季刊「生命誌」61〜64号の内容を1冊の本にまとめました。
はじめに
今年の鍵として選んだ言葉は「めぐる」です。辞書を引くと、巡る、回る、廻る、周る、循るとあります。そして、(1)ぐるぐるまわる、円を描くようにひとまわりする。(2)物が次々移り渡って一巡する。循環する。(3)まわりを取り囲む。またあることを中心にしてそれにまつわり関連する(教育をめぐる問題)。(4)次々と移り進んで結局もとの定まったところにもどる。(5)時が移り行く(季節がめぐる)。(6)月日を送る。代に生きながらえる。などの意味が書かれており、これは生きている事を考える最も基本的な言葉ではないかと思えてきます。もっとも、これまで取り上げた言葉は皆そう思わせるものばかりで、生きものはさまざまな性質を持っていることがわかります。
ところで、今年一年の生活実感は、ますます生きにくくなってきたということでした。物も時間もそれらしく巡っていなかったからです。地球環境問題として大きく取り上げられている二酸化炭素排出は、植物による光合成と見合った形で排出し、炭素を巡らせるという基本を忘れているというところに問題があるわけです。生物多様性の問題も然り。生きものの世界は持ちつ持たれつ、さまざまな生きものたちが関わり合っているのに、そのみごとな「めぐる」に気づかずにきたからです。体内をめぐる分子、地球全体を風に乗ってめぐる物質など、あらゆる階層での"めぐる" に眼を向けたところ、思いがけない発見がありました。
時間についても同じです。週末東京の自宅へ帰るのは遅い時間になってしまうのですが、渋谷を通過するとき、いつも不思議な気持ちになります。昼間より明るい通りを大勢の若者たちが携帯電話を眺めながらあるいているのです。季節も一日の時間変化もない生活は、生きものとしての感覚を失わせます。
"めぐる" は頭で理解する言葉ではありません。物も時もめぐる中に自分が在ること、それが生きることなのですから。それを壊す社会、生活のありようが生きにくさを生み出しているのだと思います。地球や生きものたちが"めぐる"中に存在することを明らかにする研究や、人間がいかにめぐる生活をしてきたかを語る話し合いから「めぐる」の大切さを感じとっていただきたいと思います。
サイエンティストライブラリーはこれまで62人の方に登場していただきました。研究のすばらしさ、楽しさ、大変さなどを自らの言葉で語らう貴重なアーカイブとして活用されています。人を通して研究をしることの大切さを感じます。研究館は、これからも楽しく、刺激的な知がめぐる場となり、そこから生まれた成果を社会にめぐらせて行きます。ぜひ一緒に考えて下さい。
中村桂子
付録について
本文に登場したさまざまな「めぐる」に関連した場所を重ねた地球儀のペーパークラフトが付いています。組み立てて、地球と生きものの関わり合いに思いをめぐらせてください。
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