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Social Science

「る」と思っていたら「られる」に

葛西暢人

生き物である人間。人間に迫るにはいろいろな方法があります。
比較政治学の研究って、いったい何をどんな気持ちでやっているのでしょうか。


もはや、カメラをむけるとポーズをとってくれるほど、生易しい(?)時代ではない。わざと知らん顔くらいは当たり前。「ちょっと待て!この位置で頼む」「店の看板もよろしくね」「子供を連れてくるから」に始まり、「いくらくれる?」「私にも撮らせてくれ」などというのまで…。トルコでは、こうした写真を撮られるワザが日々開発されていて、「技術革新」のスピードはとんでもなく速い。

こちらもあの手この手を考えないと、とてもついてゆけない。市場のおばあちゃんくらいなら、「おとりの外国人をうしろに立たせて、その隙に…」などという方法もかろうじて通用するかもしれない。店屋のおやじは、頼みもしないうちから「撮影のセットづくり」をしてくれる。さすが年の功、自分の店をよく見せる工夫に余念がない。ありがたいが、思い通りの写真を撮らせてはもらえない。しかし本当に手ごわいのは、一番絵になるはずの子供たちだ。

「おもしろいおもちゃ」を持った変な外人を見つけてしまったからには、とことん遊びつくそうとする。そして、新しいおもちゃを手に入れたら友達に自慢したいのが人情、あっという間に「ハーメルンの音楽隊」を引き連れることになってしまう。習いたての英語を試されるくらいなら、こちらも余裕を見せて、涼しい顔をしていられるが、警察も真っ青(?)の「手荷物検査」や「パスポートチェック」になると、内心穏やかではない。カメラは「悪ガキ」の手に渡り、さんざん写真を撮られることになる。ビデオまで餌食になっては大変、記念写真を撮り、日本から送る約束をして、ようやく逃がしてもらう。

地域研究者のはしくれとして、政治・社会の総合的な理解を目的に、毎年トルコを訪ねる。資料や文献をあさり、社会情勢や制度発展の歴史を基礎的なデータとしてまとめるのが第一段階だ。しかし、現在のトルコにおける、政策と社会の関連や政治的な動向を明らかにするためには、インタビュー調査が不可欠。情報が紙に記されるのを待つわけにはいかない。訪問先は大学、政党の事務所、宗教団体……理屈っぽく、一家言ある連中ばかり。しかも、話題が話題である。痛い目にあわないよう、相当用心してかかるのが常だ。

しかし残念なことに、こちらがインタビューを始めるまでには、私の素性はすっかり調べ尽くされてしまっている。「どこの大学に所属しているのか?」「調査の費用は自前なのか?」「航空券はいくらした?」「結婚しているのか?」。徹底したインタビューの洗礼を、まずは覚悟しなければならない。ようやく「質疑応答」の機会が与えられるころには、「もう聞くことはないですよ。失礼しました」。そんな気分になっていることがほとんどだ。

写真を撮るつもりが、撮られ、そして撮らされる羽目になり、調査に行ったはずが徹底的に調べられる結果になる。大人も子供も、なかなか手ごわい。情報に対して貪欲で、しかも話好き。外国へ行く機会は少ないかもしれないが、「外国がやってきたとき」には、徹底して楽しむ。気後れするほど—客のほうが気を使うほど—丁寧なもてなしを添えて…。

こんなトルコを「なぜ?」とよく聞かれる。「人間が好きなもので」とはぐらかすのが精一杯だが、それでも満足。トルコがよくわかることは確かだから。

①魚をきれいにならべ替えて、さあ!
②ここで撮ってほしかったらしい。
③丘の上までつれて行かれて、疲れ切ったところで、撮らされました。負けました。
④嫌われてしまった。ショック。

⑤「顔はやめてくれ」だそうだ。「ご指示のとおり、撮らせていただきました」
⑥完全になめられました。
⑦「早く撮ってくれないから、客を一人逃がしてしまった」。ごめんなさい。

⑧たばこの持ち方、グラスの置き方、おやじはいろいろ考えていた。

⑨「おばあちゃんをだました」つもり…
⑩そう簡単には撮らせません!
⑪カメラを「没収」されて。ギャラリーの指示も細かい。

葛西暢人(かさい・のぶひと)

1969年、神奈川県生まれ。湘南高校、早稲田大学教育学部在学中の延べ2年間にわたり、31カ国を旅行。早稲田大学大学院社会科学研究科に進学後、早稲田大学社会科学部助手を経て、日本女子大学通信制課程非常勤講師。政治と人の関わりを主な対象に、トルコ、ヨーロッパそして世界を連続的、同時代的に検討する視点を特徴とする。トルコの旅のホームページ「私営あなとりあ通信」を主宰するWeb作者でもある。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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