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Special Story

絹を吐く昆虫たち

絹づくり昆虫百態百様

日本の国蝶も絹を吐く

日本の国蝶オオムラサキは、雑木林に棲む大型の美しいタテハチョウ。幼虫はエノキの葉を食べて成長する。ある特定の葉を決めて、その上に絹を吐いて「台座」と呼ばれる場所を作り、活動の拠点とする。葉の上にていねいに吐かれた絹の布団が、オオムラサキの生活を支えている。敵が近づくと、腹脚で台座を引っかいて音を出して驚かすという習性を持つ。

6月下旬、成長した幼虫は、絹を葉裏に吐いて尾の端を引っかけ、ぶら下がるような状態で蛹になる。それから約2週間、あの美しいオオムラサキが誕生する。

絹で固定された蛹から羽化

台座の上の幼虫

高山蝶の越冬は絹が鍵

南アルプスなどの標高1500m前後の山にだけ棲む高山蝶の一種、ミヤマシロチョウは、厳しい高山の冬を幼虫で過ごす。幼虫は、集団生活をしながら、食草のメギ(ツゲに似た灌木)やヒロハノヘビノボラズの葉を食べて成長し、口から絹を吐いて葉を綴り合わせ、巣を作る。巣は幼虫の数に応じて2cmほどの小さなものから10cmにも及ぶものがある。

小さな幼虫たちは、零下数十度にも下がる高山の冬の吹きさらしのなかで、生命のすべてをこの絹の要塞に託して、春をじっと待つ。絹でできた巣は、風雨や寒さに強く、翌春、芽吹きとともに、無事越冬を終えた幼虫たちが、いっせいに巣の外に出てくる様子は感動的だ。

葉で絹を綴り合わせた越冬巣

幼虫は移動のときも絹を吐く

不思議なマユは緑の絹製

冬の雑木林を歩くと、落葉したコナラやクヌギの枝に、5cmほどの緑色の不思議な「つぼ」を発見することがある。ツリカマスなどと呼ばれるこのつぼは、ウスタビガのマユ。

8月ごろ、充分に成長したウスタビガの幼虫は、コナラなどの枝先に、口からていねいに緑色の美しい絹を吐きはじめる。足場が固まると、頭部をぐるぐると回して、自分の体の周りに絹を巻きつける。さらに、アクロバットのように体を動かしながら、絹を幾重にも吐いて、内側からマユの壁を厚くしてゆく。こうして、あの不思議な形をしたマユができあがり、その中で、幼虫は蛹になっていく。成虫は11月ごろ羽化し、交尾後マユの上に卵を産みつけ、死んでしまう。

マユづくり[I]
絹を重ねてゆく

マユづくり[II]
内側から壁を押し広げる

マユづくり[III]
マユが完成した

地中のマユは真珠色

神社の境内などで、すり鉢上のくぼみをよく見かける。アリジゴクである。くぼみに落ちたアリなどの小昆虫を、底で待ち構えているのはウスバカゲロウの幼虫で、落ちてきた獲物に猛然と襲いかかり、鋭いあごを獲物に突き刺して、体液を吸ってしまう。

成長した幼虫は、8月ごろ、アリジゴクの土の下で直径1cmほどの丸いマユを作り、その中で蛹になる。このマユも周りの土を、幼虫の腹部から出す絹で塗り固めて作られたもの。マユを割ると、その内側には、光り輝くような真珠色をした絹が敷きつめられている。デリケートな蛹は、なめらかな絹に包まれたまま時を待ち、土の中から夏の夜空に飛び出していく。ウスバカゲロウの仲間は、日本ではこのほかにオオウスバカゲロウなど17種が知られている。

羽化したオオウスバカゲロウ

絹で敷きつめられたマユの内部と蛹

優曇華の花は絹が支え

幸運を呼ぶとも、不吉の兆とも言われてきた優曇華の花が、クサカゲロウの仲間(ヨツボシクサカゲロウなど数種が知られる)の卵であることを知っていますか。交尾を終えたクサカゲロウの雌は、葉の裏に逆さに止まり、腹端を一度曲げて、産卵できるかどうか確かめる。その後、再び腹端を葉先につけ、腹端から絹を引き出しながら、腹を葉から離してゆく。腹が下がりきったときに、絹糸の先に卵がついて出てくる。なぜこのような産卵習性を持つのかはわからないが、約2週間後、幼虫が羽化してくるまでの間を、この細い絹糸が卵を支えつづける。幼虫は、葉の上を放浪しながらアブラムシなどを食べ、食べかすを背中にためて姿をカムフラージュするという、不思議な習性を持っている。

