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Special Story

雄と雌が決まる仕組み
魚から鳥,哺乳類まで

脳の雄・雌はどう決まる?:新井康允

脳の機能的性差の代表例として、性行動の分化について考えてみよう。

ラットなどの実験では、生後1週間以内の雌にアンドロゲン(雄性ホルモン)を注射すると、雌でありながら、成熟してからの雄の性行動を示すようになる。一方、出生当日にアンドロゲンの分泌源である精巣を摘出してしまうと、雄でありながら、雌の性行動を示すようになる。このように実験で転換できるので、性行動の雌雄パターンは遺伝的に決められているのではないことがわかる。発生過程のある特定な時期-臨界期(表①)-までは、性行動に関して脳は未分化であって、この時期にアンドロゲンにさらされると雄型になり、さらされないと雌型になる。脳の性分化を決定するのは遺伝子ではなく、雄性のホルモンの有無なのである。

(表①)脳の性分化の臨界期

いろいろな動物(哺乳類)の脳の性分化の臨界期。脳は、この時期に雄性ホルモンにさらされると雄型になり、さらされないと雌型になる。

では、実際に雄と雌の脳ではどのような違いがあるのだろう。まだすべてがわかったわけではないが、脳の構造の雌雄差を調べる研究が進んでいる。たとえば②③は、ラットの視索前野の性的二型核と呼ばれる神経細胞群である。この部分は雄の性行動の発現に重要な役割を果たしており、雄のほうが細胞数が多い。この神経核の神経細胞は臨界期までにアンドロゲンにさらされないと、アポトーシス(細胞死)を起こすようプログラムされている。雄ではアンドロゲンの働きにより細胞死を免れるが、雌では細胞死を起こして数が減るのである。逆に、雌で細胞数が多い神経核でアンドロゲンでアポトーシスが促進される例もある(④~⑥)。アンドロゲンは細胞数の調節だけでなく、樹状突起や軸索の伸展、シナプス形成を促進し、神経回路の配線にも雌雄差を生じさせる。

雄と雌で違う脳の領域

②③ラットの脳の中の性的二型核と呼ばれる部分(中央やや上に左右一対に見える。「核」は神経生物学用語で、脳の中で神経細胞がたくさん集まっている領域のこと)。雄(②)と雌(③)で神経細胞の数が異なる。

ホルモンの働きで脳の性がかわる

生後まもないラットがアンドロゲン(雄性ホルモン)にさらされると、雌で神経細胞の数が多い部分(前腹側脳室周囲核。中央やや下に左右一対見える領域)の細胞が、細胞死を起こして、細胞の数が雄と同じになる。 (表および写真=新井康允)

また、ラットの雌が雄を受け入れるロードーシスという行動を雄が示さないのは、臨界期のアンドロゲンの働きが、雌型の性行動の発現機構を強力に抑制する神経回路を付加するからだ、ということも明らかになっている。その回路を外科的に切断すると、雄でも雌の行動を示すようになる。この場合、脳は両性的で、雄の脳にも雌の性行動のためのハードウェアが備わっているが、雄にはその抑制装置があるのだ。

胎盤を通して母親のホルモンの影響を受ける哺乳類では、脳の性分化がその影響を受けないための防御機構が発達している。母親からのエストロゲン(雌性ホルモン)を中和するタンパク質を血液中にもっているのである。一方、魚類をはじめとする卵生の水性動物には、そのような防御機構はない。水中にホルモンが溶けているはずはなかったからである。現在問題になっている内分泌攪乱物質(環境ホルモン)は、この隙をついて、水生動物に重大な脅威をもたらしているわけだ。

(あらい・やすまさ/順天堂大学医学部客員教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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