生命誌ジャーナル 2002年冬号
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エコロケーション能の発達に見るコウモリの環境との対話
山口大学理学部自然情報科学科生物科学講座助教授 松村澄子
 コウモリは、自分が出す音(超音波)の反射(エコー)を聞き取って、環境における自分の位置、事物の相対速度や特性などを認知(エコーロケーションと呼ぶ)している。これは、空間を決める方法としても感覚という視点からもかなり特異である。エコーロケーションは自ら声を出して、環境への積極的な働きかけをする点で、能動情報系(active information system)であり、コウモリは音声で環境と対話していると言える。
このような能力はどのように進化したのだろうか?
また、個体の中で、どのような発達過程をたどるのだろうか?
 話を先に進める前にコウモリがエコーロケーション用に発する音声の特性を簡単に説明しておこう。コウモリのエコーロケーション・サウンドは横軸に時間、縦軸に周波数をとったパターン(ソナグラム)を基に、CF型とFM型に2分される(図1)。
図1
日本産翼手類2科エコーロケーション・サウンドのソナグラム。
A コキクガシラコウモリ、
B キクガシラコウモリ(以上キクガシラコウモリ科CFコウモリ)、
C モモジロコウモリ、
D イエコウモリ、
E ナミエビナコウモリ、
F ユビナガコウモリ(以上ヒナコウモリ科FMコウモリ)
 CF型は数十ミリ秒の強い超音波純音(Constant Frequency)の主部と端部に短いFM(周波数変調)部を持つ超音波音声である。一方FM型は数ミリ秒の間に数十キロヘルツも周波数が下降するFM音である。CFコウモリは自分が出したCF音のエコー周波数のドップラー変換で事物と自分との相対速度を検出している。
 私は、CF型のキクガシラコウモリの音声の発達過程を詳細に追跡した。このコウモリの新生児は、産み落とされると、すぐに声を出し始める。母親は羊水で濡れた子の体表をなめながら、子の声に同期させた声を繰り返し出す。すると子は、母親の声に反応して発声を始める。新生児には超音波は聞こえないはずだが、母コウモリが新生児に対して出すのは、特別な音声、つまり「母親語」であり、これは超音波の純音が変調され、子に聞こえる(人間にも聞こえる)ようになったものであることがわかった。
(ビデオ:内容→コウモリの新生仔・洞窟内での様子・抱仔中の母子・2週齢くらいの子と母・保育中の幼獣集団とほ乳のために帰還した母コウモリ<いずれもCF型コウモリ類>)RealPlayer式動画:3.2M

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 子コウモリの発声と行動を観察すると、音で環境に働きかけてゆく過程をたどることができる。2週間ほど経つと子は、母親が別にいなくても自発的に超音波CF音を出すようになり、3週齢(開眼)に達するころには、CF音を発しながら飛ぶ(エコーロケーションだ)ようになる。3週までの、飛ぶことも見ることもできない幼獣にとって、「母親語」は重要な刺激に違いない。またキクガシラコウモリが産室とする洞窟は、他の幼獣の声や保育集団全体が発声する超音波騒音に溢れている。これらはいずれも、反響を生じやすい洞窟内にコウモリによって作られた音環境であり、これらに対して子コウモリは声で応答し、自らも音環境を作りながら環境認知能力を獲得して行くのである。
 CFコウモリのエコーロケーションはCF音に同期した音の情報を読みとることが基本となっている。彼らの聴覚系にはCF音を中心としたシャープな音響フイルターがあり、CF音と他の音(側帯波)に分類し、事物の相対速度や、CF音に同期した虫の羽音などを検出できる。これは視覚動物の中心視を可能とする構造である網膜の黄斑になぞらえて聴覚斑(Acoustic Fovea)と呼ばれている。
 キクガシラコウモリの母−子の音声コミュニケーションを他種のコウモリや、他の動物と比べると、頻繁な発声と、音声の同期に特徴がある。母―子の識別にはこんなに頻繁に声を出す必要はないはずだし、音声の同期にいたっては識別を困難にするようなことをなぜするのか説明できない。実は、毎日交わされる母―子の膨大な発声の同期した部分に注目すると、複雑な変調波が観測される(図2)。おそらくこれは、聴覚系のシャープな音響フイルターをつくり上げるために必要な刺激音を、母―子が声を出し合ってつくり出しているのだろう。図3に見られるように、子が飛べるようになる頃、母−子の同期したCF音(エコーロケーション・サウンド)にはわずかな周波数幅の側帯波が観測できる。これは母―子のCF音が極めて近い周波数に達したためで、このあたりで子コウモリのCF音周波数が決まってくると考えてよかろう。これをCF音周波数割り当てとか、個人化と呼ぶ。こうして環境と対話できる一つの個体ができあがっていくわけだ。
 洞窟という場所は外界に比べるとはるかにノイズが少なく、反響を生じやすい。コウモリはこうした場で、自ら発声するという積極的な方法で反射音を手がかりに環境を認知する能力を獲得して来たようだ。生き物はすべて、このようにして、自らの生活の場に合った環境との対話を通して自分の住む世界の意味を抽出しているのである。
図2
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図3
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INDEX
  ヒューマノイド・サイエンス−ヒト知能の新たな理解を求めて:浅田稔
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