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RESEARCH

ヒト・サル・ロボットから探る、
心の進化と発達

板倉昭二 京都大学大学院文学研究科 心理学研究室

赤ちゃんは生まれたばかりの時から母親の視線を追い、1歳前になると他者の意図に気が付くようになる。チンパンジーも他者の注意する方向に視線を向けるが、相手の心理的な状態を想定して行動するかどうかはまだわからない。

心はどのような時を経て生まれてきたのだろうか。ヒトは何を心と見るのだろうか。

1. 他者の心-「心の理論」

もう20年以上前になるが、D.プレマックというアメリカの心理学者が、「チンパンジーは心の理論を持つか」という論文を書き、それが現在の「心の理論」研究の発端となった。他者の信念・目的・意図・知識・思考・推測などの内容が理解できれば、それは心の理論を持つことになるというのがここでの考え方である。

ヒトが他者の心を理解する、つまり「心の理論」を持つかどうか具体的に知るには、「誤信念課題(註1)」よって評価する。ヒトは5、6歳になってはじめて誤信念課題に正答し、心の理論を持つようになるとされている。
 

(註1)「誤信念課題」とは?

心の理論を支える「誤信念課題」は、ある事象を見た人とそれを見ていない人との心的な差異はどのようなものかを答える課題である。例えば、被験者に次のような劇を見せる。【サリーがおもちゃを青い箱に隠し、部屋の外へ出ていく。入れ替わりにアンが入ってきて、おもちゃを青い箱から赤い箱に移してしまう。サリーが部屋に戻ってくる・・】劇を見た被験者に「さて、サリーはどちらの箱を探すかな?」と質問する。「青い箱」と答えれば、他者であるサリーの心的状態を自分自身に帰することができたといえる。これまでの発達心理学の研究により、ヒトの3才児は誤信念課題に答えるのは難しいが、5、6才児は見ることと知ることの関係を理解できるようになり誤信念課題に正答することがわかっている。

2. 「心の理論」の進化-サルの指さし実験

さて、問題はヒト以外の動物にもこうした心の理論が見られるかとういうことだが、類人猿は誤信念課題に成功したという報告はまだない。そこで、心の理論に先行して出現する「視覚的共同注意(註2)」はヒト以外の霊長類ですでに見られるかどうかという研究が盛んにおこなわれてきた。共同注意とは、他者の注意の方向を共に見て、自分も同じ事象・事物に注意を向けることをいう。視覚的共同注意を更にさかのぼると、それを支える「視線追従(註2)」がまず必要なので、その研究も盛んだ。私も、11種の霊長類を対象に視線追従実験の一つ、後方指さし課題を行った。まず、被験体と十分なアイコンタクトを取ったあと、実験者が被験体の右後方もしくは左後方を指さすという課題だ。

視線追従課題の一つである後方指さし課題の場面。実験は被験体のケージの前でおこなわれ、実験の開始と終了は被験体にまかされる。

対象としたのは、ブラウンリーマー、ブラックリーマー、リスザル、フサオマキザル、シロガオオマキザル、ベニガオザル、アカゲザル、ブタオザル、トンケアンザル、チンパンジー、そしてオランウータンであった。その結果、信頼できる確率で実験者の指さす方向を振り向いたのは、チンパンジーとオランウータンだけだった。

すなわちチンパンジーとオランウータンは、ヒトである実験者の注意の方向を同定し、そこに自分の視線を向けることができた。その他のサル類では否定的な結果となったが、その後いくつかの研究で、ヒトではなく同種のサルが注意する方向であれば視線の追従は起きることが分かった。つまり、視線追従はヒトや類人猿だけでなくサルにも可能で、サル社会の中では重要な社会的手がかりとして機能していると考えられる。しかしながら、それは相手の心的状態の類推や帰属といった人間がもつ社会的認知機能と同じものに裏打ちされたものかどうかはわからない。今後のさらなる検討が必要である。

(註2)「視覚的共同注意と視線追従」とは?

