生命誌ジャーナル 2008年 夏号

Researchー研究を通してー

文楽−家元・門閥なしに継承する独自の芸

京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター 後藤静夫

「人生は短く、技術は長い」という言葉があります。一人の人生を越えて続く技(アート)は、人間にとっての文化の意味、重要性を示してくれます。

1. 文楽の現代性

 学生時代、先輩に誘われて生まれて初めて「文楽」なるものを鑑賞した。演目も覚えているし、演技や演奏も部分的には記憶している。だがそれよりも、「なぜこのようなものが、現在まで生き残り、活動を継続できているのだろうか?」という、強い疑問が観劇後に頭を占めたことのほうをよく覚えている。
 文楽は、本来は「人形浄瑠璃」あるいは「浄瑠璃操り」と呼ばれる伝統的な演劇で、「義太夫節」という浄瑠璃(註1)の演奏と、一体を三人で操る「三人遣(さんにんづか)い」の人形によって演じられる。義太夫節は、原則として一人の太夫と一人の三味線弾きとによって、登場人物全員のセリフや動作、情景描写など、戯曲のすべてを表現する「語り物」である。従って、その演奏は「唄う」ではなく、「語る」と言う。
 
図1 義太夫節を語る太夫と三味線
写真提供:国立文楽劇場
三人遣いは、人形の(かしら)と右手を遣う「(おも)遣い」、人形の左手を遣う「左遣い」、人形の両足を遣う「足遣い」の三人によって一体の人形を操る。つまり文楽では最低五人の演者がいなければ一人の人物が演技をする舞台は成立しない。効率とは何とも縁遠い世界であり、観劇後の私の疑問もそこにあった。
 しかしこの一種奇妙な、ある意味現代離れをした舞台芸能は、不思議な魅力があり、私に感動をもたらした。単語や文章は部分的にしか理解できなかったのに、太夫のリアルな感情表現はストレートに胸に響いたし、三味線の重厚な音はそれまでに聞いたことのない、あるさわやかさを感じさせた。そして人形の精妙な動きがまた観る物を惹きつける。
 
図2 生きているかのような文楽の人形たち
9人の人形遣いが3人1組となって3体の人形を操っている。人形遣いの姿は、主遣いを除いて黒い装束(黒衣(くろご))に身を包んでいるため、背景に溶け込んでいる。歴史上の事件に題材をとった時代物〈絵本太功記〉より。
写真提供:国立文楽劇場

 義太夫節に描かれる事件や人物は、古い時代のものなのに、太夫の語りと三味線の演奏によって生き生きと描かれて、違和感なく受け入れることができる。そしてそこで語られる物語りに、現代のわれわれ自身とわれわれを取り巻く状況を重ね、時代を超えた普遍性を見ることになるのだ。木や布で形作られた人形は、ときとして生身の人間ではありえない姿形をとり、動作をする。だがそれは、義太夫節の適度な誇張を伴った演奏とあいまって、かえって人間の感情表現や動作の本質を見事に描き出すのである。そして観る者は人形に生身の人間以上の心を感じるのである。文楽は、時代を越えて現代に語りかける表現方法を持っていると言ってよい。

