生命誌ジャーナル

2013年間テーマ ひらく

細胞膜の過剰生産が起こす細胞分裂
川合 良和 ニューキャッスル大学

 現存するバクテリアのほとんどは、細胞膜の外側にペプチドグリカンを主成分とする細胞壁を持っており、その分裂には細胞壁の成長が不可欠です。人為的に細胞壁を失わせたプロトプラストは分裂できません。では、バクテリアが細胞壁を獲得する以前の原始の細胞はどのように分裂していたのでしょう。
 川合良和さんたちは、細胞壁を失っても増殖できる枯草菌の「L型株」に注目し研究を進めてきました。規則正しく制御された分裂と異なり、L型株の分裂は不規則ですが、細胞壁がないにもかかわらず分裂するという点は原始の細胞を思わせます。ここから、分裂を引き起こす因子を探り、原始の細胞分裂の謎に迫ります。

1. バクテリアの分裂と増殖に欠かせない細胞壁

 細胞分裂は1つの細胞が娘細胞に増える現象であり、バクテリアのような単細胞生物では細胞の分裂がすなわち個体の増殖を意味する。約40億年前に誕生した原始生命体(遺伝物質が脂質膜で包まれた単純な細胞)が分裂を繰り返すことで、高度な分子メカニズムを持つ生物へと進化してきた。
 現存するバクテリアのほとんどは、細胞膜の外側にペプチドグリカンを主成分とする丈夫な細胞壁を持っている(図1)。バクテリアの増殖は細胞壁の成長に依存しており、細胞骨格タンパク質(MreBおよびFtsZ)を中心とした高度で複雑な分子メカニズムによって、時間的そして空間的に厳密に制御されている(図1)。こうして、2つの同じ大きさと形を持つ娘細胞へと分かれるのである(動画1)

図1:バクテリアの細胞壁

バクテリアは頑丈なペプチドガリカンからなる細胞壁に囲まれている(上)。細胞壁の成長は細胞骨格因子の働きにより制御されている(下)。

動画1:野生株(枯草菌)の増殖

細胞壁の成長に伴い、規則正しく分裂する。

 一方で、細胞壁の合成を抑制したり、人為的に細胞壁を失わせたプロトプラストは分裂できない。では、バクテリアが細胞壁を獲得する以前の細胞、すなわち原始の細胞はどのように分裂していたのだろうか。私たちはこの謎に迫るため、細胞壁を失っても増殖可能な枯草菌の変異体「L型株」に注目し研究を進めてきた(図2)

図2:細胞壁の有無と分裂のしかた

2. 細胞壁を失っても増殖するバクテリア “L型株”

 L型(L-forms)は、細胞壁を失っても増殖できるバクテリアの状態として、1935年にEmmy Klienebergerによって発見された(図3)。以来、大腸菌や枯草菌などのモデル生物を含む多くのバクテリアでも見いだされてきた。L型株は細胞壁の合成を阻害する抗生物質への耐性を持つので、様々な感染症と関連して医学的重要性が指摘され、古くから研究されてきた。しかし、分子生物学的な研究はほとんど行われて来なかった。

図3:L型株(枯草菌)

L型株は細胞壁を持たず通常の形態を失う

なぜなら、研究室環境でL型株を分離するには、スクロースなどの浸透圧保護剤と細胞壁の合成を抑制する抗生物質を含む培地での長期間にわたる継続培養が必要であり、それは困難だからである。また、安定して増殖するL型株には、遺伝的変異が必要であり、その分離は再現性に乏しい。そのうえ、細胞壁を失っているため壊れやすく、その扱いが大変に難しい。近年、枯草菌で再現性が良くきわめて効率的なL型株の分離と培養の方法が確立され、ようやく遺伝学的な解析が可能となり、増殖の分子メカニズムへの理解が進み始めた。

3. L型株の増殖に関係する細胞膜の変化

 厳密に制御された規則正しい野生株の分裂と異なり、L型株の分裂は非常に不規則である(図2)。チューブ状に伸長したものが複数に分かれ様々な大きさの娘細胞を形成したり(membrane tubulation)、膜表面に形成された突起が突出と退縮をくり返しながら娘細胞を連続的に放出する(membrane blebbing)など、様々な細胞膜の変化に依存した不規則な分裂様式が見られる。こうしたL型株での分裂は、細胞壁の合成と分裂装置を発現する遺伝子を破壊しても起きることが確かめられた。

