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決定された出芽酵母ゲノムの全塩基配列
ヒトゲノムの解析が進むにつれ、機能のわからない新しい遺伝子がたくさん見つかっている。遺伝子の機能を理解するには、その遣伝子を欠いている突然変異株(ミユータント)を活用するのが近道である。出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae、均等な分裂により増える酵母と区別してこう呼ぶ)では、突然変異株が多数単離されており、また遺伝子のノックアウト(遺伝子をはたらかないようにしてしまうこと)も容易なので、重要なモデル生物として位置づけられている。そこで、全ゲノムの解析が目指された。
盛んに増殖する出芽酵母。
出芽酵母は染色体の複製を終えたあと、芽を出すようにして細胞が分裂する。小さい細胞は、分裂(出芽)後間もないもので、染色体DNAの複製反応が進むにつれて細胞の容積が増大していく。
解析作業は、ヨーロッパ共同体・アメリカ・カナダそして日本の筆者らのグループの国際共同研究で行なわれ、約7年の歳月を費やし、この4月の24日に全解析データを公表した。16本の各染色体の大きさと国際分担を図に示してある。出芽酵母のゲノムの大きさは約1400万塩基対、すなわちヒトの約200分の1である。一方、遺伝子の総数は約6000程度であり、ヒトの10分の1弱とわかった。真核生物を構成する全遺伝子が同定されたので、細胞増殖の仕組みなど、細胞のはたらきの理解が飛躍的に進むに違いない。
出芽酵母のゲノム解析の国際分担。
解析データはすべて公開されており、インターネットでも見ることができる。
ここではまず、約1200万塩基対のデータ(ゲノムサイズは1400万塩基対であるが、反復配列などを除いた1200万塩基対を解析した)を読み解くことにより明らかになった、興味深い事実をあげてみよう。
真核生物には、明確な細胞内小器官(核・ミトコンドリア・ゴルジ体など)が存在する。単細胞の真核生物である酵母の細胞も、多細胞生物の細胞と同じ構造と機能を持っている。このように複雑な細胞を形作り、維持していくのに6000程度しか遺伝子が必要ないとは驚きである。また、ヒトではゲノムの95%がいわゆるジャンクDNAであり、たんぱく質やRNAを作っている部分(コーディング領域)は5%以下であるが、酵母ではゲノムの60%がコーディング領域になっている。
全塩基配列が明らかになったので、染色体がどの程度重複しているかも解析でき、全染色体の約30%が他の染色体と重複していることが示された。つまり、酵母では遺伝子がかなり重複しており、6000よりさらに少ない遺伝子で生命活動が営まれていることもわかった。
酵母でこれまでに詳しく機能が調べられている遺伝子は1000程度であるが、その約20%は転写制御因子、つまり他の遺伝子のはたらきを制御する遺伝子である。生物が複雑になるほど、遺伝子の発現を制御するメカニズムは多様性を増していくに違いないので、動物細胞ではより多くの転写制御因子が存在するだろう。今後、酵母の遺伝子構成と、哺乳類の遺伝子構成を解析・比較することにより、単細胞生物と多細胞生物の違いが、具体的に明らかになるのが楽しみだ。
さらに、これまでに見つかっているヒトの遺伝病遺伝子の約3割は酵母に共通の遺伝子が存在することも、今回の解析により明らかになった。遺伝学的な解析手法の確立している酵母を用いての道伝子機能の研究は、ヒトを知るためにも役立つ重要な研究なのである。
(むらかみ・やすふみ/理化学研究所先任研究員)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。