2. 本質を守りながら続く

 初めての文楽に独特の魅力を感じたとはいえ、まったくの素人であった私が、偶然とはずみ(?)とで文楽協会の制作要員となり、この高度な芸を保持する日本で唯一、つまり世界で唯一の、わずか100人足らずのプロフェッショナル集団の中に飛び込んだ。縁も知識もない者として公演関係の雑務をこなす一方で、毎日稽古に付き合い、舞台を見聞きし、浄瑠璃や文楽に関わる文献を読み、記録テープを聞いた。
 無我夢中で数年が過ぎると、義太夫節や人形の技の奥深さに圧倒され、すっかり文楽にはまっていた。そして、漠然と「日本人と日本文化について考えたい」と考えていた私にとって、全力で立ち向かい、その答えの一端を究明するに足る対象だと思うようになった。以来、文楽を構成するさまざまな要素を、それを演じる人間を通して、一つひとつ具体的に考察していく仕事を行っている。
 前述したように、文楽はもともと「人形浄瑠璃」といい、太夫・三味線・人形の「三業(さんぎょう)」によって成り立っている。別々に発生し発達してきた浄瑠璃と、演技をする人形とが提携して人形浄瑠璃が生まれたのは、16世紀末から17世紀の初頭のことであると考えられている。義太夫節は、17世紀後半に竹本義太夫(註2)によって大坂で始められた浄瑠璃の一派であり、原作である正本(丸本)をよりどころとする。
図3 浄瑠璃節の正本等
図3 浄瑠璃節の正本等
正本(左上)、稽古本(右上)、舞台で用いる床本(右下)。著者所蔵。
演者は作品を徹底的に読み抜き、登場人物一人一人の性格・立場・状況等を把握した上で演奏する。一言一音にも、それを演奏しなければならない必然性を追い求めるのである。それを裏付ける演奏技術は、無数の先人たちによって試みられ、選択され定着した、高度なものである。
 演奏にあたって、太夫と三味線は決して慣れ合ってはならないとされる。お互い限界ギリギリのところで真剣勝負をすることで、初めて面白い舞台が出来上がる。初日が開いても、舞台から降りると着替えもせずに、楽屋でそのまま検討・稽古をするのが日常の光景である。人間国宝クラスから若手に至るまで例外は無い。時に太夫と三味線が示し合わせて逸脱した演奏をしたとしても、人形遣いから指摘をされる。当然逆もあり得る。これは、観客には察知できないような高度なレベルでの話であるが、太夫・三味線・人形は舞台の上で三つ巴になって闘っていると言ってもよいのである。この三角関係が、文楽の本質を守るための、理想に近い構造であるといえる。

図4 三業の構造
図4 三業の構造
三業は三人遣いとともに、人形浄瑠璃の発展の過程で創意工夫されて定着した。三業の構造は太夫の丸本尊重の姿勢とともに、文楽の本質を守ることにつながっている。
 もちろん人形浄瑠璃は、特定のパトロンを持たない近世都市の庶民芸能であるから、300年以上の演奏、興行に伴い、時代、観客・社会のもつ倫理観や、嗜好など様々な要素を敏感に反映し、部分的な改変・増補等してきたのは当然である。しかし、最終的には原作である丸本を尊重する姿勢を守っている(註3)

3. 三人遣いを支える無言の合図

 文楽はかつては「聞きに行く」といわれたように、義太夫節が主体であり人形は脇役であったが、人形遣いたちの努力と観客の支持によって、現在はまさに三位一体の境地に達していると言える。人物の微妙な感情を表現するために、人形遣いは他に類を見ない独特の「三人遣い」を案出した。

図5-1 人形の構造図図5-2 三人遣い
図5-1 人形の構造図
寛政12(1800)年に刊行された
『戯場楽屋図会拾遺』より。
人形の構造は、現代のものとほとんど変わらない。
図5-2 三人遣い
 舞台では戯曲のすべてが太夫と三味線弾きによって演奏されるので、人形遣いが声を発することは許されない。この困難な状況下で、三人の協働により、一体の人形がまるで生きているかのように、スムーズに、バランスを崩さず操らなければならない。すべては主遣いから発せられる、無言の合図によってコントロールされる。これは「ズ」と呼ばれ、主遣いが遣う人形の首・肩等の動きによって、左遣い・足遣いの次の動きを指示しているのである。「ズ」は、「頭」からきたのであろう。また人形の立ち座り・足の踏み出し・停止等の大きな動作を伝える際には、主遣いの体の動きによる「ホド」という合図も併用される。
 たとえば人形の左手を前に出させたい時、主遣いは人形の首をわずかに捻り肩を落とす。左遣いはそれを合図として準備をし、浄瑠璃と合わせながら人形の動きによって左手を主遣いの指示するところに持っていく。首や肩の動きは、人形の一連の動作の中に自然に組み込まれており、観客にはそれが合図だとはわからない。
 「ズ」や「ホド」は基本的には、すべての人形遣いに共通しているが、もちろん個人によって微妙な違いがある。はっきり出す人、微妙な出し方をする人などさまざまである。驚くべきことは、主遣い、左遣い、足遣いの3人は、決まった組み合わせではなく常に変わっているということである。公演毎はもちろん、場面毎、極端な場合は一場面の中でも組み合わせが変わることがある。したがって、左遣い・足遣いはどの主遣いと組まされても、過不足なく遣えるように各人の癖を覚え、対応できる柔軟さを必要とする。人形遣いの修業は、足遣いから左遣い、そして主遣いへと進むのだが、足遣い10年、左遣い10年といわれる修業の長さもこの事実を知ると納得がいく。修業は舞台だけではなく、楽屋での礼儀作法や師匠の手伝いを通じても行われる。このような修業を通して、舞台の外でも常に師匠の先を読んで動くことで、仕事全体を滞りなく運ぶことを学ぶのだ。
 このように三人遣いの上下関係は厳格であり、舞台の上では原則として左遣い・足遣いは、主遣いの指示通りに動かなければならない。しかし時に、主遣いの意図を越えて左手や足が期待を上回る動きをする場合もあるという。そこには限定的ではあるが、部分としての左遣い・足遣いの意志が存在するということである。即ち、三人遣いは個人の美意識の共有によって成り立っている協動関係と言えよう。

