研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【前適応】
進化の考え方で前適応があります。宮田先生の説明が分かりやすいので例として使わせて頂きます。たとえば木の葉に擬態しているコノハムシという昆虫は、ジュラ紀の地層にもその化石が見られるということですが、実はジュラ紀に広葉樹は存在しないということで、木の葉のような形状は木の葉に似せるという意味において進化したのではなく、元々偶然にあるいは別の意味においてそのかたちが形成され、その後に広葉樹が生じて来た時に「たまたま」木の葉に似ている為に補食されにくく子孫が残りやすかった為に擬態として残って来たという考え方です。もちろん、一旦擬態として振る舞えば、その後は少しでも木の葉に近いものがより補食されにくく、結果として選択的に子孫を残しやすくなってきますので、枯れ具合や虫食いのあとなど驚くほど木の葉に似ている現在の形状は擬態によって獲得してきたのは事実だろうと思いますが、その発端は木の葉(擬態)とは縁もゆかりも無いと言うことです。これは分子にも見られます。これまた宮田先生の説明を使わせて頂くと、眼のレンズを作るタンパク質として知られるクリスタリンは、元々は代謝系の酵素であったということですが、偶然に脊椎動物の眼という構造ができるとき、大量生産された時に光を通す性質があるこの代謝酵素が数多あるタンパク質の中から偶然に選択されたということです。だから、元来この蛋白質の遺伝子がレンズ形成と共役して進化して来たかと言えばそんなことは無く、たまたま偶然に利用されるようになったに過ぎないということです。だから、おそらくは他の遺伝子も偶然に眼のレンズ形成に使われたりしたことでしょうが、ほとんどすべてのタンパク質は光を通さない(通しづらい)とか大量生産された時に変な結晶を作るとかのレンズには不適合な性質を持つ訳で、そのようなタンパク質をレンズ形成に偶然用いた個体(群)は淘汰されることとなります。だから結果としてクリスタリンをレンズ形成に用いる個体(群)が選択され、現在の脊椎動物の祖先として確立したということになります。 これらの例のように、元々の意味とは異なる使われ方をし、その「新しい意味」に淘汰圧がかかる事象を指して前適応と呼ぶのですが、pre-adaptationという単語の訳語としての「前適応」は少々分かりにくいと感じます。英語から感じる意味は、まだ起こっていない事柄に対して既に持っているものに新しい意味を与えることによってその状況に適応できたということ、もっと言えば新しい環境に対して、既存のものが事前に適応する潜在的な能力を有していたとする感覚に近いと思います。ただ、この言葉では何らかの目的論的に「新たな事象に対応できる能力をすでに備え持っている」という感じにも思えますので、グールドはextra-adaptationという言葉を使います。しかしまたこの言葉も日本語では「外適応」となり、なんだか違った感覚を与えられます。Extraとは「それまでの目的」以外という意味合いだろうと思うのですが、ただ「外適応」とされるとなんとも言えない気持ち悪い感覚を覚えます。翻訳って難しいですね。 |
[カエルとイモリのかたち作りを探るラボ 橋本主税] |