チョウが人々の心を深くとらえて離さないのは、ひとえに多様で美しいあの翅があるからにちがいありません。この翅は鳥などのハネとどこが違い、どのようなメカニズムで形成されていくのでしょうか。最先端の研究者二人がチョウの翅の形づくりの秘密に挑みます。

モンシロチョウの翅の先端部が死んで行く過程を示す顕微鏡連続写真。死ぬ部分が切りとられるのではなく、死ぬ部分は生きる部分とつながりをもちながら徐々に小さくなって消滅していく。こうした細胞死は,蛹の中の翅の辺緑部で起きる

生物の体は主に細胞と、細胞が作り出す物質から構成されている。生物の発生が進行するとともにかたちが変わっていくとき、通常は細胞の数が増加していく。このとき、数のふえかたが場所によってちがうことにより、形も変わっていくというわけである。ところが、細胞数の増加による以外にも、特定の場所の細胞が死んで除かれることによってかたちが変化する場合がある。ヒトの胎児期の指の形成などは、その例の一つである。手は初め、やや厚みのあるウチワのようなのっぺりした形をしているが、(将来指になる)問の細胞が死ぬことによって指が形成される。このような正常な発生過程の中で生じる細胞死は「プログラム細胞死」、または「アポトーシス」とよばれ、「壊死」とよばれる病的な細胞死とは区別されている。

私が研究に用いているチョウやガの翅(はね)のかたちの形成にも、この現象が関与している。成虫の翅は、蛹(さなぎ)の翅の辺縁部の細胞が死んでなくなることによって形成されるのである。例えば、アケハチョウの後ろ翅にある「尾状突起」は、縁の丸い蛹の翅の辺縁部の細胞が(「尾状突起」のある翅を残すように)死んで切り取られることによって生じたものである。この現象について私が興味を覚える点はいくつもあるが、そのうちの一つは、実際に細胞死がどのように起こって、どのように死ぬ部分がなくなっていくかという、形態的変化についてであった。翅は一枚の紙のように見えるが、実は袋を押しつぶしたような構造をしている。蛹の翅はある程度の厚みがあるので、このことがよくわかる。蛹の翅の死ぬ部分の細胞が死んで成虫の翅ができるということは、生き残る部分の端のところで翅の上面と下面(の細胞)がくっついて閉じることを意味している。

「細胞死はどのように起こるか?死んだ細胞はどのように除去されるか?そして、生き残る部分の端で上面と下面の(細胞の)接着はどのようになされるか?」などの問題意識をもって、国立基礎生物学研究所の児玉隆治氏らと共同で研究を行なった。

写真は、蛹になって3日後からの、モンシロチョウの翅の辺縁部付近断面の顕微鏡写真である。3.5日後には、辺縁よりの死ぬ部分が丸く膨らみ、4日後には急激に小さくなり、4.5日後にはなくなってしまう。その結果として、生き残る部分の上面と下面の端の細胞が接着する。また、3.5日後や4日後では、死ぬ部分を構成している細胞層の内部に、内側に抜け落ちたような細胞がみられる。結局、死ぬ部分を構成する細胞は少しずつ内側に抜け落ちて分解または吸収されることにより、次第に小さくなって最終的にはなくなってしまうということのようである。この縮小・消失は、1.5日以内に完了している。

結局、当初私がもっていた「死ぬ部分が切り取られて、それから生き残る部分の上面と下面の端がくっつく」というイメージは誤りであった。私が考えていたのは、紙でできた偏平な「袋」の周りをはさみで切り取り、切り口をのりで張り合わせて袋を修理する、といった類のものだったようである。しかし、翅は「紙」でできた袋ではなかった。細胞で構成された、生きた袋であった。死ぬ部分は生き残る部分とのつながりを常に保ちながら、徐々に小さくなって消滅していった。この「傷口をつくらない変形」という現象に、あらためて生き物らしさの一端を感じさせられたことであった。

(よしだ・あきひろ / 生命誌研究館設立準備室)