4. L型株の増殖を誘導する遺伝子変異

 では、何がL型株の分裂を誘導しているのだろう。野生株の細胞壁をリゾチーム処理で取り除いたプロトプラストは分裂できない(図4、動画2)。一方でL型株は分裂するため、何らかの遺伝的変異がL型株の分裂を誘導していると予想される。そこで私たちは、プロトプラストから自然突然変異によってL型化した株を分離する方法を確立し、得られた株のゲノム塩基配列を決定し、その遺伝子変異の同定を試みた。そして、その変異がプロトプラストの形態および増殖に与える影響を調べ、プロトプラストの増殖(L型化)を誘導する2つの遺伝子変異を見いだした。1つは、細胞膜の過剰な生産を誘導する変異(accDA遺伝子の変異)であり、これによって形態変化に依存した分裂が誘導される。しかし、この変異だけでは膜の不安定化のため溶菌がおこる(図4、動画3)。もう1つは、溶菌を抑制する変異(ispA遺伝子の変異)であり、これら2つの変異が同時に存在することで、継続的なL型株の増殖が可能となるのである(図4、動画4)

図4:実験方法と分裂のしかた

動画2

動画2:野生株のプロトプラスト

野生株のプロトプラストは、安定な球状になり分裂しない。

動画3

動画3accDA遺伝子のみに変異

細胞膜を過剰に生産することで分裂するが、溶菌する。

動画4

動画4accDAispA遺伝子に変異

細胞膜を過剰に生産し、溶菌が抑制されることで継続して分裂する。

動画5

動画5:膜表面積積を増やしたプロトプラスト

人工的に膜表面積を増大させることで分裂する。※動画は5つのプロトプラストの分裂の様子を示している。

5. モデル細胞膜の自発的な分裂

註:合成ベシクル

両親媒性分子からなる二分子膜が、球状に閉じて内部に液層をもった構造体。

 では、どのようにして細胞膜の過剰な生産が細胞分裂を誘導するのだろう。近年、原始生命体の増殖メカニズムを知るために、モデル細胞膜として知られる合成ベシクル(註)の自己複製に関する研究が活発に行われている。合成ベシクルは、外部からミセルあるいは脂肪酸を取り込むことで成長し、細胞体積に対して膜表面積が過剰に増大する。その結果、膜が不安定化し、自発的な形態の変化と分裂が起こる。私たちは、L型株でも、細胞膜の過剰な生産による膜表面積の増大が引き金となって、分裂が誘導されているのではないかと考えた。

6. 膜表面積の増大によるプロトプラストの分裂

 遺伝的変異がなくても人工的に膜表面積を増大できれば、通常のプロトプラストも自発的に分裂するのではないかと考え、枯草菌の野生株を分裂阻害剤で処理して伸長させた後に、細胞壁をリゾチーム処理によって取り除き、プロトプラストを作った(図4、図5)。過剰な膜表面積を持つこのプロトプラストは、予想通りL型株と同様に異常な細胞形態となり見事に分裂した(動画5)。しかしL型株とは異なり、複数回分裂すると分裂能力を失った。

図5:過剰な膜表面積をもつプロトプラストの作製

枯草菌は桿状であるため、細胞体積が増加(伸長)すれば、膜表面積も比例して増大する(グラフの赤線)。一方で、プロトプラストは球状であるため、体積が増加しても、面積の増大は桿状の場合と比べ少ない(グラフの青線)。したがって、より過剰な膜表面積をもつプロトプラストを作るために、より伸長した枯草菌を作りだした(右、ii)。

図6:分裂による余分な細胞膜の消費

より伸長した枯草菌(a)は、過剰な細胞膜を持つ不安定なプロトプラスト(b)になる。そして、数回の分裂により細胞膜を消費することで、分裂しない安定な状態(c)へと移る。

 おそらく娘細胞を放出(分裂)することで、過剰な細胞膜を持つ不安定な状態から、より体積の小さい安定な状態へと移行したためだろう(図6)。ここから、L型株のように分裂を続けるには細胞膜の過剰な生産を誘導する変異が必要なのであり、実際に私たちが分離したL型株ではaccDA遺伝子の変異によりそれが起きていると考えられる。

7. 原始生命体の新しいモデル生物として

 私たちは、膜表面積の過剰な増大という単純な原理が、L型株の分裂を誘導していることを明らかにした。これは、細胞壁を獲得する以前の細胞、すなわち30億年以上前の原始生命体における増殖の分子メカニズムを示唆していると考えている。現在を生きている私たちは、原始生命体が近代的な生物へと進化した過程をみることはできないが、L型株はその謎を知る新しいモデル生物になるかもしれない。次は、L型株でのDNA(染色体)の複製と分配のメカニズムを明らかにしたい。

本内容の中心はJeff Errington教授およびRomain Mercierポスドク研究員と共同で行った研究成果です。

動画2、3、5は、Mercier R., Kawai Y., Errington J., Cell 152 (5), 997-1007 (2013)より

川合 良和(かわい・よしかず)
2003年奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)バイオサイエンス研究科博士課程修了。博士(バイオサイエンス)。NAISTポスドク研究員を経て、2006年よりニューキャッスル大学(英国)医学部(Centre for Bacterial Cell Biology)上級研究員(ポスドク)。

(左写真)ニューキャッスルから電車で2〜3時間のところに位置するスコットランドの首都・エディンバラ。その美しい街並はユネスコの世界遺産に登録されている。写真は、冬のエディンバラを家族と一緒に訪れたときのもの。

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