4. 人間を描く客観性

 太夫・三味線もそうであるが、人形遣いは平素からあらゆることを観察せよと言われる。徹底した観察が舞台に生かされるのだ。人形遣いは背後から人形を遣う。いわば、客観視した身体動作をさせているのである。太夫も登場人物になりきってしまっては浄瑠璃を語ることができないという。ある部分で冷めた、客観視する態度というものが語りの本質なのであろう。
 文楽の三業の芸の厳しさは余分なものの入る余地がない。日本の文化は基本的に、付け加える文化であるよりも、削ぎ取ってゆく文化であると言われているが、文楽はそれが徹底している。伝統芸能としては例外的に、文楽には家元もなく、門閥もない。入門をし、修業を積めば、実力次第で誰もが人間国宝にもなれるし、最高位にまで登ることができるのである。天下の経済を牛耳った大坂の町人たちに支持された文楽ゆえの、大坂的・町人的合理主義の反映であろうか。また義太夫節は、すべて大坂ことばで書かれ演奏される。建前を重視した江戸と違い、本音をぶつけあった大坂ことばでこそ、人間の本質が描けたのではなかろうか。
 文楽に限らず日本の伝統的な芸能は、習得・伝承のマニュアルを持たない。模倣、マンツーマンの稽古、実践の繰り返し、そして突き放されての自得は、容易ではない。マニュアルを作る方が、合理的であり効率的であろう。しかしそれは段階ごとに限度・限界を設けることでもある。伝統的な方法は、時間はかかるが各人の能力・性格に即した習得を可能にし、新しい芸を生み出す可能性も持っている。
 
図6 人形遣いの研修風景
現在は養成研修制度により、志を持った若者が全国から集い、プロになるための修業を行っている。人形遣いの場合、足遣いから左遣いへと修業を重ねる過程で、人形の遣い方だけでなく、師匠の心を読み、美意識を実現させることを身につける。
写真提供:国立文楽劇場
 竹本義太夫の教訓と言われる言葉がある。「口伝は師匠にあり、稽古は花鳥風月にあり」。師匠から弟子へのマンツーマンの指導(口伝)は、先人が蓄積した技術を継承する基本ではあるが、芸の本質は森羅万象の観察によって自得するしか方法はないのだ、という意味であろう。自然の観察によって芸に磨きをかけて初めて、単なる過去の踏襲ではない、その時代に生きる演じ手としての芸が生み出されるという、まことに含蓄に富んだ言葉である。
 文楽は内部からの発信がきわめて少ないし、外部からの接触法が分かり難い。筆者は文楽協会・文楽劇場・国立劇場で34年間の制作業務を通して演者達との身近な交流を積み重ねてきた。縁あって2004年から現在の立場に身を置くことになったので、すこし距離を置いた視点で、文楽を考察し発信していきたいと考えている。文楽や伝統芸能の実態や魅力を社会に認識・注目して貰い、誇るべき伝統芸能の再評価につなげられれば幸いである。

ごとう・しずお
1946年静岡県生まれ。京都大学文学部史学科卒業。財団法人文楽協会、特殊法人国立劇場、独立行政法人日本芸術文化振興会国立劇場を経て、2004年より京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター教授。
Research

 生命誌ジャーナル 2008年 夏号