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Science Topics

ヒト人工染色体をつくる

舛本寛

卵子と精子が受精し,ひとつの細胞ができあがる。この細胞(受精卵)はその後増殖し,様々な性質をもった細胞へと分化し,ヒト個体をつくりあげる。この間に細胞は50回以上もの分裂を繰り返すが,両親から受けついだ46本の染色体のセットは,分裂のたびに正確に2倍に複製され,均等に2つの細胞へと分配されていく。この過程は,さらに卵子や精子を経て,親から子へと続いていく。

こうして何度も繰り返される細胞分裂のどこかで,染色体が正しく複製されなかったり,いい加減に分配されたらどうなるだろうか。遺伝病や癌などの深刻な影響が現われることになる。細胞の理解という基礎的な観点からも,医学への応用という観点からも,染色体の複製と分配の仕組みを探ることは重要な問題である。

そこで私たちは,「人工染色体をつくる」という実験を始めた。すでにある染色体を切り縮めるのではなく,特定の要素を候補として組み合わせて人工の染色体をつくり,うまく染色体として機能するかどうかを調べようというわけである。

人工染色体の構造

人工染色体は,ヒト21番の染色体から分離されたセントロメア領域のDNAと,テロメアのDNA,そして人工染色体が入った細胞を他の細胞から選別するための薬剤耐性の遺伝子とを,組み合わせてつくられた。薬剤耐性の遺伝子に加えて,任意の遺伝子をつないでおけば,それを細胞に導入することもできる。
(図=舛本寛)

これまでの研究で,染色体には3つの要素が必要だと考えられてきた。(1)染色体DNAの複製を開始させるのに必要なDNA配列,(2)染色体の末端部に位置し安定化に係わるテロメア,(3)染色体の均等分配に係わるセントロメア,である(図)。酵母では80年代にすべてが同定され人工染色体がつくられていたが,同じ真核生物でも哺乳類は酵母とは違い,多くの努力にもかかわらず,テロメア以外の要素は同定されていなかった。

私たちは,10年以上前からセントロメアの研究をしており,ヒト21番染色体からセントロメア付近に存在するDNAを分離することに成功していた。さらに,哺乳類ではDNAの複製開始に特定の配列は不要だという報告もあった。そこで,とにかく2つの要素(さきほどの要素(2)と(3)の候補)を組み合わせてみることにした。組み合わせるというと簡単そうだが,実際には多くの工夫と時間を要した。

できた染色体候補のDNAをヒトの培養細胞に導入したところ,細胞あたり一個のミニ染色体が形成され,分裂の際にも均等に分配されることが観察された(写真)。セントロメアの機能に必要なタンパク質の分布など,その他の証拠をあわせると,哺乳類の細胞で初めて,限定された要素からなる人工の染色体ができたことがわかった。

ただし,人工染色体にはひとつ不思議なことが起こっていた。普通は1セットのDNAで染色体ができるはずなのに,この場合は,導入したDNAがいくつもつながって1本の染色体をつくっていたのである。まだ不足な要素があるのか,要素は足りているけれども,染色体になるためにはある程度の大きさが必要なのか,原因は不明である。これらの疑問を解決するとともに,今後は応用をにらんだ研究も進めていく必要があるだろう。

細胞の中の人工染色体

左/大きく見えるのは,細胞がもともともっている染色体。矢印のところに小さく見えるのが人工染色体。どちらの染色体についても,全体を青く,セントロメアのところに存在するタンパク質(2種類)を赤と緑の蛍光色素で染めている。人工染色体は小さいため,セントロメアの部分が染色体のほとんど全体を占め,赤く丸く光っている。
右/人工染色体を拡大したところ。
(写真=舛本寛)

(ますもと・ひろし/名古屋大学大学院理学研究科講師)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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