心の理論が成立するために重要な発達的通過点となるのが「視覚的共同注意」と「視線追従」である。視線追従は、ある個体(X)が他の個体(Y)の視線の方向にある空間を見ることである。視覚的共同注意は、Xが視線追従に加えてYの注意が向けられている特定のもの(Z)を見ることで、単に他者の視線の方向だけでなくものに対する注意の処理が必要となる。

3. 発達における「心の理論」-ヒトは何に心を見出すのか

ヒトの赤ちゃんはきわめて早い時期からヒトとそれ以外のものを区別する。たとえそれがヒトの容姿に似ていても区別は可能だ。赤ちゃんの心の発達と言った場合、もちろん赤ちゃん自身の心の発達を見なければならないが、同時に、赤ちゃんが「心」というものを見出すようになる過程もきわめて重要な問題である。
 
アメリカのある心理学者は、ぬいぐるみなどを回転してみせ、乳児が視線を追うかどうかを調べた。その結果、ぬいぐるみであるか否かに関わらず、それに目がついていること、赤ちゃんの働きかけに対して応答することなどが、視線追従に必要であることがわかった。このような条件があれば、ヒトでなくても追いかけるのである。

これは、意図の類推や心の想定の発達は、ヒトとそれ以外のものを区別する発達とは独立に進む可能性を示唆している。

4. 「心の理論」を検証する-ヒトとロボットのコミュニケーション

ATR知能ロボティクス研究所と共同でロボビーという人型ロボットを用いてヒトの5、6歳児を対象に誤信念課題を行った。ロボット工学者はよりヒトに近いロボットを作るため心理学を知りたいと思い、私のような心理学者は心の理論がどのように実現されるかを考える手段として、ロボットに関心をもつ。そこで共同実験が始まったのである。

実験は次の手続きで行った。まず、ロボビーが部屋におもちゃを持って入ってくる。部屋のテーブルの上には、赤と青の2つの箱があり、ロボビーはそのうちの青い箱におもちゃを隠す。その様子を実験者が演じる意地悪な人がドアの影からそっと見ている。ロボビーが部屋を出て行ったあと、その人がやってきておもちゃを青い箱から赤い箱に移し変え、部屋を出て行く。そこへロボビーが戻ってくる。ここまでの様子を被験児はビデオで見る。

これとは別に、ロボビーではなくヒトが青い箱におもちゃを隠すビデオも用意した。ビデオを見終わった後、被験児にいくつか質問をした。最も重要な結果だけ概略すると、5、6歳児は「ロボビー(あるいはヒト)は、青い箱と赤い箱のどちらを探すと思う」という質問に対しては、ロボットの場合でもヒトの場合でも「青い箱を探す」と答えることができた。しかしながら、「どちらにおもちゃ が入ってると思ってるのかな」といった、いわゆる心理動詞を使用した質問に対しては、 ヒトの場合は「青い箱に入っていると思う」という答えが導かれたが、ロボットの場合は答えがランダムになった。
 

 

(写真1)

ロボビーがダンベルを分解する様子を見せて、被験児がそれをまねするかどうかを分析する。「模倣」もまた、重要な心の発達段階である。

この実験から、5、6歳児はヒトにもロボットにも同じように誤信念を帰属させるが、心理動詞は、ヒトにしか帰属させないという区別をしているのではないかと思われる。これは、きわめて興味深い結果である。逆に、心理動詞をロボットに帰属させるような振る舞いを考えることが、今後の重要な課題となる。そこでまず、乳幼児がロボットが物体に対して行う行為を模倣するかどうかを検討中である。またもし真似をするとしたらどのような条件が必要なのかも調べる予定である。

5. 心の系統発生と個体発生

ヒトは進化の時間の中では、つまり系統発生的には、気が遠くなるような年月をかけてヒトとなった。そしておよそ70-80年で個体としての一生を終える。比較認知発達科学では、ヒトを含むさまざまな動物の認知発達機能を比較し、心の発達がどのように進化したのか、現生動物を対象として科学的に分析していく。進化と発達の時間軸の両方から心とは何かという問いを考えていくのだ。私がヒトとサルとロボットで実験を行い比較しているのは、われわれヒトが持つ行動や認知の系統発生と個体発生の起源を解明し、できることならそこにどのような関係があるのかまで捉えていきたいと思っているからだ。 

<心の理論を知るための方法>

基本的には、まずヒトとヒト以外の動物の乳児の発達を比較する。さらにロボット工学者との共同研究をおこなう。チンパンジーなどの霊長類やヒトを対象とした研究から得た知見を理論化し、それをロボットに実装する。こうしてその理論を検証する。

板倉昭二(いたくら・しょうじ)

1959年生まれ。日本学術振興会特別研究員。京都大学理学研究科博士課程霊長類学専攻修了。
ニュージャージー医科歯科大学ロバートウッドジョンソン校、米国エモリー大学ヤーキース霊長類センター、大分県立看護科学大学人間科学講座などを経て、現在、京都大学大学院文学研究科心理学教室・助教授。ATR知能ロボティクス研究所との共同研究により、比較認知発達科学の新しい展開を探求している。

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