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Gallery Special

[企画展示]生命の樹
-科学と芸術の実験場-

進化を絵にする作業──生物学の描く樹:長野敬

ダーウィンの『種の起原』は立派な本だが、無味乾燥で読みにくいと、よく言われる。具体的な事例がぎっちり詰まっているので、端から全部読もうとすれば、確かにそんな感じになる。しかし、長い章の結びの部分では比喩をもちだしたり、文学的な言い回しに訴えたりして、単調さを破っている。「一続きの長い議論」である全巻のフィナーレとして、茂みに鳥が歌い昆虫が舞い、湿った土にはミミズが這いまわる賑やかな堤の情景を描いた部分などは、とくに有名だ。

【ダーウィンの進化の図】

ダーウィンの種の起源にたった一枚ある挿し絵は、自然選択による進化は樹の形で表せることを示したもの。

地理的分布を論じた章の結びでは「生命の水流が北あるいは南から流れてきて赤道で交わったが、北からの流れのほうが強力で、南へ溢れ出た」と言っている。寒冷が南北半球に交互に訪れ、高緯度の生物を赤道方向に追いやったというのだ。実際の海流に乗って植物が遠路を移動することや、海水に浸した種子の発芽率も実証的に論じている。しかし結びに言う「生命の水流」はむしろ比喩であるようだ。比喩を進めて、「潮流が漂流物を一線に残してゆく」とも言う。つまり気候が再び温暖化したとき、南下した生物たちは北へ戻ったが、一部は同じ場所でより気温の低い高地に向かい、そこで孤立し残留したのだ。進化の機構を精密に説く『種の起源』だが、一方でこうしたイメージに満ちた章句も随所に認められる。

さらに進化という概念そのものについては、ダーウィンは「1本の大きな樹」をイメージする。自然選択を説いた第4章の結びで、比喩は詳しく展開される。緑色に新たに芽吹いた小枝は現存種であり、年ごとに生じてきた小枝は過去の絶滅種。芽は新しい枝を生じ、強壮な枝はあらゆる方向に伸びながら「それより弱い多数の枝を滅ぼして」と、章のテーマである競争と絶滅ということもそつなく説明に取り入れながら、「私はこのような比喩が大いに真実を語るものだと確信する」と言う。『種の起源』唯一の図解である枝分かれの線画も、この章にある。

様式化された系統樹を確立したのはヘッケルだが、基本概念はここでもまた、さかのぼればダーウィンに行き着く。生い茂る大樹の形が強調されている点は、どちらも同じだ。「ありのままを描けば、むしろ『生命の大樹』ではなく、潅木のような姿」というライヒホルフの指摘が、近年、DNA分析の結果 などを基にコンピュータが打ち出す類縁図にはふさわしいかもしれない。進化論も進化するとよく言われるが、系統「樹」のスタイルもまた、生物学の歩みにつれて変貌していくのだ。

【DNAで描いたオサムシの系統樹】

この系統樹から、短期間のうちに形態の異なるさまざまな種が爆発的に誕生したことがわかった(一斉放散)。この爆発は約4000万年前のヒマラヤ造山運動と時期が重なる。遺伝子は常に変異しており、そうした変異をもった個体の多くは、普通 の環境下ではほとんど死んでしまうが、環境の劇的な変化によって生き残り、子孫を残すことができたのではないかと考えられる。小さな突然変異が積み重なって連続的に徐々に進化するという従来の考え方が変わった。
(CG作成=武 仁史)

ヒトの遺伝子はカイメンがすでにもっていた。 たとえば、細胞間コミュニケーションに必要な多細胞動物特有のGタンパク質は、ヒトで10種類くらいあるが、動物の系統で最初に枝分れするカイメンも、ほとんど同じだけもっている。つまり、動物進化のごく初期、単細胞原生生物からカイメンのような原始的多細胞動物が現れるまで(10~9億年前)の1億年の間に、この遺伝子は、一気に増えたのだ。カンブリアの大爆発は、およそ6億年前。動物の形が爆発的に多様化するこの時期には遺伝子は増えていない。カンブリアの生き物たちは、すでに9億年前に増えていた遺伝子を利用して、さまざまな形を作ったのだ。
(CG作成=菊谷 詩子・武 仁史)

(ながの・けい/自治医科大学名誉教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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