優曇華の花はクサカゲロウの卵

クサカゲロウの幼虫は食べかすを背中にためる

プレゼントは絹のラッピングで

オドリバエは、春先から初夏にかけて山道や水辺などで見かける、1cmにも満たない小さなハエの仲間。ユスリカなどの小昆虫を空中で捕まえて、その体液を吸って生きている。獲物を探しているときに、空中でヘリコプターのように上下しながらホバリングする姿が踊っているように見えるので、この名前がついたらしい。

彼らは「婚姻贈呈」という面白い習性を持っている。求愛をするときに、雄は自分が捕まえた獲物を雌にプレゼントして、雌がその獲物を食べている間に交尾をする。オドリバエのなかには、プレゼントする獲物に絹を吐きかけて包み込んだものを、雌に献上する種類がいる。ねぜ、わざわざ獲物を絹でラッピングするかは、今後の知りたい課題。

獲物を捕まえて絹を吐きかけようとする

雌(中央)はプレゼントされた獲物(下)を食べながら交尾をする

脚の先から絹を出す変わり者

絹を生産する絹糸腺は、唾液腺が変化した場合が多く、そのため絹を口から吐くことができる。クサカゲロウやガムシのように腹部に絹糸腺がある昆虫もいる。しかし、何にもまして変わっているのがシロアリモドキ。彼らは前脚の先、いわば手のひらから絹を出す。そのため前脚の先が丸く大きく発達している。

シロアリモドキはトビケラに近い仲間で、日本では九州南部にコケシロアリモドキが棲息している。1cmほどの小さな昆虫で、スギやクスなどの樹皮のくぼみに、まるでクモのような巣を張り、樹皮などを食べて生活している。そして、ほぼその一生を、この絹の巣の中で過ごす。絹で作られた巣は、風雨を避け、子供を育て、天敵から逃れるなど大切な役割を果たしている。

この小さな昆虫の前脚の先端から出される絹は、おそらく世界でもっとも細い絹であると考えられる。

シロアリモドキの白い絹で作られた巣

有翅型の雄

かがり糸は絹がいちばん

セセリチョウの仲間には、各種の葉を綴って巣を作るものが多い。なかでもアオバセセリの巣づくりは見事だ。

幼虫は、食草であるアワブキの葉の先端で、絹を吐いて足場を固める。その後、葉の左右を橋渡しするように、絹の糸で結びつける。幼虫は糸を太くするために絹を吐きながら、少しずつ糸をたぐり寄せ、葉の端をどんどん近づけていく。葉の左右が重なると、葉の端に両方から切り込みを入れ、葉を充分重ねたあと、内側からさらに絹糸でかがり、離れないようにしながら部屋を作る。絹でしっかりとかがられた葉の部屋は、天敵や風雨から身を守るのに役立つ。

巣づくり[I]
絹をたぐりながら左右を合わせる

巣づくり[II]
葉の端に切り込みを入れる

巣づくり[III]
絹でかがった巣ができあがる

意外な昆虫の意外な絹?

絹は、その材質が風雨などに強く、昆虫にとっては種を存続していくうえでの大きな武器。絹を吐きそうにもない昆虫が、意外なところで絹を活用している。

バッタの仲間のハネナシコロギスは、葉の一部を切って袋状の巣を作る。そのとき、葉と葉を接着するのに、口から出す絹を使う。

オオカマキリも、初夏に卵鞘から幼虫が孵化してくるときに、クモの糸のようなものを利用する。オオカマキリの幼虫は、この糸の上で、いっせいに1回目の脱皮を始める。ただし、この糸が絹といえるものかどうかは今後の課題。

水生昆虫のガムシは、体にたくわえた空気の泡を葉の裏にため、その気泡の中に卵を産みつける。そのとき、腹端から絹を出して卵を包み込んでゆく。強い絹で作られた卵鞘は、幼虫が孵化する日まで水に浮かびつづける。

クモは昆虫ではないが、絹を使う生き物として知られている。フクログモの仲間には、ススキなどの葉を丸めて絹を吐き、その中に産卵する種類もいる。デリケートな卵を、長期にわたって守るために、絹は最適の道具になっている。

ハネムシコロギスがひそむ巣の入り口。糸の向こうに前脚と頭がみえる

フクログモの一種の卵鞘



※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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