したり・・・。生命誌研究館では、研究をできるだけ正確に、印象深く表現することもこれから探り続けていく。ここにはとても楽しい世界が広がっているのだから。

(きたじ・なおこ/本誌)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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