Special Story
化学物質でつながる昆虫社会
ミツバチ社会の特徴は、同一の遺伝情報をもちながら異なる形質発現をする女王バチの「階級分化」と働きバチにみられる「分業」である。働きバチと聞くと、花粉や蜜集めを思い出すが、働きバチの仕事はそれだけではない。巣部屋の掃除、育児、女王バチの世話、餌の貯蔵、巣の増改築、門番、等いろいろあり、これらの仕事を分業でこなしている。
面白いことに、個々のミツバチは一生同じ仕事をするわけではなく、日齢を重ねるにしたがい転職していく。季節や寿命の違いで転職の時期は変わるものの、数多くの仕事をほぼ決まった順で変えていく。ここでは大別して、巣部屋の掃除や育児など若者の仕事を「内勤」、花粉や蜜の採集など年寄りの仕事を「外勤」として見ていこう。転職を促すメカニズムは何か。幼若ホルモンを調べてみることにした。
ホルモンと転職の関係は?
セイヨウミツバチの血中幼若ホルモン濃度は、日齢が進むほど高くなっていく。それに伴い、働きバチの仕事も変化していく。
幼若ホルモンを放出するアラタ体という器官の大きさは、日齢に伴って徐々に大きくなり、外勤バチで最大になる。放出されるホルモン量も、アラタ体の肥大化に合わせて増える。じつは、当初、極微量のホルモン量の測定は不可能であったが、1年半の苦闘の末に測定法を確立し、血中ホルモン濃度が、加齢と共に上昇することを明らかにできた。幼若ホルモンを投与すると、普通より早く外勤バチになることもわかり、幼若ホルモン濃度の上昇が、内勤から外勤への行動の変化を促すことが明確になった。
働きバチの頭部にある下咽頭腺という分泌腺からは、花蜜を分解してハチミツを作るα-グルコシダーゼという酵素が放出される。この酵素の活性は、花粉を集める外勤バチになる前後で最高になること、幼若ホルモン類の投与で早い時期に高まることがわかった。幼若ホルモンが、この酵素の活性を高めるという生理的変化を促すことがはっきりした。幼若ホルモンは、生理状態や行動、それに伴う分業システムを制御していたのだ。
ところで、分業には“可塑性”がある。内勤バチが現象すると外勤バチが内勤バチに逆戻りするのも可塑性の一つだ。これについては未解決のことが多く、今後調べてみたいと思っている。また、幼若ホルモン量と行動の変化をつなぐ、神経系の変化も研究してみたい。そして、社会性昆虫の生活様式全体を解き明かしていきたい。
セイヨウミツバチの働きバチの仕事風景。
(ささがわ・ひろみ/科学技術振興事業団さきがけ研究21「知と構成」3期生)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。